sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード27)・・・R2.2.18①

  
              エピソード27

 

        夏が去り一つ飛ばしで秋が来る

        諦め切れぬ心のままに

 

 藤沢慎二はそろそろ表舞台から退き、息子の浩太が主人公になろうとしているのに、いまだに諦め切れぬ心を抱えたままに、人生の旅路で彷徨っていた。

 こんな風に切り出せば、臭い言葉の羅列になるが、事実であるから仕方がない。ここ数年、朝夕めっきり涼しくなるこの時期を苦手にしている。何か積み残したことがあるような気がして、妙に落ち着かない。

 それゆえ、ともかく思い付くままに上のような歌を詠む。幾ら我流のへぼ歌でも、字面が何とか整えば、それなりの安定が得られるのである。

 もう少し落ち着いた状態になり、時間が取れそうなときは、ショートショート、更に時間が取れれば中編から長編の小説らしきものを書き出す。スマートだったり、クールだったり、クレバーだったり、何時でも何処でもモテキだったり、現実には有り得ない自分をヒーローとして想定し、普段色んな意味で気になる人たちを適当にいじることとなる。この辺りは大した想像力がないから仕方がないのである。

 それでもときどき不思議な体験をするから面白い。言霊とはよく言ったものである。だから、慎二なりに書くことに真摯であるし、下手な批評には珍しく感情を露わにして食ってかかることもある。

 それはまあともかく、書くことで慎二は気持ちがグッと楽になり、リフレッシュされるのだから、安上がりでお気楽な方であろう。貧者に相応しい自己表現法である。

 ただこの5年の間、落ち着かぬまま、歌を詠む時間さえ満足に取れずに来たので、気が付いたら全てが白くなる秋が目の前に来ていた。今年はまさに季節も心境も、上の歌のような感じなのである。

 それだけ仕事に再び慣れが出て来て、ようやく振り返る時間が出来たと言うことかも知れない。これまであまり書けなかった歌日記を春頃にようやく付けられるようになり、夏の終りには以前居た職場の先輩、秋山本純とショートショートをメールで交換出来るようになっていた。それを弾みに、今は長編小説を書き始め、それも序盤の頃は何回かに分けて秋山に送っている。

 長編小説の方はどうしても自分の世界に溺れ、またまとまりがなくなるので、次第に受けが悪くなり、送るのが滞るようになっているが、それはまた別の話。

 慎二にすれば、まだまだそんな風にまとまらない自分であるのに、鏡を見れば明らかに黄昏ているし、息子の浩太を見れば背が自分を追い越し、自分の若い頃に比べても、明らかに逞しく育っている。不思議に思っても、それが現実である。

 

        黄昏た今の自分を振り返り

        過ぎ去った日々不思議に思う

 

 勉強に関しては自分に比べるべくもないが、行動的な部分、前向きな部分、あっけらかんと現実を捉えている部分等、自分よりしなやかに、楽そうに生きているところが見え、ときどき浩太のことが羨ましくなる。

 時代もあったのであろうが、慎二は思うように行かず、第一、何も希望が見えず、隙間風だらけの青春に震えていた。いまだにその余韻を引き摺り、理想の自分を思い描けずにいる。それを探すのがライフワークのようになっている。救いと言えば、下手なりに言霊を操り、そのお蔭で時折不思議な世界に魂を遊ばせていることぐらいか?

 そんなわけで慎二は、浩太には出来る限り好きなことをさせてやろうと思っている。

 とは言え、小心者の慎二のことであるから、出し惜しむことも多く、中途半端になりがちではあるが、それでも自分には出来なかったことでも応援してやりたいと思っているのは事実である。だから、浩太が大学のことを多少なりとも意識し、口にし始めたのは、近頃にしてはちょっと嬉しい出来事であった。

 それでもやはり、そんな自分を不思議に思いながら横から見ている自分が居る。鏡の中の鏡みたいな話であるが、慎二はそんな自分を表現したいものだと思っている。

「父ちゃん~、何をたらたら書いてるん?」

 浩太が慎二の普段使っているデスクトップパソコンの24インチ液晶ディスプレーを覗き込みながら、ニヤニヤして言った。

 自分や周りのことを題材に、歌日記や怪しげな小説を書いているのは知っている。この頃ではそれを他人に見せるだけでは飽き足らず、ブログとして発表していることもあるようだから、ここらで少し確認し、自分に関わりそうなら、少し釘を刺しておこうと思ったようである。

