sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

遣り取りする人・・・R2.4.2①

 父親の藤沢浩治から青年期の話を聴いて書き残しておきたいと思っても、すっかり呆けてしまった今となっては最早遅かったようで、藤沢慎二は父親のことに関心を持った自分に満足することで自分をなだめておくしかなかった。

《う~ん、どうしよう? では、次に何について書こうかなあ?》

 暫らくは何も浮かばないまま、また何時ものように、日々のことをごく主観的な短歌に詠み、お気楽な雑文を添えた歌日記、「山荘日記」を付ける生活に戻った。

 それはそれで好いのだろう。大きな不満があるわけではない。

 ただ正月休みが近付いて来ると、何となくモヤモヤとして来るのである。それははっきりと不満と言うほどではないが、何となく達成感がない日々の生活を超える何かが何処かで待っていそうな予感、もしそれに乗らないならば後悔しそうな焦りとでも言おうか、いまだあえかな気配程度のものでありながら、決して無視出来ない性質のものでもあった。

 仕事仕舞いの日、午後に予定していた書類整理の仕事が思いの外早く終わった慎二は、久し振りに父親を訪ねることにした。話は聴けなくても、意外と筆まめであった父親が書いた物を、もしかしたら母親の祥子が残しているのではないか? と言う淡い期待があったのである。

「こんにちはぁ~。母さん、居るぅ~?」

 返事はないが、明かりが点いているし、鍵は掛っていなかったので、慎二はそのまま上がって行った。

「おや、どうしたんやぁ?」

 母親はのんびりとテレビを見ながら、好物のおにぎりせんべいを齧っていた。

「いや、別に用はないんけど、ちょっと時間が出来たから、久し振りに顔を見に来たんやぁ~」

 母親は微妙な笑みを浮かべながら、用事を頼んだ時ぐらいしか来ないくせに、本当かなあ? と言う顔をしている。

 気弱な慎二としては何となく用件を切り出し難く、暫らく世間話に付き合うことにした。

「それで、どうしたんやぁ~? 本当は何か用事があったんやろぉ?

 やはり母親である。幾らカモフラージュの言葉を重ねても、慎二の気持ちが此処にないことぐらいとっくに見抜いている。

 慎二は、仕方がないなあと覚悟を決めた顔をしながら、

「大したことやないんやけどぉ~、この前の様子では、もう父さんから直接昔の話を聴けないようやったから、もしかしたら父さんが書いた物を何か置いていないかなあ? と思ってなあ・・・」

「まあ少しはあるけど、それをどうする気やぁ~? また何か書くんかぁ? 晶子さんの話やと、時々怪しげなことを書いては人に見せているらしいけど、何処かに発表したりする気かぁ~!?」

「いや、そんなことよりぃ~、父さんのことをゆっくり考えてみたかったんやぁ・・・」

「それだけやったらええけどぉ、やっぱり人様に見せるには恥ずかしいこともあるからなあ・・・」

 母親は頬を紅潮させている。

 慎二は母親の女の部分をはっきりと見せ付けられた気がし、母親以上に戸惑っていた。そして、父親が確かに書き物を残していること、それは母親とも深く関係がありそうなことに思い至り、余計に見たくなって来た。

 押入れ箪笥から出て来たのは、小分けにして油紙で包まれたもので、恐る恐る開いてみると、躍るような毛筆で書かれた封書であった。

 宛名を見ると、小出祥子様、とある。

《うん? これは父さんから母さんに送った手紙やないか!? と言うことは、母さんから父さんに送った手紙も残しているのやろうか?》

 その内の一通を取り出してみると、
 

親愛なる祥子様

 酷い風邪を引いていると妹さんから聞きましたが、どうでせうか。大丈夫でせうか。仕事の都合で、直ぐには行けないだけに、心配で心配で堪りません。もうあなただけの体ではないのですから、大事にして下さいね。あんまり長いとしんどいでせうから此れぐらいで止めていきます。またお便りします。さようなら。

                     昭和31年2月13日午後10時
                                    浩治

 

 もう付き合って暫らく経ち、大分慣れて来てからの手紙のようである。

 その他にも色んな時期のものがあり、祥子が浩治に送ったもの、伯母と祥子との往復書簡などもあり、と慎二は次第にのめり込んで行った。

 

拝啓

 此方はそろそろ梅が咲く季節になりましたが、其方は如何でせうか。寒いところと聞いておりますが、お変わりありませんか。幾ら元気に過ごしているとは言え、長い間、しかも手紙の遣り取りに一箇月も掛るようなところに独りで暮らしている貴方のことを思うと、姉さんは心配でなりません。
 さて、先日は多額の送金、どうも有り難う御座いました。懐中心許無い時期でもありましたので、大変嬉しかったです。母と手を取り合い、貴方の無事と御活躍の由、喜びかつ泣きました。そして、そんなに成功しているのに、母と私を置いて儘、一度も帰って来て下さらない貴方を恨みました。どうかどうか、一日も早く帰国なさるようお願い申し上げます。
 ところで、お手紙の様子では、貴方は未だお独りのようですね。どうでせう。そろそろ御結婚なさる気はありませんか。ほら、貴方が出征するまで住んでいた町内に居た、幼馴染の祥子ちゃん、覚えていますか。彼女ももう二十三歳になりますが、未だ決まった人もないようです。其れで思い切って貴方のことを持ち掛けてみると、途端に顔を真っ赤にするではありませんか。ゆっくり話を聴いてみると、どうやら貴方のことをずっと思っていたようです。貴方が出征する前、家によく遊びに来ていたでせう。何でもあの時、大きくなったら貴方のお嫁さんになってくれる、なんてからかわれたのを本気にしていたようですよ。そう言えばそんな時、貴方も赤くなっていましたね。初心な二人を姉さんは何時も微笑ましく思い、其れが本当になればどんなに楽しいことかと思っていました。でも、年が大分違いますし、其れにあれから私が、暫らくにしても実際の結婚生活を送りましたから、楽しいことばかりではないことも知りました。また、人の心の移ろい易さも知りました。だから、未だ独りにしても、心変わりしていて当然だと半ば諦めていましたのに、祥子ちゃんの一途な気持ちに吃驚しました。そして、本当に嬉しいことでした。ですから、もし貴方も未だ心に決めた人が居ないようでしたら、一度祥子ちゃんにお手紙を差し上げてみてはどうでせう。きっと待っていると思います。もし恥ずかしいようなら姉さんがもう一度話してみますので連絡下さい。
 れでは貴方の御健康と御多幸を祈りつつ、乱筆乱文にて失礼致します。

                                    敬具

                        昭和二十八年二月二十日
                                   扶美

 

拝啓

 此方はまだまだ冬の気配が色濃いものの、漸く雪の下から新たな生命が芽吹いて来た今日此の頃、前にもお知らせ致しました様に、私は元気にやっております。其方では皆さんお変わり無い様で安心致しました。流石に大阪ですね。二月半ばになるともう梅の季節ですか。此れが届く頃にはもう桜の季節ですね。桜と言えば、今でも時々、桜の季節になると川沿いに遊びに行ったことを懐かしく思い出します。

 さて、お手紙でお勧めの件、大変有り難く読ませて頂きました。そして三十四歳にもなるのに、未だ中途半端で母さんや姉さんに心配ばかり掛けている自分が恥ずかしくてなりません。年が年ですから、此れまで全く何も無かったわけではありませんが、御察しの通り、今私は独り身の不遇を囲っております。と言うのは半分嘘で、大して困ってはおりませんが、多少淋しくなって来たのは事実です。其れと言うのも、時代、そして私の仕事が落ち着いて来たのでせうね。酷く淋しいはずの頃は時代に揉まれ、ただただ生きて行くのが精一杯で、今から振り返ってみても、一体何をしていたのか分からない程です。幸い手に職があった分、シベリア送りにはならずに済み、此方にしては安定した仕事に就けましたので、どちらかと言えば虚弱な私でも遣って来れたのでせう。

