sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

ため息とともに去りぬ・・・R2.3.30①

 人は好奇心の塊である。それ故、気の合う仲間が何人か集まると、わいわい、がやがや、色んなものに興味を示して思わぬアイデアが飛び出し、人生が楽しくなる。しばし憂さも晴れようというものだ。

 逆もまた真なりである。独り暇を持て余して悶々としていると、ため息ばかり出て来て益々退屈し、更に落ち込む。ゆめゆめ、

「どこかに行きたいなあ。フゥー」

とか、

「誰か面白い人はおれへんかなあ。フゥー」

とか、

「何か面白いことはないかなあ。フゥー」

 とかボソッと漏らし、ため息を吐かないことである。

 それでも思わず漏らし、ため息を付いてしまったらどうなるのか!?

 実は、ため息を吐く毎に人は、内なる自分の中の何人かを虚空に向かって放っているそうだ。だから、自分の中が益々空疎になり、更に退屈するわけである。

 それだけならばまだいい。独りで退屈をかこっていればいいわけであるが、本当はこんな心配も生じて来る。

 たとえば幼児が何でも直ぐに覚えることは誰でもが知っている事実である。頭が空っぽな分、入り易いわけだ。それと同じように、ため息を吐き過ぎて隙間が目立つようになったあなたの頭の中は、悪い霊達にとって格好の狙い目になる。退屈し切っている今なら幾らでも憑依できようと言うものだ。

 嘘だと思うならば、世間を見渡して見るといい。

「いい人でしたよぉ~。前はあんな人ではなかったのにぃ・・・」

とか、

「ええっ!? 信じられない! あの優しそうな顔をしたおじさんがそんな酷いことをするなんてぇ・・・。もぉーっ、最悪ぅ!」

 とか言われている人がままいるだろう。そんなとき、多くの場合は本当に人が変わってしまっているのだ。独りであんまり退屈のため息ばかり吐いていたばかりに、悪霊達に魂の半分以上の席を占められ、別人格になってしまう。ほんと、心しておきたいことであるなあ。うん。

 

「おっといけない。最後まで格好よく決めようと思っていたのにぃ~、ついつい甘くなり、口語調になってしまう・・・。これでは説得力がなくなるのではないかぁ~!? ほんとにもぉ~っ、ブツブツブツブツブツ・・・」

 金欠でゴールデンウイークを持て余す藤沢慎二である。何か格好のいいことを書こうとするのであるが、この頃どんどん頭が空っぽになって行くような気がする。それに忘れっぽくなり、上手く言葉が出て来ない。連休最後の夜にサザエさん症候群に陥りながら、パソコンのキーボードをカタ、カタ、カタとたどたどしく打ち続け、ようやく並んだ言葉を前にして独り言ちている。

「夜中に独りで何ブツブツ言うてんのん? ほんまにもう~、気持ち悪いわねえ・・・。明日早いんだから早く寝たらぁ!?」

 妻の晶子である。結婚した頃は何処に行ってもまとわり付いて来た慎二が、この頃では書斎にこもって怪しげな文章を打って独りにんまりしているか、空いている部屋のテレビで韓国ドラマにどっぷりはまっているか、ほとんど寄って来なくなったので、ゆっくり寝られるようになった。それに、子ども達がある程度成長してあまり手が掛らなくなったので、ぐっすり眠ることができ、その分、真夜中から朝方に掛けて目敏くなった。このときも、午後9時頃に寝床に入ったもので、書斎から響いて来るちょっとした物音で起きてしまった。

 時計を見ると、午前2時を少し回ったところであるから、それでも5時間は寝たことになる。健康な大人であれば起きても問題はない。

 慎二の近くに来て液晶画面一杯に並ぶ怪しげな言葉に目を走らせながら、晶子は急に目を丸くし、驚いた顔になった。

「なっ、何を書いているのん!?」

「フフッ。今日はまあまあ上手く書けているやろぉ~!? フフフッ。お前が早く寝るようになってから急に上手く書けるようになった気がするんやぁ~。どや? 久し振りに読んでみるかぁ~? ここまで打ち出したってもええでぇ~」

 慎二は晶子が強い興味を示したことに喜びを覚え、ちょっと得意になっている。

 大分前に幾つかの小品をものにしたときも得意になって晶子に見せたのであるが、そのときは読み終えるなりけちょんけちょんに貶すので、その都度立ち直るのにかなり苦労した覚えがある。

 それでも何とか気を取り直して書き始め、書き上げては自信無げに晶子に見せていたが、そんなことが10回も続くと完全にノックアウトされてしまった。

 それがまた、驚いて目をむくほど興味を示したということは、ひょっとして劇的に上手くなったということか!?

「いや、いい・・・」

 残念ながら、そうではなかったようである。晶子は複雑な表情になり、黙って書斎を出て行った。

「なあ、読んでもええねんでぇ~」

 追い掛ける慎二のすがり付くような声は虚しく聞き流された。

 晶子は自分が夕食時に考えていた通りのことがそのままパソコンの液晶画面にあるのを見て、酷く戸惑ったのである。

「そう言えばあの時、少し長めのため息を吐いたんだったわぁ・・・」

 寝る前に2人で洗い物をしていたときのことである。

 そして慎二が呼応するように、眠気覚ましに大きく深呼吸していたことも思い出した。

 どうやら晶子の中の何人かがそのときに、慎二の中に吸い込まれて行ったらしい。

 思い付くと怖くなり、晶子は書斎のドアにもたれ掛りながら大きく胸を膨らませ

「スゥーッ。フゥーッ」

 長く深いため息を吐いた。

 それから暫らくして、

  カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、…

 たどたどしくキーボードを打つ音が再び書斎の方から響いて来た。

 

        ため息を吐けば気持ちが抜けて行き

        何時しか我を忘れるのかも

 

      ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 これは10年以上前に書いたものを見直しながら、少しだけ加筆訂正したものである。

 

 我が家でも子ども等が学齢期にあったが、少しずつ手を離れ始めていた頃でもあった。

 

 一番大変な時は大抵何も考えずに、目の前のことに遮二無二取り組んでいるが、その峠が越した辺りで我に返り、疲れが出始める。

 

 思わずため息を吐くことも多くなる。

 

 そんな時はご用心、と言うわけである。

 

 我が儘が出たり、喧嘩をしたり、病気が出たり、等々。

 

 ため息を吐くと脳細胞が壊れる、なんて微妙なことを言う人もある。

 

 ほんとかいな!?

 

 でもまあ、マイナスの気が周りにも伝染しそうだなあ。フフッ。

 

 そんなことを思っている内に、上のような話が浮かんで来た気がする。

 

 そう言えば、家人も私もこの頃はあまりため息を吐かないなあ。フフッ。

 

 これはそれぞれが退屈しないような過ごし方を覚えたのか?

 

 それとも、もう大分気が抜けて、これ以上抜けると自分を忘れてしまいそうであるから、神様が少し猶予を与えてくださっているとか?

 

 なんて書いていたら、久し振りにため息が出てしまった・・・。