第2章 交換日記 (その4)
あくる日、慎二は何とか邦子の要望通りに交換日記を直接手渡すことができ、それだけで少し自分が強くなったようで、悪い気はしなかった。前に座っている邦子の丸みを帯びた背中が心なしか好ましいものに見える。
その視線を感じたのか、邦子が振り返り、微笑んだ。
思わず見つめ合ってしまい、真夏の太陽に目を射られたような眩しさに、慎二はさっと視線を逸らせた。
それでも邦子が見つめ続けていることは分かる。目の端に強い光を感じながら、慎二は固まったように動けなくなってしまった。
やがて邦子はちょっと寂し気な表情になりながら前に向き直した。
その翌日の帰り、邦子は一人で慎二に近付き、少し微笑みながら交換日記を手渡した。
明美や礼子に比べて、それに正代と比べても、ごく普通の顔立ちだし、スタイルも決して好いとは言えない。しかし、この微笑みは明らかに自分一人に向いている。
その思いが慎二の心に満足感を与え、自然と微笑み返していた。
帰宅後、独りになれる時間が待ち遠しくて仕方が無かった。夕食までは銭湯に行ったり、宿題をしたり、結構忙しく、それに交換日記を開こうとすると、決まって傍には母親の祥子か兄の浩一がいた。
夕食後、家族が1台のテレビの周りに集まっているときになって漸く、慎二は自分の時間を持つことが出来る。
さて、交換日記には何が書いてあるのだろう? もしかして、昨日、今日のぎこちない態度について何か書いてあるのだろうか?
慎二は浩一と一緒に使っている部屋に入り、この二日間の自分の不甲斐なさを恥ずかしく思いながら、期待に胸を膨らませておもむろに交換日記を開いた。
しんじさんへ
将来の夢について、私は思っていることを単純に書いただけなのに、真剣に考えてくれてありがとう。しんじさんの前向きな考え方、さすがだなあと思いました。甘くなんかありません。たった一つの経験だけですぐに将来のことまで決めてしまおうとする私の方がよっぽど甘いのではないでしょうか? しんじさんを見習って、私ももう一度、将来について真剣に考え直してみたいと思っています。
それから、この日記の渡し方にしてもそうですが、私は思っていることを直ぐに口に出したり、書いたりしてしまう方なので、感じ易いしんじさんを傷付けているかも知れませんね。もしそうだったら、決して悪気ではないので許してくださいね。
それからテレビの観方についてですね? 私もあんまり考えずに観ているように思います。それに、しんじさんが書いているように、友達との話題がテレビとか、漫画とか、付き合っている人のこととか、そんなことばかりのような気がしますから、改まって考えてみると恥ずかしくなってきました。少し反省しなければ・・・
ところで、しんじさんは星や宇宙は好きですか? 私は夜、独りで空を見上げていると、あの向こうにはどんな星があるのかなあ? どんな人たちが住んでいるのかなあ? どこかで神様が観ているのかなあ? なんていろんなことが浮かんできて、いつの間にか嫌なことや、悩んでいることがあっても忘れてしまいます。それではまた。
くにこ
よかった。学校でのことは何も書いていない・・・。そんなに気にしていなかったみたいだなあ。
胸を撫で下ろしながら、慎二は邦子の優しさに触れたようで嬉しかった。
宇宙かぁ~。改めて考えてみると確かに不思議だけど、あんまり考えたことはない。宇宙人って言っても、SFとかによく出て来るたこ坊主みたいな火星人しか浮かばないし、やっぱり俺は夢が無いなあ・・・
慎二は暫らく空を眺めながら、宇宙に気持ちを遊ばせてみた。
くにこさんへ
色々気を使ってくれてありがとう。
でも、そんなに気を使わなくてもいいよ。気が弱いように見えても、僕も思ったことを直ぐに口に出してしまう方だから、君を傷つけているかも知れないし、これからも傷つけるかも知れない。お互いさまだと思います。その点、くにこさんには思いやりが感じられるので、僕の方が恥ずかしくなります。
それから宇宙や星のことですが、理科が好きだと書いておきながら、正直に言えば、僕はあんまりよく知らないし、興味もない方だと思います。でも、くにこさんに聞かれ、改めて考えてみると、不思議ですね。あの宇宙の果てには一体何があるのだろう? 宇宙人って本当にいるのだろうか? 僕たちがいるから宇宙人がいてもおかしくはない。むしろいると考える方が普通かも知れない。でも、何で宇宙があるのだろう? 何のために? 考え出すと分からなくなります。
こんなことを考えている僕たちを神様は空の向こうから笑いながら観ているのかなあ?
もしかしたら今、隣で笑っている人は、宇宙人が地球人に化けているのかも知れない・・・
書いている内に何だか怖くなってきたから、この辺でやめておきます。それではまた。 しんじ
書き終えた慎二は真剣な面持ちで、小刻みに震えていた。