 其れで、祥子さんのことですが、お手紙を読んでいて甘酸っぱい気持ちに包まれ、心が弾んで仕方なく、一晩中眠れませんでした。どうしていいか分からず、いっそのこと姉さんも言うように、姉さんにお願いしようかとも思いました。でも矢張り、こんな大事なことを姉さんに頼むのでは此れからの荒波を渡って行けないだろうと思い直しました。幸い祥子さんも私のことを未だ想っていて下さるようですから、此れから思い切って手紙を書いてみる積もりです。

 またお手紙します。其れでは今回は此れで失礼します。時節柄御自下さい。

                                    敬具
                         昭和二十八年三月十日

                                    浩治

 

拝啓

 雪の下から新たな生命の息吹が確かに感じられる今日此の頃、其方の皆様にはお変わりなく御健勝にお過ごしのことと伺い、御慶び申し上げます。

 さて、姉の扶美からの手紙によりますと、祥子さんは今でも私のことを覚えていて下さったようで、大変懐かしく、また嬉しく思っております。直ぐにもお会いして直接お話したいところですが、生憎海を隔てておりますし、時節柄まだまだ渡航は難しい面もあります。其れに何より、私の方の個人的な事情においても、直ぐには帰れませんので、先ずはお手紙にて失礼致します。

 ところで私の方の個人的な事情と言いますのは、かう言うことなのです。戦争が終わってから八年、矢のように過ぎて来ました間に、其れなりの仕事を得、何とかやってまいりましたので、今では私にとって、此方の生活が主になっている。今後も此方で暮して行くのか、其れとも母や姉の望むように日本に帰るのか、一体どっちがいいのだろう。直ぐには決められない。其れに、幸いと言っていいのか、今の仕事が結構忙しく纏まった時間が取れない。
 そう言うわけで、いきなりこんな色気の無い手紙になってしまい、大変申し訳ありませんが、私の気持ちは姉からの手紙を読んで、大変弾み、一晩中眠れなかったほどです。其のことだけは御理解頂ければ幸いです。
 嗚呼、私は祥子さんのようにうら若き乙女に向かって一体何を書いているのだろう。わけが分からなくなって来ました。
 唯、今回姉から貴方のことを将来の伴侶として考えてみてはどうかと紹介され、大変嬉しかったのは事実で、どうしても突然の失礼を押して自分からお手紙を差し上げたのです。

 よろしければ、またお手紙させて頂きます。其れでは皆様の御多幸と御健康を祈りつつ、乱筆乱文にて失礼致します。

                                    敬具 
                                                                昭和二十八年三月十一日

                                  藤沢浩治

 

藤沢浩治様

 お手紙読ませて有り難く頂きました。私のことを覚えていて下さったようで、また、真面目に考えて頂いているようで、大変嬉しく思っています。私自身も、貴方を将来の伴侶として考えてみては、と言うことについては全く異存がございませんが、其れでは直ぐにでも今の生活を整理して其方に駆け付けられるかと問われたら、はい、と答える自信は毛頭ございません。年月の重みと言うものはあって当然だと思います。其れを率直に書いて下さった貴方の誠実さに触れ、其れがあるからこそずっと忘れられなかったのだと納得が行く思いでございました。

 さて、其方で貴方は大分落ち着いた生活をされている由、私も中々其方に参るわけには行きませんので、また時々お手紙を下されば有り難いです。どんなことでも結構ですから、時々お便りを下さい。私もまた時々、日々の何気無いことをお知らせしたいと思っています。そして、そんな風に遣り取り出来る方が現われ、大変喜んでいます。

 私は貴方のようにすらすら書ける方ではないので、簡単ですが、今回は此れで失礼します。時節柄、御自愛下さい。其れではさようなら。
                          昭和二十八年三月三十日

                                  小出祥子
 

 慎二は母親から常々、

「お父さんとはねえ、幼馴染やったから、改まって話があったと言うわけでもないんやでぇ~。昔のことやから、ごく自然に結婚するもんやぁ、と思ってたんやぁ」    

 と聞かされていたので、

《もしかしたら恋愛的な要素など全くない、サラリとした関係やったのかなあ。結婚して兄貴と俺が生まれているんだから、まさかそんなことは無いように思うけど、あっさりした母ちゃんのことやから、分からへんなあ・・・》

 と思っていたが、手紙の内容、今日の態度を見ると、どうもそうではないらしく、それだけでも来た甲斐があったと喜んでいた。

 

        誰にでも心揺らせた若い頃

        振り返るならあったはずかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 もう15年以上前に書いたものを、見直しながら加筆訂正した。

 

 その頃既に、父親とは話せなくなっていた。

 

 何時会いに行っても寝ていたような気がする。

 

 父とあまり話さなかったわけでもないが、大したことを話したようにも思えない。

 

 父が時折問わず語りに話す中国でのこと。

 

 何だか牧歌的にも思えるが、きついこともきっとあったのだろう。

 

 それは何かの拍子に漏らすという感じで記憶に残っている。

 

 昔の戦争映画の中に出て来るワンシーンのような光景が実際にあったことを窺わせた。

 

 母との関係、それ以外の関係についてはこれも問わず語りであったような覚えがある。

 

 今となっては母ともそんな話が出来なくなっており、切れっ端を手掛かりに、想像を膨らませるしかない。

対談する人(4)・・・R2.3.31②

               その4

        

(司会者)はいはい、申し訳ありませんでした。それでは次に、「お茶する人」。これに付いては如何ですか? 偶然にしても、「計算する人」から始まりましたので、ちょうどいいから、発表された順に見て行きたいと思います。

(春山)《何か引っ掛かるなあ、この司会者。でもまあええわ。この頃の僕はそんな小さなことには拘らないんだから。抑えて抑えてっと》。そうですねえ。あの後に発表された「空想する人」も含めて、私小説って感じがします。そこがあまり買わないところかな。まあ、面白い部分も少しはあるんですけど・・・。

(司会者)そうですか。私小説的なものはあまりお好きではない?

(春山)ええ。僕はいつも心を大きく遊ばせたいもので、もう少し世界を広げたものが好きですね。それもトリックや空想科学的なアイデアに溢れたものが好い。

(司会者)そうですか。ところで花沢様。貴方は「お茶する人」に書かれたような体験をされたことがあるんですか?

(花沢)いやあ、実際にあったことを下敷きにしたところもありますけど、かなりの部分は架空のことですから、私小説と言って好いのかどうか、迷うところですね。

(司会者)そうですか。それでは、春山様、あまりお好みではないかも知れませんが、お友だちとして、出来ましたらもう少し詳しく、面白かったところ、気になったところなどをお話し頂けませんか?

(春山)面白かったところ、気になったところを詳しくねえ。ちょっと待って下さいよ。う~ん、それぞれの遣り取りはまあまあ面白くはあるんだけど、気になることを見られるように、わざとパソコン画面に残しておく、なんて小技が何か女々し過ぎはしないか? 芸が細か過ぎて独り善がりではないか? と思うんですよ。

(司会者)ほう、鋭いご指摘のようですね。花沢様、この辺りは如何ですか?

(花沢)確かに、普通で考えればそうですね。だから、そんなことをしそうな、小心者だけど見栄っ張りな人物と言うことにしてある。そこを読み取って貰わなければこの話は成り立たない。その人物が好きでないのは分かる。僕も勿論、好きではない。でも、そんな人物がすこしぐらいいてもいいじゃないか!? どうしてその存在まで否定してしまうのか!? 僕にはその狭量さが耐えられない・・・。

(司会者)何もそこまで熱くならなくても。それに、春山様もそんな人はいないんじゃないか? と仰っているだけで、もしいたら、その存在を否定するとまでは仰ってないと思いますけど。そうですよねえ、春山様!?

(春山)うん、まあ・・・。いたら友だちにはなりたくないかも知れないけど、どこか僕の知らないところでいる分には・・・。

(花沢)ほれ見ろ! 何だ彼だ綺麗事を言っても、皆で僕の存在を否定しようとするんだ。いいんだ。どうせ僕なんて・・・。

(司会者)あれっ? さっきはご自分ではないような口振りでしたが、そうするとやっぱり主人公の藤沢慎二のモデルは花沢様だったと言うことで?

