sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

交わらない心(15)・・・R元年12.22②

            第5章 未練  (その1)

 

 中3になっても藤沢信二は矢野正代のことが忘れられなかった。中1の初めの頃から慎二と親しそうに見え、クラスではそれなりの噂になっていたのに、正一によると、正代はずっと正一のことを思っていたらしい。それでも慎二の正代を思う気持ちはいささかも減じなかった。

 確かに正一はスポーツマンだし、中2になってから身長がぐんぐん伸び出して、今では185cmを超えている。慎二より優に10cmは高いはずである。それに痩せて貧弱な身体をした慎二とは違い、正一は肩幅が広く、胸も厚い。そこに会話では当意即妙の返しが出来る反応の良さが加わり、顔だちも人並み以上に優れている。慎二の勝てそうなところは探してみれば、辛うじて主要五教科の成績ぐらいであった。

 元々スポーツウーマンで、この頃とみに格好良くなって来た正代が何方に惹かれるかと落ち着いて考えてみれば、誰でも迷わずに正一と答えるであろう。

 しかし、慎二はその単純過ぎる答えに屈服したくなかった。

 外には見えない魅力が自分にはあるのかも知れない。いや、きっとあるはず。それに鋭く気付いた正代が密かに自分を思っていることもあり得るだろう。事実、この前廊下で偶然出くわしたとき、絡むような正代の視線に熱い思いが籠っていたような気がする・・・。

 実際には廊下やグランドで後姿を見掛けるだけでおたおたし、視線を少しでも感じようものならあらぬ方に逸らしてしまうくせに、その瞬間に目の奥に焼き付いた残像を幾度となく思い出しながら、慎二が自分に至極都合の好いように考えるのであった。

 

 たとえば初夏のある日の午後のことである。体育大会の全体練習に疲れた慎二が花壇の縁に座って休んでいると、リレーの練習を終えたばかりの正代が前を通り過ぎた。

 慎二は今しがたグランドを走っていた正代をさも愛しそうに思い出す。

 速いとは聞いていたが、実際に走っている様子はカモシカのように伸びやかで、豹のように力強かった。引き締まった太腿、そして脹脛、中1の頃から背も大分伸びて、なんて格好良いのだぁ~!

 慎二はついつい深い思いの籠った目で、正代のピンと伸びた背中を穴が開くほど見詰めてしまう。

 普段ならば後姿を見掛けただけで恥ずかしいはずなのに、それを忘れさせてしまうぐらい、溌溂とした正代の肢体は伸びやかで魅力的だったのである。

 正一から正代は女子バレーボール部のキャプテンをしていると聞いているが、もっともだ。中1の頃のふくよかさ、柔らかさは消え、気後れするほど引き締まっている。

 慎二の熱い思いを感じたのであろうか? そのとき正代が振り返り、深い目を向けた。

 途端に慎二は我に返り、視線を泳がせる。

   ・・・・・・・・・

 まだ見ている・・・。

 いたたまれなくなった慎二は思わず立ち上がり、ぎこちなく教室に向かって歩き出す。

 教室に向かうとき、正代の方に多少近付かなければならない。

 それを意識しただけで浮足立ち、慎二は廊下の端に置いてあった手提げ袋に蹴躓いてしまった。

 一瞬鋭い緊張が走る。

 持ち手に付けてある可愛いイラスト入りの名札に目を走らせると、丸い文字で矢野正代と書いてあった。

 目の前が真っ暗になった慎二は、うなだれたまま教室に入った。

 その日の夜のこと、寝床に入った慎二は、夢の中で正代に出会い、しっかりと目を合わせながら、堂々と愛を語らうのであった。そのときの慎二は正一のように長身で逞しく、慎二を目詰める正代の目は薄っすらと涙を浮かべるほど潤み、燃えているのであった。