「いや、何と言うこともないけど・・・。まあ、歌日記みたいなもんやなあ~。ハハハハハ」

「でも、自分や俺の名前、出て来るやん! あんまり勝手なことの想像して、書かんといてやぁ~。もしかして友達に読まれたら、恥ずかしいやん・・・」

「大丈夫やって。ハハハハハ」

 浩太はしつこく言っても可哀そうに思えたのか(この頃の慎二は小さくなったようで、加齢臭ばかりでなく、背中に哀愁すら漂っている)、そのまま立ち去った。

「あ~あっ、危ないとこやった・・・。でも、中身までは分からんかったようやなあ~。フフッ。あいつがあんまり鋭い奴でなくてよかった・・・。ホッ。そやけど、別に悪いことを書いているわけやない。あいつに好きなことをさせてやりたいもんだ、てなことを書いてただけやし・・・。でも、やっぱり見られたら・・・、こっちこそ恥ずかしいなあ~。フフフッ」

「父ちゃんったら、何を独りでぶつぶつ言うてるん? 怖いでぇ~。言霊様でも降りて来たんかぁ~?」

 今度は妻の晶子であった。家族の波状攻撃に慎二は目を白黒させて、画面を縦に素早くスクロールさせた。

「ウフッ。そんなん誰も読まへんってぇ~! 隠さんと、好きなように書いときぃ~。でも、この頃、私の名前、ちっとも出て来ぉへんなあ~。息子や他所の綺麗なお姉さんばっかりやぁ・・・」

「・・・」

 晶子は黙って去って行き、慎二としては返す言葉がなかった。

 

 しばらくして慎二は気を取り直し、またパソコンに向かった。

 

        秋の夕何とはなしに切なくて

        成就せぬ恋懐かしむかも

 

 慎二は勇気がなくて置いて来た恋が幾つもある。どの女(ひと)も既にそれなりの年になり、会えばイメージが壊れるだけであろうから、無理して会おうとまで思わないが、それぞれに絡み付いた思い出が切ないのである。胸を焦がした若き頃の自分、および焦がれる対象であった若き頃の彼女たちが愛しいのである。決して今のではない。

 

        戻れない遠くに霞む若き日々

        切なさのみが胸揺らすかも

   

        実体のなきもの追って切ながり

        長々し夜をやり過ごすかも

 

 日記なのか? エッセイなのか? それとも小説なのか? 彼方に揺れたり、此方に揺れたり、今にも消えかかっている焔を必死で掻き立てたりして切ながっている慎二を見ていたら、浩太は目くじらを立てるのも馬鹿馬鹿しくなって来た。

 結局自分のことに戻り、独り愛おしがっている。そんな慎二に入る余地はないし、そっとしておくに限る。

 そんな風に慎二を思い遣るしなやかさを身に付けた浩太であった。背だけでなく、色んな面で抜かれつつあることに慎二は、悔しさが全くないと言えば嘘になるが、それよりも喜びの方が大きかった。そして、書いているほど切なさに実感が伴わなくなっていることにも気付いていた。

《もしかしたら私のライフワークでもある本当の自分探しは、新たな地平に入ったのかも知れへん・・・。ただ独りで寒風吹き荒ぶ荒野を徨い、切ながるのではなく、そろそろ晶子との同行を考えるときぃ? それとも、立ち止まり、目の前にあるオアシスで満足すべきぃ?》

 まだまだ心を決めるまでには至らないが、浩太や晶子を見ていると、前ほど揺れていない自分を見出し、それが何となく嬉しい慎二でもあった。

 

        以前ほど揺れぬ自分を見出して

        何とはなしに嬉しいのかも

 

         次々と脳裏に浮かぶへぼ歌を

        メモに書き付け悦に入るかも

 

        子ども等に似た面を観て不思議がり

        育つに連れて嬉しいのかも

 

        かもかもと余韻を残す気になって

        今の気持ちを先送るかも

 

        先送る気持ち何時しか散り散りに

        先では既に集まらぬかも