(花沢)いやいや。僕は想像力が豊かなもんで、ついつい藤沢慎二に同化しちゃったようだねえ、ハハハハハッ。職場でも時々、春山さんなんかに藤沢君って呼ばれて戸惑うことがあるんですよ。僕も春山さんのこと、秋山さんって呼んじゃおうかな、ハハハハハッ。勿論、僕と藤沢慎二が一緒だなんてことは金輪際ありませんよ。そこのところどうかよろしく、ハハハハハッ。

(春山)何だか怪しいけど、まあいいか・・・。それから、話を蒸し返すようだけど、陰から覗いている、と言うのも心根がいやらしくてムズムズするねえ。

(花沢)そりゃ春山さんは紳士ですから、そんな微妙な男心も分からないかも知れないけど、でもあってもいいじゃないですか!? そんな臆病さも。あの話まではオーバー過ぎるとしても、思わせ振りな、何とか分かって欲しい、でもそれを直接確かめられない、だから陰からでも覗いてみたい、って気持ちが分からないかなあ? それとも僕が、あまりに自分を超えたものにまで共感し過ぎるのかしら? 大体やねえ、アメリカで照れ屋さんがシャイマンなんて呼ばれ、特別扱いされるような風潮がかつてあったようだけど、男だからと言ってマッチョな方向ばかり求められたら息苦しいじゃないですか!? 男、女、その間に変態さんがいるだけなんてデジタル的発想がいけない。それに、既に時代遅れでもある。

(司会者)おやおや。話が大分広がって来ましたねぇ。それに、えらく力も入って来ているようです。これはもう少しお聞きしておきましょうか?

(花沢)うん、いいでしょう。人間は完全な女性と完全な男性の間で、もっとなだらかに、連続的な分布をしていると思うんだ、私は。確かに、身体はくっきりと分かれているのが普通だろう。それも、本当は性器中心的な見方をしているんだけどね。それはまあともかく、心はそんな単純なものじゃないと思うんだよ。オジサンがリカちゃんで遊びたい時だってある。僕がセーラ服を着て何故悪い!? 何でそんなに変態扱いされなくてならないんだ!?

(春山)やっぱりそうなんや!? この人、どうも怪しいなあ、と思てたけど・・・。

(花沢)おいおい。そんなに引くなよ。何度も言うように、別に私が、と言うことじゃない。そんな思いを持った人たちの気持ちに強く共感し、代弁しようとしただけじゃないか!? ハハハハハッ。

(司会者)(ちょっと身を引きながら)何とか話が落ち着きましたようで、次は「空想する人」に行きましょうか? 春山様はどう思われますか? このお話についても、出来ましたらもう少し詳しく・・・。

(春山)《花沢の奴がオタオタし出し、折角面白くなり掛けて来たのに逃げあがって、ほんまにしゃあないなあ、この司会者は》。そうですねえ。ちょっと眉唾のお話ですかねえ。それを除けば、この人がやっぱり独りで居過ぎたために分身や夢に逃げようとする、と言うか、そんな感じがしますねえ。

(司会者)花沢様、この辺りのご指摘、どう思われますか? 貴方もその辺りのことを意識して書かれたのでしょうか?

(花沢)と、当然じゃないですかぁ~、ハハハッ。勿論、気付いた上で書いていますよ。ただ、それだけではなくて、世の中、見えているものは一部で、その裏にとっても不思議な現象が存在する。そのことに対する素直な感動を書いた積もりで、眉唾は酷いなあ。

(司会者)そうですか? 春山様、先ほどのご発言からしますと、貴方は超常現象に関してはお信じにならない方でしょうか?

(春山)そんなことはない! むしろ私はない方が可笑しいと思っている。ただ、花沢君の書いたことぐらい偶然にしても十分有り得ることで、取り立てて騒ぐほどのことじゃない、と言ってるんです。フフフッ。

(花沢)言いましたねぇ! 酷いじゃないですか!? 睡眠を削り、家族サービスや仕事もそこそこにして頑張ったのに・・・。

(春山)それが駄目なんだよ、それが! だから花沢君の書く小説は現実感が希薄で、超常現象が引き立たない。何でも崩す前の元が確りしていなくてはならないんだよ。

(司会者)鋭く責めますねえ。これは面白くなって来たようですよ。続けて続けて。フフフッ。

(花沢)おいおい。どっちの味方なんだよ、君は!? 作者は僕なんだよ。僕の味方をしないでどうするんだ。やい!

(司会者)アハハハハッ。これは失礼しました。でも、突っ込まれた時の花沢様のヨレヨレし出すところが可愛いし、思わぬ話の展開に読者も喜ぶかと思いまして・・・。

(花沢)そう来るかぁ~!? 腹立つやっちゃなあ。

(春山)そうだろう? この司会者、僕たちを揉めさせて楽しんでいるみたいなんだから・・・。

(司会者)そんなぁ。酷いわ!? 私、そんな積もりなんか全然ないのに・・・。こうすれば盛り上がるかと思ったし、お2人もそこをきっと分かって下さるものと思っていましたのに・・・、シクシク。

(花沢)あっ、泣いちゃったよぅ~。春山さん、一体どうする気なんです!?

(春山)ごめんごめん。そんな気はなかったんだよぅ~。でも花沢君、君かて責めてたやないか!? 僕だけのせいにするなんてずるいわぁ~。

(司会者)と言うことで、みんなそれぞれに反省すべき点がある、と纏めておきましょうか? 今日は、お忙しいところどうもありがとうございました。

(花沢・春山)何のこっちゃ。もう君とはやってられんわぁ~。ほな、さいならぁ。


 読み終えたらしい佐久田は暫らく何も言わない。心配になって来た藤沢慎二は、

「ねえ、如何ですか? そんな感じで行けますか?」

 と問わずにはいられなかった。

 それを受けて佐久田はおもむろに言う。

「そうですねえ。いいんじゃないですかぁ!? これで行きますかぁ~? でも、もしかしてこれ、藤沢様が独りで遣り取りして書かれましたぁ~? 何かそんな気がしますねえ。藤沢様のことですから・・・」

「ハハハハッ。やっぱり分かりますぅ!? でも、どんなところでぇ~?」

「そうですねえ。どれも藤沢様が言いそうなことですし、拘りそうなところと言うか、そんな気がするんですよぉ~。それに、他の人を誘ったら出演料とまでは行かなくても、せめて食事ぐらい奢らなくてはいけないでしょう!? もしかしたら藤沢様、その辺り、自分で全てやった方が得だ、と思われたのではないかと・・・」

「フフフフッ。鋭い! そうなんですよ。ちょっと同僚の秋山本純さんや宮前孝子さんに当たってみたんですが、2人で声を揃えて、それやったら帰りに京橋のたこ焼き屋で一杯、なんて言うし、ええい、独りでやっちゃえ! と思いまして・・・。でも、まあまあ好いでしょ!? 何とか纏まってるでしょ? ねっ!?」

 佐久田は、どうせ貴方がお金を出すんだからどうでもいいですよ、と言いたいところをプロらしくグッと我慢して。

「ええ、中々好いですよ。分かりました! それではこれで行かして貰います。校正ゲラが出たら、また連絡しますので・・・」

 と、にこやかに答えた。

 それに意を強くした慎二はおもむろにもう一編の小説を佐久田の前に置く。

「それからね、これも書いてみたんですよ。『観察する人』。何と言うか、中々現実の生活に参加し切れないで夢を見たり、分身に遊ばせたりする人を書いて来たので、そんな風に現実に参加せず、観るばかりの人、と言う意味も込めています。思い切って、この小説を書く際には取材も敢行したんですよ。もっとも、大してお金は掛けていませんが・・・。それはまあともかく、ちょっと見て貰えませんか?」

 

