sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

初夏の滝で冷や汗⁉・・・R2.3.29②

 昭和も末の初夏の或る晴れた日曜日こと、何とか1週間の仕事を終えて気が楽になった中宮悠斗は、子どもの頃から世話になっている書道塾の先生、増山健吾から紹介された見合いの相手、瀬川葉月と待ち合わせの約束をした梅田の大型書店、紀伊国屋の前に急いだ。

 増山夫婦も入っての会食が1回目で、それが3週間ほど前のこと。この日は3回目になる。2回目は10日ほど前に2人だけで梅田にある喫茶店で軽くお茶をし、この日会う約束を決めただけであった。中宮としては以前に勤めていた受験関係の出版社、奨励会出版社を辞めて就職浪人中のこともあり、見合いには乗り切れないものがあったし、2回会って受けた地味な印象から葉月には気分的に腰が引け始めていた。

 それまで幾度となく経験していた見合いも含めて、初対面の女性に覚えたような緊張感はそうなかったのであるが、その分、強く惹かれるものもなかったのである。持てない中年男として己を知らず、また結婚適齢期の女性に対しては失礼な話であったが、事実であったから仕方のない面もある!?

 と言うより実は、ここのところ、2年程前まで家庭教師として教えていた花村愛子の面影がちらついてならず、見合いに今一熱心に慣れなかった、と言うのが正直なところであったのかも知れない。

 それでも性分で人を待たせることが出来ず、約束の数分前を目標に足を急がせた。

 それぐらいならば初めから断われば好い話であったが、その辺り、中宮は小心者故か、どうも一度も会わずにはすっきり断わることが出来ずにいる。

 断わることで増山や葉月の機嫌を損ね、その結果巡り巡って自分が傷付くのではないかと言う恐怖感と、よく考えてみれば愛子と自分の間には事実として何もなく、自分には愛子を教え子として愛しく想う気持ち、愛子には自分を恩師として慕う気持ちが多分あるだけだろう、と思われて来るからであった。

 それに会う前は、見合いを意識して撮られたような写真だけによる楚々とした印象から、上手く行けば瀬川葉月でも好いか!? と多少の助平心を持っていたし、2回あってもそう強い熱情を感じていない今は、愛子との間に全く希望が持てなくなった時の保険的な意味を勝手に持たせている。

 勝手と言えば誠に勝手であるが、世の中上手くしたもので、そんな中宮を本気で相手にしてくれようと言う殊勝な女性はこの35年の間のにひとりもおらず、仕方なく清貧、潔癖、謙虚、生真面目、等々、と形容される、明治時代の書生っぽく見えるような独身生活を続けて来た。

 それが年配者には懐かしいものを感じさせるのか? 2人きりで密室に居ても何もしないだろうと思えるような意味で無難な男に見えるのか? この5年ほどの間、妙齢の、如何にも紹介者好みの女性をよく紹介された。

 ここ暫らくは中宮も流石にそんな自分に気付き始め、見合いにそう熱心にもなれず、曖昧に断わって来たのであるが、今回、尊敬する増山からの紹介と言うこともあって、ついつい受けてしまった。

《あ~あっ、どうしようかなあ? やっぱり、愛子に手紙でも出してみようかなあ? この前、20歳になりました、なんて書いた葉書が来てたしなあ。晴れ着姿が可愛かった・・・。今でもあんなん送って来るんやし、まだ俺のこと慕ってくれてるんやろなあ。きっとそうやわぁ~! そやけど、やっぱりぃ~。ちょっと懐かしく思っただけなんかなあ・・・》 

 と、ぐだぐだ思っていると、コツコツコツとヒールがアップテンポに床を叩く小気味好い音がし、

「遅くなってすみません・・・。ふぅーっ。大分お待ちになりましたぁ? 早めに用意はし始めたんですけど・・・、ふぅーっ。出る前になって何だか服と靴が合わないような気がして来て・・・」

