sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

対談する人(2)・・・R2.3.30③

               その2

 

 約束の日、藤沢慎二は駅前の喫茶店「みつばち」の馴染みの席に座っていた。これまで色々と恥ずかしいところを見せて来たので多少臆するところはあったが、大分経つからもうそろそろほとぼりが冷めた頃だろうという楽観的なところと、今日は曲がりなりにも出版社の人と話すわけだから、それをママの麻矢さんにも見ておいて貰いたいなあ、と思う助平心から、ちょっとウキウキしているようだ。

 この日も久しぶりに外に持ち出したBTO(受注生産)パソコンを開き、忙しそうな振りをして歌日記らしきものを打っている。
 

            (パソコン画面)

        秋の日の出会いに夢を託しおり
        今日これからを輝く日々に

 今日、出版社の編集者と会う約束をして、それを今か今かと待っている。緊張する瞬間が刻々と迫っている。これから新たな地平に我が身を置くかと思うと、震えと共に燃え上がる気持ちもあるのだなあ。フフッ。

 

 次にどう展開しようかと迷っている時、声を掛けられた。

「藤沢様、遅くなってすみません。私、こう言うものです。どうぞよろしくお願い致します」

 差し出した名刺を見ると、怪々舎、企画出版担当、佐久田敬三とある。

「ほう、佐久田さんですかぁ~!? あっ、すみません。生憎僕は名刺は持たない主義なんだけど、藤沢慎二と言います。よろしくぅ」

「いえいえ、早速ですが、出版の方、お考え頂きましたでしょうかぁ!?」

 慎二はすぐにも飛び付きたい気持ちを抑えつつ、出させてやってもいいんだけど、と言う感じを滲ませようと苦心しながら、

「そうだねぇ。取り敢えず、もう少し詳しい話を聞きましょうかぁ!? それから、何かアイデアがあると言っていたようだけどぉぉ・・・」

「ええ。それですが、先生の作品、表現が面白いし、かなり発想もいい。ただ本にすると少し原稿が少ないので、もう少し原稿を頂けるようでしたら、もっと立派な本で出せます。と言っても、新しい話と言うと急にはしんどいでしょうから、少しお手伝い出来れば、と思いまして・・・」

 聞いてみるとまともなことを言っているようだし、慎二はもう少し聞いてみることにする。

「ふ~ん、そうですかぁ~!? 新しい話も出ないことはないかも知れないけどぉ、お宅のアイデアと言うのをちょっと聞かせてもらいましょうかぁ~?」

「はい、分かりました。たとえば、今、藤沢様は随筆を書かれていたようですが、そんなものでも結構ですし、もう少し纏まりよくしようとすれば、それぞれのお話について作者として語る、なんて言うのはどうでしょう!?」

「う~ん、作者作品を語るかぁ~。それ、ちょっといい感じだねぇ!? でも、改めて自分が作品を書いた意味を考えてみるというのも難しいなあ・・・」

「そうですね。あんまり構えると難しく感じますね。だからどうでしょう? 対談と言う形にすれば。先生の話し易い方、それに、たとえば司会者としてうちの編集者が加われば、色々話が出て来るのではないでしょうか!? 心霊科学研究所でしたか? そんなご立派なところにお勤めでしたら、お話好きな方がそう苦労なく見付かるのではないでしょうか!?」

 プライドを心地好くくすぐられて何とか浮かべようとするが、友だちの少ない慎二にはたまに帰りの電車で文学や音楽の話をする同僚の秋山本純の顔しか浮かばない。本当は茶川秋穂のことが真っ先に浮かんだのであるが、まだ24歳でみんなのアイドル的存在の彼女を紹介する勇気、第一口説く勇気がなかったのである。それに秋山ならそんなことが得意そうで、簡単に引き受けてくれそうに思え、慎二は勝手に心づもりをして、

「分かりました。それで行って下さい! それで、司会者、対談相手ですが、僕の方から依頼するのかな? それとも、お宅の方でやってくれるの?」

「どちらでも構いませんが、その辺りのこともお引き受けすることになると、企画料、斡旋料、編集料等が掛かって来ますけど、よろしいですか!? 藤沢様の方で原稿まで仕上げて頂いてからお受けする方がかなりお安くなりますが・・・」