 その後も幾らか遣り取りした結果。「観察する人」も無事受け取って貰え(何度も言うようだが、それなりのお金を払おうとしているのだから当たり前か!?)、幸せ一杯夢一杯と言った顔をした慎二は、家へと続く上り坂の所為もあり、上気した顔のままで帰宅した。

「ただいまぁ~!」

「お帰りぃ~」

「この前に言ってた本の話、詳しく決めて来たでぇ~! 初めに予定していたものよりかなり分厚くなり、造りも立派なものになるはずやぁ~。先に晶子に相談しなかったのは悪かったけど、お金の方は僕が何とか工面するからええやろぉ?」

 晶子は仕方がないなあ、と言う顔をしながらも、

「まあ、麻矢さんから話を聞いたのは格好が悪かったけど、あなたの夢だし、何とかなるのなら別にいいわよ。よかったわねぇ~」

 あんまりあっさり許して貰えたので慎二はかえって恐縮し、

《これからもっと真面目に働かなあかんなあ。よし、もっといいものを書くぞぉ~!〉

と張り切りながら2階の書斎に上がった。

 その背中を見送りながら晶子が、

《いいわ、そんなことぐらい。でも見てらっしゃい。あなたの知らないうちに、居間にグランドピアノが置いてあったりするんだから・・・》

 と胸の中で呟き、ほくそ笑んでいたことは慎二の与り知らないことである。

 朝夕の冷え込みも徐々に本格的になって来て、生駒山は褐色に色付き始め、澄んだ空気の中で今日もくっきりと美しかった。

 

        其々が趣味の世界で機嫌好く

        暮らせたならば其れで好いかも

対談する人(3)・・・R2.3.31①

               その3

 出版の話を決め、藤沢慎二が気持ち好くなってショッピングセンターの方に向かった頃、麻矢はおもむろに携帯を取り出した。

 

            麻矢より晶子へメール

ねえねえ。お宅のご主人、自費出版をする積もりらしいわよ。出版社の人にうまいこと言われて、ローンを組んでまで出す気らしいけど、大丈夫? 少しは話を聞いてるの?

 

 それを読んだ晶子は暫らく考えた後、静かな表情になって返事のメールを打ち始めた。

 

            晶子より麻矢へメール

ありがとう。初めて聞く話だし、その点に関しては残念です。でも私、それでもいいと思ってるの。彼の長年の夢だし、彼がそうしたいのなら、そして、うちの経済力で何とか出来ることなら、すればいいと思うの。

 

            麻矢より晶子へメール

そう。分かったわ。あなたは本当によく出来た人ねえ。そやけど、それを聞いたら余計に腹が立って来るわ~、お宅のご主人に。あなたに甘えて暢気なことばかりやっているんやから。

 

            晶子より麻矢へメール

フフフッ。ほんとにそうね。そしたら、私がとっちめておくから、私に免じてどうか許してあげて。お願いだから。あの人が、またお宅に暢気そうにお邪魔してもいじめないでね。

 

            麻矢より晶子へメール

はいはい。分かりました。もう何もいいません。ごちそうさま。
それはまあともかく、今度のうちの定休日、木曜日はあなたひとりだけでしょう? いつもの公園よりもう少し遠出してみない? 浩太君の幼稚園は結構遅くまで預かってくれると言ってたわねえ。私たちも、ささやかだけど、偶には気分転換しましょうよ。

 

            晶子より麻矢へメール

分かったわ。ありがとう。浩太が帰って来るのは4時半頃だし、ぜひ行きましょう。楽しみだわ。

 

 どうやら、晶子は異を唱えなかったようで、何とか無事(?)、対談原稿は出来たようである。それを手に、慎二は「みつばち」でもう一度、佐久田に会っていた。


        対談「出演者、人シリーズを大いに語る」

(司会者)花沢様、春山様、今日はお忙しいところ、対談、「出演者、人シリーズを語る」にご出席下さいまして、どうもありがとうございます。私は司会を担当させて頂きます小野美津子と申します。どうかよろしくお願い致します。

 早速ですが花沢様、どんなところから人シリーズを書いてみようと思われたんですか?

(花沢)そうですねえ。私たちって、毎日同じようなことを繰り返しながら何とか生きて行く。そのままでは名もなく朽ちて行くような儚い存在じゃないですか。勿論、自分にとってはそれでも十分生きるに値する人生なんですけど、完全週5日制が多くなった現在、このゆとりを利用してですねぇ、私も含めた、ごく普通の人をもう少しクローズアップしてみたくなったんですよ。こんな私でも、本当は十分に色んなことをしながら、考えながら生きているんだぞ、ということをね。

(春山)要するに暇やったんや。

(司会者)ハハハハハッ、いきなり辛辣ですね。ところで、春山様はこのシリーズ、大体読まれているそうですが、どの作品が気に入られましたか? また、その感想を簡単にお聞かせ願えましたら。

(春山)まあ、どれもチマチマとした世界を書いていて、気宇壮大をモットーとする私としては畑違いなんだけど、強いて言えば、ちょっと引っ掛けられちゃったかな、と言う意味で、「計算する人」だろうなあ。花沢君のことだから、どうせ男同士かなんかだろうなあ、と思っていたら、男同士には違いないんだけど、どっちも自分って言うのには想像も付かなかったよ。

(司会者)そうですね。その辺り、私も中々ユニークだと思いました。それに、携帯のメールをアイテムに取り入れたと言うのもいいですね。この辺りは花沢様、どこから思い付かれましたか?

(花沢)いやぁ、何ね。職場でも電車の中でもどこでも、みんなピコピコやっては思わせ振りな表情でジーッと画面を見詰めているもんだから、ついついそれを利用しちゃったんですよ。結構行けてました? ウフフッ。

(春山)どうせそんなところですよ、この人は・・・。そこらで見たり聞いたりしたことをサッと書いちゃうんだ。それに、自分では携帯なんか持ってないんだから。私のアイデアも知らないうちに幾ら書かれちゃったか分からない。そのくせに私が、これを載せてね、と自信を持って言ったジョークはちっとも載せてくれない。自分で勝手にでっち上げた底の浅い駄洒落を私が言ったことにしては、さぶぅ~、なんて書いちゃうんだから・・・。

(司会者)まあまあ。そうですか。花沢様は携帯を持っていらっしゃらない。まあないことはないですけど、今では少数派に入りますねえ。何か理由でもおありですか?

(花沢)いや、幾ら僕だって便利だってのぐらいは分かりますよ。それに、メールだと喋り難いことも書け、押し付けがましさも電話よりはない。しかも手紙よりも気軽に書け、早く送れる。欲しくないこともない。でもね、そこをグッと我慢して、やはり紙に書くことにこだわる。これがいいじゃないですかぁ~。それって男のロマンだとは思いませんか?

(春山)要するに吝嗇(けち)なんだ、この人は・・・。何だ彼だと言ってはいるけど、僕が若い子とメールを遣り取りしたり、ベランダに出て楽しそうに電話しているのを、いっつも物欲しそうに見ているんだから・・・。そのくせ、買えば僕がメールを送ってやるって言ってるのに、頑として持とうとしない。頑固なんだ。もしかしたら、友達がいないのがばれるから嫌なのかな? ハハハッ。

(司会者)ハハハハハッ。結構きついですねぇ。もしかして春山様は、人シリーズでの扱われ方に何かご不満でもお有りなんじゃないですか!? フフフフフッ。

(春山)そうなんですよ! さぶいジョークを言うとか、軽いオジサンみたいに書かれているけど、本当の僕はジョークにだって一家言ある方なんだから、そう軽く扱わないで欲しいんだ。

(司会者)そうですか。話が少し広がって来たようにも思いますが、折角ですから、取り敢えずお聞きしておきましょうか。春山様がジョークに対して拘っていらっしゃることって、一体何でしょうか?

