今から大分後のこと、或る町に相野旅人と言う、ちょっと格好は好いが、かなり気弱なお兄さんが住んでおった。
この頃になると、庶民にとっても宇宙旅行がかなりポピュラーなものになり、今の貨幣価値から言ってほんの30万円も出せば、月まで行き、月の石焼きバーベキューをたらふく食べて、遥かに地球を臨む高級宇宙ステーションの窓側のスイートルームに5、6泊もして来ることが出来た。今、クルーズ船で5、6泊のカリブ海沿岸クルーズに出掛けるようなもんじゃなあ。
旅人の家のそばに富田八郎と言う、非常に高名ながらちょっと怪しげな宇宙科学者の研究所があり、相対論の権威でもある博士は超高速宇宙船、瀧音の開発に余念がなかった。
博士には5歳になる、目の中に入れても痛くないほど可愛くておしゃまな一人娘の麻衣がおり、旅人が研究所の横にある博士の自宅の庭先を通り掛かる度に、
「お兄ちゃん、そんなに急いで何処に行くの?」
とか、
「麻衣ちゃんねえ、今日駆けっこで1番になったのよ!」
などと話し掛けたり、また或る時は旅人の自宅のそばで、わざとらしいほどゆっくり、気付かない振りをしながら三輪車を転がしたりするので、うぶな旅人にとっては結構気になる存在になっておった。
そんな或る日、実験中の博士は非常に不思議なことに気付いたのじゃ。
実験において流石に人は乗せられないので、飼っている犬や猫を乗せたり、庭に置いてある金魚鉢や鉢植えを乗せたり、手近なものを適当に乗せておったのじゃが、数か月前に庭に2つ置いてあった西瓜を植えた大きめのプランターの片方を乗せて飛ばした瀧音がその日に戻って来たので、ドアを開けたところ、その時はプランターを含めて全く変わらない様子に見えた。
初めは何を乗せたのかもすっかり忘れていた博士は、そう気にも留めていなかったのじゃが、風の知らせか? ふと庭に残しておいた方のプランターを観ると、大きな西瓜がごろんごろんと成っておった。
《そう言えば、あの時乗せたプランター、確か嫁の初子が、『西瓜を2つ植えたの。夏になるのを楽しみにしていてね!』と言っていたやつの片割れだったよなあ? これはもしかすると、俺は大変なものを作ってしまったのかも知れないぞぉ~!?》
それから暫らくしてのこと、今度は瀧音に乗せた子犬が数か月後に全く変わらない様子で戻って来たのに、同時に産まれて地上に残しておいた子犬達の方はすっかり大きくなっていたのじゃ!
博士はもう有頂天になっておったなあ。
とは言っても、まだまだ失敗も多く、打ち上げても直ぐに落ちて来たり、幾ら待っても戻って来ない方が多い、相当危険な代物じゃった。
それでも、一度ならずも二度も凄い成果を観てしまった博士は、今度こそ人を使っての実験をしてみたくてたまらない。
悪魔の所業と言われることかも知れないが、これはもう純粋な科学者としては致し方のないことであり、むしろそのように気持ちが動いて行くことで、博士が如何に科学者として純粋であるか!? 証明しているとも言えるなあ。
ところで、博士は愛娘の麻衣に対する旅人の淡そうながらも複雑そうな気持に十分気付いており、父親としては何かひとこと言っておきたいが、自分にも身に覚えがなくもなかった。それ故、ただ胸に秘めているだけならばそっとしておくしかないような気もし、ちょっとむずむずするような心持ちだったので、それこそ渡りに船? ふと成果を利用した悪魔のようなことを思い付いて、独り悦に入ってしまったのじゃった。
《ヒヒヒッ。ちょうど好い機会だ! あいつを上手く言いくるめて瀧音に乗せ、宇宙の果てまで超光速で飛ばしてしまおう。上手く言えば名声は得られるし、たとえ失敗しても、むしろ望ましいところかも知れない・・・》
ちょうどその時、旅人が研究所の前を通りかかったので、博士は思わず声を掛けていたのじゃなあ。
「よお、元気!? 何時も麻衣と遊んでくれてありがとう! そう言えば君、宇通旅行が趣味だってねえ?」
この頃は社会が今より大分豊かになっており、30歳までは働かなくてもよく、20歳から30歳までの間は毎月、今の価値で50万円ずつの公的年金が出たので、その年25歳になる旅人は暇と体力を持て余し、格安の宇宙旅行をしまくっておった。
「ええ。ついこの前もちょっと火星まで行って来て、極の氷に穴を開け、火星蛸釣りを楽しんで来たところなんですぅ」
この界隈の尊敬を一身に集めている上に、気になって仕方のない麻衣の父親でもある博士にごく気さくに声を掛けて貰ったのが嬉しくて仕方のない旅人は、もうすっかり舞い上がってしまい、何時もは物静かな彼には珍しく、ついつい声を弾ませ、ちょっと自慢げに語ってしまったのじゃった。
それを受けて博士は上手く乗せたことにほくそ笑みながら、
「そう。そりゃ凄いね! それならばどうだね、僕の開発した超光速宇宙船、瀧音号でもう少し遠くまで出掛けてみる気はないかい?」
なんて軽く誘い掛けた後、自分の開発した瀧音が、空間はおろか、時間の旅まで出来ること、実際に動植物を乗せて飛ばしてみたところ、数か月後に無事に帰って来たのみらなず、周りがその時間分成長していても、全く年を取っていないようであること、などを、簡単な宇宙理論も交えながら滔々と説明し始めたのじゃ。
それからとどめの一発!
