第3章 光り輝く日々
その5
初めて自宅まで遊びに来ていた森田晶子を最寄り駅まで送って、戻って来た後も、藤沢慎二は興奮が醒めやらず、そのままの勢いで前任校の頃からの友達である川田博美に電話を掛けた。
トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル、・・・
📞はい、もしもし。
「こんばんは。藤沢です」
📞おっ、藤ピー! 藤ピーから掛けてくれるなんて珍しいやん!?
そう言えば慎二は、これまで晶子は別にして、自分から電話を掛けることが滅多になかった。
「そうかなあ。フフッ。まあええやん。元気にしてるかなあ、と思て・・・」
📞ありがとう。ところで、藤ピーは元気か? あれからどないしてたん?
「どないもせえへんよ。何時も通りやでえ」
📞そんなことないやろ!? スキーの時は考え事ばかりしていると思てたら、今度は何や嬉しそうやし、それに珍しく自分から電話を掛けて来るんやから、何もないことはないやろ? 何かええことでもあったはずや! ほれ、言う気が起きたから掛けて来たんやろ? 何があったんか、正直に言うてみぃ~。
川田の鋭い舌鋒にタジタジとなりながら、この夜の慎二はそのように迫られることがむしろ嬉しくて仕方がないと言った様子である。
「まあまあ。そんなに焦りな。ええこと、と言うてええのかどうか分からへんけど、何かあったと言うか、まあ、あり掛けているのは事実やけどなぁ・・・」
📞ははは。何やえらい持って回った言い方やなあ。でも、やっぱりええことがあってんなあ・・・。それで、どんな子や?
川田はちょっとショックを受けているようである。
慎二が安永麻衣子との結婚を決めた後、独り身の自分に不安さを覚え、思わず生命保険に入ったほど、川田は慎二と同化しているところがあった。
それを慎二は心のどこかで分かっていて、だからこそ今の喜びを真っ先に川田に報告しておきたかったところがある。
友達とは時にそんな残酷なこともし合うものである。愛憎ない混ぜて遣り取りしてこそ友達と言えるのだろう。
そんなわけで慎二は川田に、広瀬学、松村美樹のことから晶子との出会い、クリスマスカードを貰って興奮のままに野沢温泉村へのスキー旅行に参加していたこと、そしてその後の遣り取りについて掻い摘んで説明した。
📞そうかぁ~。それでスキーに行った時はボォーッとしてたんやなあ・・・。何や変やなあと思たもん。でも、何とか上手いこと行っているようで好かったやん。
「うん。ほんでなあ・・・。ほんでなあ・・・、やっぱり言わんとこか?」
📞おいおい。そこまで言うて止めるなんて酷いやん。ほんで、どないしたんや? さっさと言うてみぃ~。
「今さっきまで家に来てたんや・・・」
📞そうかぁ~。それでその子、晶子さんと言うたかなあ? 藤ピー、もう結婚まで考えているんかぁ~?
「うん。多分・・・」
📞幾つや?
「ええと、ついこの前に24歳になったところやねん」
慎二は何だか得意そうで、そこに川田にも感心して欲しそうでもあった。
それを鋭く感じ取っていた川田は特に関心が無い風を装いながら、
📞ふぅ~ん、そうかぁ~。でも、気ぃ~付けや! 今度こそちゃんと付き合ってから決めるんやでぇ~。
慎二にすれば、この7月に32歳になるバツ1の、しかもあまり持てたことのない自分が、24歳になったばかりの、誰が見ても可愛い女の子と付き合っていることにもっと反応して欲しかったのに、川田はあっさりと流し、おまけにもっともらしい説教までする。
《ふふっ。本当は気にしているんやな!? あいつは何時もそうや! 気にしていることに限って、わざとそっけなくするんや。フフフッ》
心の中ではそんなことを思い、得意になりながらも、友達からの忠告を慎二は素直に聞いておく。
「うん、分かっている」
📞そやけど、さっきの話やと、付き合い始めたのは学校が始まってからやろ? 3週間かぁ~。藤ピー、そんなところだけえらい早いなあ。
「未だ何もしてへんよ」
📞あほ! 誰もそんなこと言うてないってえ。そんなことしてもせんでも、どっちでもええんや・・・。そうやなくて、3週間で結婚まで決めてしまうのはえらい早いなあ、と言うてんねん!
「未だ完全には決めてないけど・・・」
📞でも、藤ピーの気持ちはもう一気にそっちに向かっているんやろ!? もう長いこと付き合ってるねんから、それぐらいは直ぐに分かるよ。
「そうかぁ~!? でも、そこまで気にしてくれて有り難う。俺も気ぃ~、よう付けるわぁ~。ほな」
📞ほなまた何かあったら電話して。お休み。
電話を切った後、慎二は興奮が中々醒めず、年末に大阪日本橋のソフマップで買ったMacintoshのPerforma575の前に座って日記を開き、晶子への熱い思いを何度も何度も打ち込んだ。
1月29日
今日、晶子がCDとワインを持って家まで遊びに来た。
王寺の方から来たそうで、ひなびた景色、曲がりくねった川が好かったと言う。
自分にもそんな景色に惹かれるところがあるから、それを聴いているだけでも可愛く思えて来た。
化粧気が無く、カジュアルな恰好をしているのが好い。
色々話していても、足が地に着いた考え方をしているのが分かり、それも好ましい。
第一、声が好い。
ソプラノの有名な歌手である中丸三千繪のCDを持って来てくれたのであるが、勿論彼女は強くて瑞々しい声をしており、客観的に言って素晴らしい声なのであるが、自分にとっては晶子の声の方が好い。
嗚呼、何も彼もが好い。
そして晶子がまた来週来てくれると言う。
嬉しくて仕方が無い。
速く来週になって欲しいような。
もっとこの余韻を楽しんでいたいから、ゆっくりで好いような。
(後略)
その後、晶子が住んでいるアパートに着いたと思われる頃に電話をしたのは勿論であるが、これもその2時間にも及ぶ他愛無い遣り取りを書いているとこそばくなって来るから省略する。
恋すれば他愛無いこと好ましく
周りから観てこそばいのかも