(春山)ほらほら、その中途半端な扱われ方、それがムカつくんだよ! いつでも、ついでだろ!? それか、軽く聞き流されてるんだ。ついまともに聞いちゃった時は、オヤジギャグなんて言われちゃう。大体やねえ、年齢だけでは決めて欲しくないんだよなあ。僕なんか若い頃から洒落を言っていて、それなりの歴史もあれば、深みもある。うん、あるはずだ。それをだなあ、よく噛み締め、味わいもせずに、オヤジギャグの一言で片付けて欲しくないわけや。

(司会者)う~ん、そうですか。同じように見えても心が違うと仰りたいわけですね?

(春山)う~っ、ムズムズするなあ。よく聞けば、同じようにも聞こえないはずなんだがなあ・・・。違うんだ。心が違えば形も、それに品格も違う。どうしてそこが分からないかなあ、も~っ。

(司会者)(ちょっと困った様子で)どうですか? その辺り、花沢様はどう思われますか?

(花沢)そうですね。やっぱり・・・、同じような言い方になるかも知れませんが、一見変わらないように見えても心が違う、ってところでしょうかねえ・・・。愛があると申しましょうか。人の悪口、下ネタ、そんな類が一切ない。手っ取り早く笑いを取ろうと思えば、この二本柱を落とす手はないんですが、春山さんの洒落からは、たとえ即興的に見えても、単なる駄洒落に見えても、そう言ったものが見事なまでに排除されている。これはもう、長年の修練の賜物以外の何物でもないように思いますよ。スリスリ。

(司会者)要するに、金ちゃんファミリーみたいなものですね。

(春山)一見変わらない、にはちょっと不満でも、よく聞けば愛を認めてくれたり、品を認めてくれたり、人が漸くそれならばまあいいかと思い掛けていたのに、要するに、みたいな、はないだろ~!? まあ、でもいいや。花沢君がそんな風に僕のことを見ていてくれたなんて(ウルウルしながら)、僕のさり気ない苦心、情熱を分かってくれて本当に嬉しいよ。

(花沢)いえいえ。(春山の熱い視線にちょっとたじろぎながらも)それに、スピード感が違う。僕なんかのんびり屋なもんだから、僕が言い終わった瞬間に春山さんからはそれを踏まえたジョークが返って来るし、下手すれば言い終わる前にもう返されちゃう。

(司会者)そうですか。それでは若かりし頃の金ちゃんと言うことで、この話は一先ず置きまして・・・。
(春山)おいおい。その、適当に片付けたような言い方は止めてくれよ!

対談する人(2)・・・R2.3.30③

               その2

 

 約束の日、藤沢慎二は駅前の喫茶店「みつばち」の馴染みの席に座っていた。これまで色々と恥ずかしいところを見せて来たので多少臆するところはあったが、大分経つからもうそろそろほとぼりが冷めた頃だろうという楽観的なところと、今日は曲がりなりにも出版社の人と話すわけだから、それをママの麻矢さんにも見ておいて貰いたいなあ、と思う助平心から、ちょっとウキウキしているようだ。

 この日も久しぶりに外に持ち出したBTO(受注生産)パソコンを開き、忙しそうな振りをして歌日記らしきものを打っている。
 

            (パソコン画面)

        秋の日の出会いに夢を託しおり
        今日これからを輝く日々に

 今日、出版社の編集者と会う約束をして、それを今か今かと待っている。緊張する瞬間が刻々と迫っている。これから新たな地平に我が身を置くかと思うと、震えと共に燃え上がる気持ちもあるのだなあ。フフッ。

 

 次にどう展開しようかと迷っている時、声を掛けられた。

「藤沢様、遅くなってすみません。私、こう言うものです。どうぞよろしくお願い致します」

 差し出した名刺を見ると、怪々舎、企画出版担当、佐久田敬三とある。

「ほう、佐久田さんですかぁ~!? あっ、すみません。生憎僕は名刺は持たない主義なんだけど、藤沢慎二と言います。よろしくぅ」

「いえいえ、早速ですが、出版の方、お考え頂きましたでしょうかぁ!?」

 慎二はすぐにも飛び付きたい気持ちを抑えつつ、出させてやってもいいんだけど、と言う感じを滲ませようと苦心しながら、

「そうだねぇ。取り敢えず、もう少し詳しい話を聞きましょうかぁ!? それから、何かアイデアがあると言っていたようだけどぉぉ・・・」

「ええ。それですが、先生の作品、表現が面白いし、かなり発想もいい。ただ本にすると少し原稿が少ないので、もう少し原稿を頂けるようでしたら、もっと立派な本で出せます。と言っても、新しい話と言うと急にはしんどいでしょうから、少しお手伝い出来れば、と思いまして・・・」

 聞いてみるとまともなことを言っているようだし、慎二はもう少し聞いてみることにする。

「ふ~ん、そうですかぁ~!? 新しい話も出ないことはないかも知れないけどぉ、お宅のアイデアと言うのをちょっと聞かせてもらいましょうかぁ~?」

「はい、分かりました。たとえば、今、藤沢様は随筆を書かれていたようですが、そんなものでも結構ですし、もう少し纏まりよくしようとすれば、それぞれのお話について作者として語る、なんて言うのはどうでしょう!?」

「う~ん、作者作品を語るかぁ~。それ、ちょっといい感じだねぇ!? でも、改めて自分が作品を書いた意味を考えてみるというのも難しいなあ・・・」

「そうですね。あんまり構えると難しく感じますね。だからどうでしょう? 対談と言う形にすれば。先生の話し易い方、それに、たとえば司会者としてうちの編集者が加われば、色々話が出て来るのではないでしょうか!? 心霊科学研究所でしたか? そんなご立派なところにお勤めでしたら、お話好きな方がそう苦労なく見付かるのではないでしょうか!?」

 プライドを心地好くくすぐられて何とか浮かべようとするが、友だちの少ない慎二にはたまに帰りの電車で文学や音楽の話をする同僚の秋山本純の顔しか浮かばない。本当は茶川秋穂のことが真っ先に浮かんだのであるが、まだ24歳でみんなのアイドル的存在の彼女を紹介する勇気、第一口説く勇気がなかったのである。それに秋山ならそんなことが得意そうで、簡単に引き受けてくれそうに思え、慎二は勝手に心づもりをして、

「分かりました。それで行って下さい! それで、司会者、対談相手ですが、僕の方から依頼するのかな? それとも、お宅の方でやってくれるの?」

「どちらでも構いませんが、その辺りのこともお引き受けすることになると、企画料、斡旋料、編集料等が掛かって来ますけど、よろしいですか!? 藤沢様の方で原稿まで仕上げて頂いてからお受けする方がかなりお安くなりますが・・・」

「えっ、それじゃあ、もしかしたら、対談でそちらの部屋を借り、司会をお願いした場合、部屋の料金とか、編集者の人とかの料金も取られるのかい?」

「はい、全てご利用頂いた場合は・・・」

「そうですかぁ~。それじゃあ、それもこちらで何とかしますわぁ~。そのアイデアだけ頂いて・・・。まさか、そのアイデア料までは取りませんよねぇ~!?」

「ハハハッ、まあそれぐらいはいいでしょう。サービスさせて頂きますよ。それでは原稿を頂くと言う形でよろしいですね? はい、分かりました! それから、本の形ですが、お電話でご案内しましたものでよろしいでしょうか? いえねっ、勿論あれでも自分で持っておかれたり、親戚、友達に配る分には十分なんですが、もし店頭で売ろう、書斎に飾って箔を付けようとお考えでしたら、もう少しランクアップしてゴージャスエディションにされておいた方がいいかと思いまして・・・。と言っても、どれもがネーミングほど高いものではなく、その中にも松、竹、梅とございます」

「何だか怪しげだなあ、そのネーミング。それで幾らぐらいなの? それらはぁ~」

「はいはい。松コースですと本体が天金の革張りで、それが布張りの箱入りとなりますから、それは見映えがします。普通そこまでは必要ないでしょうけど、600万円。竹コースですと、本体が布張りで、それが布張りの箱入りとなり400万円。まあこれぐらいは一生の記念と思えば張り込んでおいてもいいところですね。それでも勿体無いと言うお方にお勧めしたいのが梅コースで、ハードカバー装にして、250万円でお受け致しております。梅コースでも十分に見栄えがしますよ。初めにお勧めしていたカジュアルコースとは格段の差と感じられることでありましょう。如何ですか!?」