 葉月が一生懸命駆けて来た様子で、息を切らせながら可愛く言い訳をしている。

 それが中宮にはどうでもよくて、

《パクパクとよく口が動くもんやなあ・・・》

 と酷く失礼なことを思いつつ、

「いやぁ~、そんなでもないですよぉ~」

 何方とも受け取れるようなことをぼんやりと言っていた。

 そのままの気持ちで、彼女の方をよく見もせずに、何となく予定して来たままに、

「どうですかぁ~? 天気もまあまあ好いことやしぃ、このまま阪急電車に乗って、箕面の滝でも観に行きましょうかぁ!?」

 ふらりと阪急電車の改札に向かったところ、葉月があまり気の進まなさそうな様子で付いて来る。

 電車の中から既にあまり話が弾まず、気まずさを感じつつも、中宮はどうして好いのかさっぱり分からない。

 箕面駅で降りた後も不安なままで、滝に向かう肌寒いぐらいの静謐な川沿いの坂道を、2人、間に人が通れるほどの距離を置いて黙ったままで上がって行く途中で葉月が急に立ち止まり、Tシャツの上に羽織った薄物のカーディガンの前を掻き合わせながらぼそっと言う。

「こんな山道を歩くのなら、初めから言っといて欲しかったです。こんなヒールじゃなくて、スニーカーでも履いて来たのに・・・」

 その沈んだ声に、中宮にはグサッと胸に突き刺さるものが感じられ、謝るか、開き直るか、何方かにすれば好いものを、もうどうして好いか分からず、直ぐに黙って歩き出し、葉月も仕方なく、少し遅れ気味に従った。

 取り敢えず滝の近くまで来て、中宮は予定して来たように出店の方に目を走らせ、

「どうですかぁ~? そこで温かいおでんでも食べましょうかぁ!?」

 と誘ってみたが、葉月はにべもなく、

「私、食べて来たところだから、お腹なんか空いていません!」

 しっかり断わられてしまった。

「僕、こんな時は如何したら好いのか? よう分りませんねん。瀬川さんはどうしたら好いと思いますかぁ~?」

 中宮がついつい正直なところを漏らしてしまうと、葉月は怒りを通り越し、更に呆れた様子で、

「そんなん、ずるい! 何だか数学の問題の答えを訊いているみたいでぇ・・・」

 中宮はもう頭の中が真っ白になったまま何とか時間が過ぎて行き、気が付いた時には独り、大好物のエーワンの特大ダブルシュークリーム5個入りの箱をしっかりと膝に抱いて、帰りの地下鉄電車に揺られていた。

 

        気になる子胸に秘めつつデートして

        あらぬ心を刺されるのかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 20年ぐらい前に、更に10年ぐらい前にあった事実を織り込みながら書いた話がある。

 

 前半は私の中でまだ整理の付いていない話で、後半が上の話の元になっている。

 

 前半も含めた全体については、またゆっくり暇が出来た時にでも、他の同様の話と合わせて、ゆっくり見直して行くつもりである。

 

 今回は後半に加筆訂正しながら上げることにした。

 

 人生における大事なこととして就職、結婚が挙げられるが、この2つ共について私は、中々気を入れられなかったようである。

 

 まだ私は本気を出していない、と言うやつである。

 

 そんな言い訳をしても仕方が無いのであるが、少なくとも自分は落ち着く。

 

 そして自分を落ち着ける為に、無駄な時間を長く過ごし、多くの人に失礼を重ねたようである。

 

 今読み返してみると、十分に恥ずかしく(内容的に)、それを書いた当時はこれを見せていたのであるから、改めて恥ずかしくなって来る。

 

 でもまあ、それだけ自分の気持ちを他人に開示出来るようになり始めていたようで、その分、若い頃よりは大分楽にもなっていた。

 

 幸い、今も従事する仕事を得て、結婚して子ども達も出来ていた。

 

 その経験からも、仕事と結婚の人生におけるウエイトの大きさを漸く実感していた。

 

        人生の大事に仕事結婚が

        あることを知り前を向くかも