「えっ、それじゃあ、もしかしたら、対談でそちらの部屋を借り、司会をお願いした場合、部屋の料金とか、編集者の人とかの料金も取られるのかい?」

「はい、全てご利用頂いた場合は・・・」

「そうですかぁ~。それじゃあ、それもこちらで何とかしますわぁ~。そのアイデアだけ頂いて・・・。まさか、そのアイデア料までは取りませんよねぇ~!?」

「ハハハッ、まあそれぐらいはいいでしょう。サービスさせて頂きますよ。それでは原稿を頂くと言う形でよろしいですね? はい、分かりました! それから、本の形ですが、お電話でご案内しましたものでよろしいでしょうか? いえねっ、勿論あれでも自分で持っておかれたり、親戚、友達に配る分には十分なんですが、もし店頭で売ろう、書斎に飾って箔を付けようとお考えでしたら、もう少しランクアップしてゴージャスエディションにされておいた方がいいかと思いまして・・・。と言っても、どれもがネーミングほど高いものではなく、その中にも松、竹、梅とございます」

「何だか怪しげだなあ、そのネーミング。それで幾らぐらいなの? それらはぁ~」

「はいはい。松コースですと本体が天金の革張りで、それが布張りの箱入りとなりますから、それは見映えがします。普通そこまでは必要ないでしょうけど、600万円。竹コースですと、本体が布張りで、それが布張りの箱入りとなり400万円。まあこれぐらいは一生の記念と思えば張り込んでおいてもいいところですね。それでも勿体無いと言うお方にお勧めしたいのが梅コースで、ハードカバー装にして、250万円でお受け致しております。梅コースでも十分に見栄えがしますよ。初めにお勧めしていたカジュアルコースとは格段の差と感じられることでありましょう。如何ですか!?」

 250万円でも直ぐに手が出せる額ではないが、一番高いところから段々と下げられ、何となく、格好よくなるのなら奮発してもいいか!? と思えて来て、慎二は暫らく迷っていた。

「う~ん。梅で250万円かぁ250~。よさそうだけど、そんなお金、逆立ちしても出ないしなあ。本が既に売れているのならば別だけど・・・」

「そこですよ、藤沢様! もう売れていると考えて先取りする。その道もご用意致しておりますので。当社とローン契約をして頂きまして、売れた分を返済に回して行って頂く。後になるか先になるかだけの違いですから、どうですか!?」

 売れなければどうにもならない話なのに、慎二は多少の自信があるものだから、それで何となく気が軽くなってしまったようだ。

「そうだねえ。それじゃあ、思い切ってその梅コースでお願いしようかなあ~!? と言っても、現金では何とか100万円も用意出来るかどうかだから、後はよろしく頼むよぉ!」

「はいはい、分かりました! それではこちらこそよろしくお願い致します。また詳しいことはお知らせ致しますので、原稿の方、どうぞよろしくお願い致します。それではこれで失礼致します!」

 佐久田が去ったのを見て、麻矢が心配そうに寄って来る。

「藤沢さん、大丈夫ですか? 晶子さんに相談しないであんなこと決めちゃって・・・」

 以前に大恥をかいた後、晶子と麻矢はあの件を笑い話に出来る仲になり、慎二もそのことを承知する仲にはなっていた。

「いやあ、恥ずかしいところを見られちゃいましたねぇ~!? 心配してくれてありがとう。でも大丈夫ですよぉ。誰でも世に出る前には通る道で、さっきも言っていたように、お金のことは先に入るか後に入るかだけのことですから・・・」

 憧れの麻矢に心配してもらえる喜びを隠しながら、慎二は余裕のあるところを見せようとする。

 それ以上言っても、思い込みの強い慎二を怒らせるだけだと思った麻矢は後で晶子にこっそりメールすることにして、この場はあっさり引き下がることにした。

 

        乗せられてすっかり気持ち高揚し

        もう成功を手にした気かも