 250万円でも直ぐに手が出せる額ではないが、一番高いところから段々と下げられ、何となく、格好よくなるのなら奮発してもいいか!? と思えて来て、慎二は暫らく迷っていた。

「う~ん。梅で250万円かぁ250~。よさそうだけど、そんなお金、逆立ちしても出ないしなあ。本が既に売れているのならば別だけど・・・」

「そこですよ、藤沢様! もう売れていると考えて先取りする。その道もご用意致しておりますので。当社とローン契約をして頂きまして、売れた分を返済に回して行って頂く。後になるか先になるかだけの違いですから、どうですか!?」

 売れなければどうにもならない話なのに、慎二は多少の自信があるものだから、それで何となく気が軽くなってしまったようだ。

「そうだねえ。それじゃあ、思い切ってその梅コースでお願いしようかなあ~!? と言っても、現金では何とか100万円も用意出来るかどうかだから、後はよろしく頼むよぉ!」

「はいはい、分かりました! それではこちらこそよろしくお願い致します。また詳しいことはお知らせ致しますので、原稿の方、どうぞよろしくお願い致します。それではこれで失礼致します!」

 佐久田が去ったのを見て、麻矢が心配そうに寄って来る。

「藤沢さん、大丈夫ですか? 晶子さんに相談しないであんなこと決めちゃって・・・」

 以前に大恥をかいた後、晶子と麻矢はあの件を笑い話に出来る仲になり、慎二もそのことを承知する仲にはなっていた。

「いやあ、恥ずかしいところを見られちゃいましたねぇ~!? 心配してくれてありがとう。でも大丈夫ですよぉ。誰でも世に出る前には通る道で、さっきも言っていたように、お金のことは先に入るか後に入るかだけのことですから・・・」

 憧れの麻矢に心配してもらえる喜びを隠しながら、慎二は余裕のあるところを見せようとする。

 それ以上言っても、思い込みの強い慎二を怒らせるだけだと思った麻矢は後で晶子にこっそりメールすることにして、この場はあっさり引き下がることにした。

 

        乗せられてすっかり気持ち高揚し

        もう成功を手にした気かも

対談する人(1)・・・R2.3.30②

               その1

 

 10月上旬、書斎の窓から見える刈り取られた田んぼの周りに咲き揃う彼岸花が美しい。窓を開ければ、さわさわと庭木の梢を揺らす秋風が心地好く頬をくすぐる。

 藤沢慎二は勤務する心霊科学研究所の緊急特別業務による休日出勤を一昨日の土曜日に終え、長男の浩太が幼稚園に行った月曜日の午前中、振替休日を取ったお陰で、久しぶりのゆったりした時間を堪能していた。

 近所に住む男の人は大抵仕事に出て、家にはいないし、テレビの番組も平日用であるから、多少の後ろめたさと共に、自分だけが休めていると言う優越感も感じ、慎二はこの微妙な心地が何となく気に入っていた。

 その時、階下から電話の呼び出し音が響き始め、少し遅れて2階にも置いてある子機の呼び出し音が鳴り出した。慎二が取ろうかと迷い、子機の方に向かい掛けた時、階下の方から妻の晶子が呼ぶソプラノの声が鋭く静寂を破る。

「父ちゃん、電話やでぇ~。上で取ってぇ~」

 ♪パッパッパッパッ~パッパッパッ~パ~パッパッパ~パ~パ~♪

 晶子の声と共に、浩太の大好きなアンパンマンのテーマソングにした呼び出し音が勢いよく鳴り出し、取ってみると、

「あのぉ~、もしもし・・・。お休みのところ失礼します。初めまして。怪々舎の有沢と申します。この前、先生から頂きました人シリーズの原稿、読ませて頂きましたぁ! 中々よかったですよぉ~」

「えっ、そうですかぁ~!? ありがとうございます! まあ多少まあの自信はあったんですよぉ~。フーッ、よかったよかった・・・」

「それでですねぇ、出来れば何とか本にすればですねぇ、先生の記念にもなるかと思いましてぇ~、こちらで相談させて頂きました結果、朋友出版のCコースと言う形をお勧めしたいと思いまして・・・」

 それを聞いた慎二は公募倶楽部に載っていた要項を思い出し、ちょっと声を沈ませ、一体幾らぐらい吹っ掛けられるのか!? と不安な面持ちで

「ああっ、そうですかぁ~。それではこちらも幾らか持つと言う形ですかぁ~!? それは一体どれぐらい必要なんですかぁ~?」

「アハハッ、そんなに警戒されなくてもいいですよぉ~。うちは至極真面目な商売をしていますから・・・。あくまで藤沢様のような方の素晴らしい作品に何とか日の目を当てる、このお手伝いをさせて頂きたい。もうそれだけの商売でして、思い切った勉強をさせて頂いておりますぅ、はいっ! そうですねぇ~、藤沢様の今回の作品でしたら100ページほどになりますから、100万円で綺麗にお作りさせて頂きます。それに、幸い藤沢様の作品には光るものがあると言うことで、朋友出版と言う形にさせて頂きたいと思っておりますので、奨励費を何と1割に当たる10万円もお付け致します。如何でしょう? こちらのアイデアを少しお示ししたいこともありますし、一度お会い頂けませんでしょうか!?」

 何となく高いなあと思いつつも、

《丸っきり出せない額でもなさそうやなあ。それに出せば、もしかしたら売れると言うことも有り得る。いや、きっと売れるはずやぁ!?》

 そう思った極めて楽観的な慎二は、暫らくの沈黙の後、おもむろに

「そうですねぇ~。と言っても僕は今、こう見えて結構忙しいからなあ(電話では休日のだらけた様子が見えないことをいいことに)、ちょっと予定を調べてみないと・・・」

「ええ、結構ですよぉ~。何でしたら掛け直しましょうかぁ~?」

「いや、ここに手帳があるから、ちょっと待ってくれるぅ~?」

 そこら辺りにある新聞広告をペラペラ捲りながら、もったいぶった様子の慎二は、

「そうだぁ! 今度の3連休あるよねぇ? あの中日が偶々空いているようだねぇ~。と言っても、午後からになるけど、それでもいいかなあ?」

「ええ、結構ですよぉ。それで、どちらに行かせて頂いたらよろしいですかぁ?」

 敵も商売、そんな輩はごまんと見ているので、その辺りは変に逆らったり余計なことを言ったりはしない。単純なもんで、そこにすっかり気をよくした慎二は、それならばと自分のテリトリーを指定することにした。

「そうですかぁ。悪いねぇ~。それじゃあ、お渡しした原稿にある『お茶する人』にも書いた、駅前の喫茶店と言うことでいいかなあ?」

「はいはい! それでは午後の2時過ぎから1時間ほどと言うことでよろしいでしょうかぁ?」

「ああ、いいですよぉ。それぐらいなら大丈夫ですぅ。それじゃあ、お待ちしていますので・・・」

「はい! それではよろしくお願い致しますぅ。失礼致しますぅ!」

 慎二は電話を終えた後も、そのままの状態で暫らくボーッとしながらこの状況を反芻している。

《初めのお金が掛かるようだけど、何とかこれで世に出せる。出せばちょっとぐらい認めてくれる人もいるやろぉ~? 確か前に読んだ自費出版の本に500冊だか5000冊だか売れたら元が取れて、次の本も出せたなんて書いてあった。ましてこの俺が書いたんやから、あの人の本よりはきっと受けそうに思うけどなあ・・・。うん、きっと受けるはずやぁ~!? フフッ。そしたら幾らか儲けも出るというわけかぁ~、フフフッ。これはやらない手はないよなあ。あの、浩太にと思って掛けている学資保険からも少し借りておけば、何とかなるやろぉ? どうせ儲けが出るんやから・・・》

 

        清水の舞台から飛ぶ勇気出し

        奈落の底に落ち込むのも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 これは20年近く前に書いたものを見直しながら少し加筆訂正している。

 

 当時自費出版が流行っており、中に挙げた自費出版の本は家人の両親が住んでいる近くのホテルに泊まった時にそのロビーで見掛けたものである。

 

 ハードカバーの確りした本で、確か200万円ぐらい掛けた感じであったか?