「たとえば君の時間でほんの数か月も行って、戻って来れば、此方の10年、20年先に戻って来たり出来るのだよ。どうだい、2か月ほど飛んで戻って来れば、20歳にた麻衣に逢えるなんて、素敵なことだとは思わないかい!?」
途中の高遠な宇宙理論のところでは眠くて眠くて仕方のなかった旅人じゃったが、20歳になった麻衣と言うところでビビッと来て、目がぱっちりと覚めてしまったのじゃなあ。
《そうかぁ~!? そう言えばこの前、高い高いしてやったとき、大喜びした麻衣ちゃんは、
『お兄ちゃんのこと、大好き! 麻衣ちゃん大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになってあげるぅ!』
なんて言ってくれたっけ。これはひょっとして・・・》
もうすっかりその気になってしまい、博士の勧めに喜び勇んで乗っかることにしたのじゃった。
さてその数日後、いよいよ瀧音に半年分の食料を積み込み、旅人を宇宙の乗せた博士は、
「それ、何処にでも飛んで行ってしまえ~。フフフッ」
と独り言ちながら加速スイッチを思い切りひねり、瀧音を宇宙の彼方に向けて打ち上げてしまったのじゃ。
一方、瀧音の中の生活は狭いながらも快適そのもので、旅人は、
《ちょっと長めのサマーバカンスだなあ。と言っても、毎日が日曜日みたいなもんだけど・・・》
なんて思いながら、その頃に流行っていた外畑貴雄のエンターテインメント、深尾探偵ものを30冊ほど読み終えたとき、遠くに地球が見えて来たのじゃなあ。
どうやら旅人にとって、この実験的宇宙旅行は上手く行ったようじゃ。
旅行中には、本を読んだり、ゲームをしたりすること以外に大してすることもなく、暇だったもので、気が付けばついつい麻衣のことを考えていた旅人は、地球が近付く頃にはもう麻衣に逢いたくて逢いたくて堪らない。
しかも今度は、旅行前とは違い、麻衣は妙齢の女性になっているはず。
無事に地上に降り立った旅人は、取るものも取り敢えず、喜び勇んで麻衣のところに飛んで行ったのじゃった・・・。
この辺りで未来からやって来たらしい報告書? いや物語かな? ともかく切れていたので、気になる結論の方はどうなったのかよく分からないが、ただ考えられることは、旅人にとっての密室内での非常に暇な2か月間は、麻衣への想いを高めこそすれ、弱めるなんてことは到底あり得ない時間となったのであろうが、麻衣にとっての少女期から思春期、さらに大人への15年間は、幼女期の淡い恋など美しい思い出として記憶の奥底にしまい込み、素敵な恋の2つや3つするのに十分過ぎる年月だったであろう、と言うことである。
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以上は35年ぐらい前に元になる小話を書き、それを20年ぐらい前に思い出しながら書いて、当時の同僚に見せたものを、今、見直しながら加筆訂正した。
以前から私は、本当に書きたい物は自分の生活に根差し、内面を振り返る私小説的なもののはずなのに、他人に見せようと意識して書くときは、ちょっとおふざけを入れながら、SF的なものになっていたようだ。
今日も実は、他に昨夜から思い出していた小話があり、見付かればそれを上げるつもりであったのが、この話が見付かったもので、先にこれを上げることにした。
ところで、科学者と倫理の問題はこれを書いた頃も言われ、今も言われている。
今大騒ぎになっている新型コロナウイルスが実際のところどうかは分からないが、人類が悪魔的な生物兵器について研究し、一定の成果を出して来た事実はあり、化学でも火薬、毒ガス等、物理でも原子爆弾、水素爆弾等、危ない兵器を生み出して来た。
願わくは科学が人類の幸福に益する方向で発展し続けて欲しいものである。
人は皆思い付くことやりたがり
負の面からは目を逸らすかも