 

 ともかく本屋に並んでいる本と変わらない装丁であった。

 

 ちょっと惹かれた覚えがある。

 

 それもあってか? 当時大盛況であった自費出版専門の出版社に原稿を送ってみたら、文庫本のような装丁で150万円ぐらいと言われた気がする。

 

 流石に清水の舞台から飛び降りる勇気は出なかった。

 

 でもまあ、それからワープロ、パソコンがどんどん便利になり、綺麗に打ち出せるから、それにこんな風にお手軽に発信出来る場が増えたから、以前ほど自費出版が流行っていなような気がするなあ。

 

 どうだろう?

 

        お手軽な発信の場が増えたから

        自費出版が流行らないかも

ため息とともに去りぬ・・・R2.3.30①

 人は好奇心の塊である。それ故、気の合う仲間が何人か集まると、わいわい、がやがや、色んなものに興味を示して思わぬアイデアが飛び出し、人生が楽しくなる。しばし憂さも晴れようというものだ。

 逆もまた真なりである。独り暇を持て余して悶々としていると、ため息ばかり出て来て益々退屈し、更に落ち込む。ゆめゆめ、

「どこかに行きたいなあ。フゥー」

とか、

「誰か面白い人はおれへんかなあ。フゥー」

とか、

「何か面白いことはないかなあ。フゥー」

 とかボソッと漏らし、ため息を吐かないことである。

 それでも思わず漏らし、ため息を付いてしまったらどうなるのか!?

 実は、ため息を吐く毎に人は、内なる自分の中の何人かを虚空に向かって放っているそうだ。だから、自分の中が益々空疎になり、更に退屈するわけである。

 それだけならばまだいい。独りで退屈をかこっていればいいわけであるが、本当はこんな心配も生じて来る。

 たとえば幼児が何でも直ぐに覚えることは誰でもが知っている事実である。頭が空っぽな分、入り易いわけだ。それと同じように、ため息を吐き過ぎて隙間が目立つようになったあなたの頭の中は、悪い霊達にとって格好の狙い目になる。退屈し切っている今なら幾らでも憑依できようと言うものだ。

 嘘だと思うならば、世間を見渡して見るといい。

「いい人でしたよぉ~。前はあんな人ではなかったのにぃ・・・」

とか、

「ええっ!? 信じられない! あの優しそうな顔をしたおじさんがそんな酷いことをするなんてぇ・・・。もぉーっ、最悪ぅ!」

 とか言われている人がままいるだろう。そんなとき、多くの場合は本当に人が変わってしまっているのだ。独りであんまり退屈のため息ばかり吐いていたばかりに、悪霊達に魂の半分以上の席を占められ、別人格になってしまう。ほんと、心しておきたいことであるなあ。うん。

 

「おっといけない。最後まで格好よく決めようと思っていたのにぃ~、ついつい甘くなり、口語調になってしまう・・・。これでは説得力がなくなるのではないかぁ~!? ほんとにもぉ~っ、ブツブツブツブツブツ・・・」

 金欠でゴールデンウイークを持て余す藤沢慎二である。何か格好のいいことを書こうとするのであるが、この頃どんどん頭が空っぽになって行くような気がする。それに忘れっぽくなり、上手く言葉が出て来ない。連休最後の夜にサザエさん症候群に陥りながら、パソコンのキーボードをカタ、カタ、カタとたどたどしく打ち続け、ようやく並んだ言葉を前にして独り言ちている。

「夜中に独りで何ブツブツ言うてんのん? ほんまにもう~、気持ち悪いわねえ・・・。明日早いんだから早く寝たらぁ!?」

 妻の晶子である。結婚した頃は何処に行ってもまとわり付いて来た慎二が、この頃では書斎にこもって怪しげな文章を打って独りにんまりしているか、空いている部屋のテレビで韓国ドラマにどっぷりはまっているか、ほとんど寄って来なくなったので、ゆっくり寝られるようになった。それに、子ども達がある程度成長してあまり手が掛らなくなったので、ぐっすり眠ることができ、その分、真夜中から朝方に掛けて目敏くなった。このときも、午後9時頃に寝床に入ったもので、書斎から響いて来るちょっとした物音で起きてしまった。

 時計を見ると、午前2時を少し回ったところであるから、それでも5時間は寝たことになる。健康な大人であれば起きても問題はない。

 慎二の近くに来て液晶画面一杯に並ぶ怪しげな言葉に目を走らせながら、晶子は急に目を丸くし、驚いた顔になった。

「なっ、何を書いているのん!?」

「フフッ。今日はまあまあ上手く書けているやろぉ~!? フフフッ。お前が早く寝るようになってから急に上手く書けるようになった気がするんやぁ~。どや? 久し振りに読んでみるかぁ~? ここまで打ち出したってもええでぇ~」

 慎二は晶子が強い興味を示したことに喜びを覚え、ちょっと得意になっている。

 大分前に幾つかの小品をものにしたときも得意になって晶子に見せたのであるが、そのときは読み終えるなりけちょんけちょんに貶すので、その都度立ち直るのにかなり苦労した覚えがある。

 それでも何とか気を取り直して書き始め、書き上げては自信無げに晶子に見せていたが、そんなことが10回も続くと完全にノックアウトされてしまった。

 それがまた、驚いて目をむくほど興味を示したということは、ひょっとして劇的に上手くなったということか!?

「いや、いい・・・」

 残念ながら、そうではなかったようである。晶子は複雑な表情になり、黙って書斎を出て行った。

「なあ、読んでもええねんでぇ~」

 追い掛ける慎二のすがり付くような声は虚しく聞き流された。

 晶子は自分が夕食時に考えていた通りのことがそのままパソコンの液晶画面にあるのを見て、酷く戸惑ったのである。

「そう言えばあの時、少し長めのため息を吐いたんだったわぁ・・・」

 寝る前に2人で洗い物をしていたときのことである。

 そして慎二が呼応するように、眠気覚ましに大きく深呼吸していたことも思い出した。

 どうやら晶子の中の何人かがそのときに、慎二の中に吸い込まれて行ったらしい。

 思い付くと怖くなり、晶子は書斎のドアにもたれ掛りながら大きく胸を膨らませ

「スゥーッ。フゥーッ」

 長く深いため息を吐いた。

 それから暫らくして、

  カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、…

 たどたどしくキーボードを打つ音が再び書斎の方から響いて来た。

 

        ため息を吐けば気持ちが抜けて行き

        何時しか我を忘れるのかも

 

      ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 これは10年以上前に書いたものを見直しながら、少しだけ加筆訂正したものである。

 

 我が家でも子ども等が学齢期にあったが、少しずつ手を離れ始めていた頃でもあった。

 

 一番大変な時は大抵何も考えずに、目の前のことに遮二無二取り組んでいるが、その峠が越した辺りで我に返り、疲れが出始める。

 

 思わずため息を吐くことも多くなる。

 

 そんな時はご用心、と言うわけである。

 

 我が儘が出たり、喧嘩をしたり、病気が出たり、等々。

 

 ため息を吐くと脳細胞が壊れる、なんて微妙なことを言う人もある。

 

 ほんとかいな!?

 

 でもまあ、マイナスの気が周りにも伝染しそうだなあ。フフッ。

 

 そんなことを思っている内に、上のような話が浮かんで来た気がする。

 

 そう言えば、家人も私もこの頃はあまりため息を吐かないなあ。フフッ。

 

 これはそれぞれが退屈しないような過ごし方を覚えたのか?

 

 それとも、もう大分気が抜けて、これ以上抜けると自分を忘れてしまいそうであるから、神様が少し猶予を与えてくださっているとか?

 

 なんて書いていたら、久し振りにため息が出てしまった・・・。

初夏の滝で冷や汗⁉・・・R2.3.29②

 昭和も末の初夏の或る晴れた日曜日こと、何とか1週間の仕事を終えて気が楽になった中宮悠斗は、子どもの頃から世話になっている書道塾の先生、増山健吾から紹介された見合いの相手、瀬川葉月と待ち合わせの約束をした梅田の大型書店、紀伊国屋の前に急いだ。

 増山夫婦も入っての会食が1回目で、それが3週間ほど前のこと。この日は3回目になる。2回目は10日ほど前に2人だけで梅田にある喫茶店で軽くお茶をし、この日会う約束を決めただけであった。中宮としては以前に勤めていた受験関係の出版社、奨励会出版社を辞めて就職浪人中のこともあり、見合いには乗り切れないものがあったし、2回会って受けた地味な印象から葉月には気分的に腰が引け始めていた。

 それまで幾度となく経験していた見合いも含めて、初対面の女性に覚えたような緊張感はそうなかったのであるが、その分、強く惹かれるものもなかったのである。持てない中年男として己を知らず、また結婚適齢期の女性に対しては失礼な話であったが、事実であったから仕方のない面もある!?

 と言うより実は、ここのところ、2年程前まで家庭教師として教えていた花村愛子の面影がちらついてならず、見合いに今一熱心に慣れなかった、と言うのが正直なところであったのかも知れない。

 それでも性分で人を待たせることが出来ず、約束の数分前を目標に足を急がせた。

 それぐらいならば初めから断われば好い話であったが、その辺り、中宮は小心者故か、どうも一度も会わずにはすっきり断わることが出来ずにいる。

 断わることで増山や葉月の機嫌を損ね、その結果巡り巡って自分が傷付くのではないかと言う恐怖感と、よく考えてみれば愛子と自分の間には事実として何もなく、自分には愛子を教え子として愛しく想う気持ち、愛子には自分を恩師として慕う気持ちが多分あるだけだろう、と思われて来るからであった。

 それに会う前は、見合いを意識して撮られたような写真だけによる楚々とした印象から、上手く行けば瀬川葉月でも好いか!? と多少の助平心を持っていたし、2回あってもそう強い熱情を感じていない今は、愛子との間に全く希望が持てなくなった時の保険的な意味を勝手に持たせている。

 勝手と言えば誠に勝手であるが、世の中上手くしたもので、そんな中宮を本気で相手にしてくれようと言う殊勝な女性はこの35年の間のにひとりもおらず、仕方なく清貧、潔癖、謙虚、生真面目、等々、と形容される、明治時代の書生っぽく見えるような独身生活を続けて来た。

 それが年配者には懐かしいものを感じさせるのか? 2人きりで密室に居ても何もしないだろうと思えるような意味で無難な男に見えるのか? この5年ほどの間、妙齢の、如何にも紹介者好みの女性をよく紹介された。

 ここ暫らくは中宮も流石にそんな自分に気付き始め、見合いにそう熱心にもなれず、曖昧に断わって来たのであるが、今回、尊敬する増山からの紹介と言うこともあって、ついつい受けてしまった。

《あ~あっ、どうしようかなあ? やっぱり、愛子に手紙でも出してみようかなあ? この前、20歳になりました、なんて書いた葉書が来てたしなあ。晴れ着姿が可愛かった・・・。今でもあんなん送って来るんやし、まだ俺のこと慕ってくれてるんやろなあ。きっとそうやわぁ~! そやけど、やっぱりぃ~。ちょっと懐かしく思っただけなんかなあ・・・》 

 と、ぐだぐだ思っていると、コツコツコツとヒールがアップテンポに床を叩く小気味好い音がし、

「遅くなってすみません・・・。ふぅーっ。大分お待ちになりましたぁ? 早めに用意はし始めたんですけど・・・、ふぅーっ。出る前になって何だか服と靴が合わないような気がして来て・・・」

 葉月が一生懸命駆けて来た様子で、息を切らせながら可愛く言い訳をしている。

 それが中宮にはどうでもよくて、

《パクパクとよく口が動くもんやなあ・・・》

 と酷く失礼なことを思いつつ、

「いやぁ~、そんなでもないですよぉ~」

 何方とも受け取れるようなことをぼんやりと言っていた。

 そのままの気持ちで、彼女の方をよく見もせずに、何となく予定して来たままに、

「どうですかぁ~? 天気もまあまあ好いことやしぃ、このまま阪急電車に乗って、箕面の滝でも観に行きましょうかぁ!?」

 ふらりと阪急電車の改札に向かったところ、葉月があまり気の進まなさそうな様子で付いて来る。

 電車の中から既にあまり話が弾まず、気まずさを感じつつも、中宮はどうして好いのかさっぱり分からない。

 箕面駅で降りた後も不安なままで、滝に向かう肌寒いぐらいの静謐な川沿いの坂道を、2人、間に人が通れるほどの距離を置いて黙ったままで上がって行く途中で葉月が急に立ち止まり、Tシャツの上に羽織った薄物のカーディガンの前を掻き合わせながらぼそっと言う。

「こんな山道を歩くのなら、初めから言っといて欲しかったです。こんなヒールじゃなくて、スニーカーでも履いて来たのに・・・」

 その沈んだ声に、中宮にはグサッと胸に突き刺さるものが感じられ、謝るか、開き直るか、何方かにすれば好いものを、もうどうして好いか分からず、直ぐに黙って歩き出し、葉月も仕方なく、少し遅れ気味に従った。

 取り敢えず滝の近くまで来て、中宮は予定して来たように出店の方に目を走らせ、

「どうですかぁ~? そこで温かいおでんでも食べましょうかぁ!?」

 と誘ってみたが、葉月はにべもなく、

「私、食べて来たところだから、お腹なんか空いていません!」

 しっかり断わられてしまった。

「僕、こんな時は如何したら好いのか? よう分りませんねん。瀬川さんはどうしたら好いと思いますかぁ~?」

 中宮がついつい正直なところを漏らしてしまうと、葉月は怒りを通り越し、更に呆れた様子で、

「そんなん、ずるい! 何だか数学の問題の答えを訊いているみたいでぇ・・・」

 中宮はもう頭の中が真っ白になったまま何とか時間が過ぎて行き、気が付いた時には独り、大好物のエーワンの特大ダブルシュークリーム5個入りの箱をしっかりと膝に抱いて、帰りの地下鉄電車に揺られていた。

 

        気になる子胸に秘めつつデートして

        あらぬ心を刺されるのかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 20年ぐらい前に、更に10年ぐらい前にあった事実を織り込みながら書いた話がある。

 

 前半は私の中でまだ整理の付いていない話で、後半が上の話の元になっている。

 

 前半も含めた全体については、またゆっくり暇が出来た時にでも、他の同様の話と合わせて、ゆっくり見直して行くつもりである。

 

 今回は後半に加筆訂正しながら上げることにした。

 

 人生における大事なこととして就職、結婚が挙げられるが、この2つ共について私は、中々気を入れられなかったようである。

 

 まだ私は本気を出していない、と言うやつである。

 

 そんな言い訳をしても仕方が無いのであるが、少なくとも自分は落ち着く。

 

 そして自分を落ち着ける為に、無駄な時間を長く過ごし、多くの人に失礼を重ねたようである。

 

 今読み返してみると、十分に恥ずかしく(内容的に)、それを書いた当時はこれを見せていたのであるから、改めて恥ずかしくなって来る。

 

 でもまあ、それだけ自分の気持ちを他人に開示出来るようになり始めていたようで、その分、若い頃よりは大分楽にもなっていた。

 

 幸い、今も従事する仕事を得て、結婚して子ども達も出来ていた。

 

 その経験からも、仕事と結婚の人生におけるウエイトの大きさを漸く実感していた。

 

        人生の大事に仕事結婚が

        あることを知り前を向くかも