その38
令和2年6月15日、月曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液を掌に溢れんばかりに取り、手指を丸めたり、伸ばしたり、擦り合わせたり、爪の中まで染み込ませようとトントンしたりしながら念入りに消毒する。
この消毒液は大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の皆が日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だかやけに減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だからついでに洗面所に寄って、何回かうがいもしておく。
そんな一定の安心感が得られる程の儀式的なことまで済ませて執務室に入って来たら、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを観てはぶつぶつ言いながらしきりにメモを取っていた。これもまた安心感が得られる見慣れた光景であった。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
習慣的な朝の挨拶を交わした後、我が国では多くの場所で新型コロナウイルス感染症が大体収まっていること、全国的に緊急事態宣言に続いて休業要請も解除されている所為で気の緩みの影響が出始めたのか? 福岡県、東京都、神奈川県、北海道等と、広範囲に亙ってまだ感染者が中々0にならず、東京の夜の町の例のように時には結構増えたりしているところもあること、大阪でも難波、天王寺、京橋、梅田等の繁華街で人波が確実に増えていること、通勤電車や駅に学生が見られるようになり、程々に混んでいるときも増えたこと、ファンドさんの一番の関心事である株価に相変わらず大きな変動が起こっていること等、ひと通り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
他人に見て貰うことを前提にすると、何処まで書いても好いのか何か迷うところでもあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろにメインに使っているスマホを取り出して、家を出る前、通勤電車の中、乗り換え待ちの時間等にメモしておいたものを見直しながら起こして行く。
ファンドさんの関心は既に投資関係の情報に移っており、またスマホを見詰めてぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取り始めた。
朝のひと時雑詠
また朝になった。
今週も通常通りの3日連続の出勤となる。
大阪での新型コロナウイルスの新たなる感染者は0の日が増え、たまに1人か2人出るくらいになっている。
全国的には北海道、東京、神奈川、福岡が無視出来ないぐらい出続けている。
特にここ2、3日の東京はクラスターが発生し、オーバーシュートが起こっているかの如くで、ちょっと不安を煽られる。
そこからの移動もあるだろうから、不安は中々去らない。
この状況が不満でもある。
そんな中の出勤をまだ暫らく続ける必要がありそうだ。
コロナ禍や不安不満が募る朝
コロナ禍の不安不満が募る朝
ただ、コロナ禍や、と詠むことも減って来たのは事実である。
そこは確かに救いだなあ。フフッ。
さて、今日の仕事である。
通常勤務になって暫らくは準備期間的な意味もあったが、今日からは忙しくなりそうだ。
手際よく仕事をこなして行かないと回らなくなる?
何時もであれば年度初めに感じていた仕事に対する不安、不満を今感じている。
この状況が面白く、それを意識していればその内にまた慣れて来るのだろう。
そう言えば、再開鬱なんてことも言われていた。
例年であれば5月に来る無気力状態が7月頃に来るわけか!?
またマスコミがそんなことを言って煽り、騒ぎ出すのかも知れないなあ。フフッ。
意識して再開鬱とお付き合い
意識して再開鬱が軽くなり
五月病今年はずれて夏になり
それはまあともかく、この休み中、幾つかのオーディオが届いたり、元からあるのを移動させたりして楽しむことが出来た。
また、韓国ドラマのDVDが大量に届いたので、結構視続けた。
それは好かったのであるが、その分、書いたり、読んだりする時間が短くなった。
そこは不満である。
まあ全てに過不足なくとは行かない。
これは当たり前のことである。
そう認識することで気持ちが少しは楽になる。
気の持ち様であるが、大事なことのような気がする。
何事も気の持ち様で楽になり
何事も気の持ち様が大事かな
さて、そろそろ出る準備に掛からなければならない。
仕事の関係で荷物が多くなりそうだ。
幸い天気は回復しているようなので、それは助かる。
ただ、暑くなる予報が出ているので、服に付いては迷っている。
上着まで着て行くと、汗だくになりそうであるが、上着があった方が何かと都合が好い。
ポケットが多く、色々入れておけるので、便利が好いのである。
ポケットの中身は何とごそごそし
外に出てみると天気は回復しており、朝日が生駒に当たり始めていたが、生駒山の天辺はまだ雲が覆っていた。
風は少し湿り気を帯び、冷風扇のような感じがした。
多少は清涼感があり、心地好いかと思うぐらいの感じであった。
それよりも蒸し暑さが勝ち、汗が中々引かない。
出る前に念の為に体温を測ると、36.2℃であったから、まあ今週も何とか働けそうだ。
通勤電車の中は次第に日常を取り戻しつつある。
人が増え、話し声が響くようになって来た。
ところで、秋から冬に向かっているニュージーランドでは新型コロナウイルスの感染者が0になったとか。
大勢の観客を集めてラグビーの試合が行われていた。
この状態が続けられるのであれば、半年後の我が国の参考になるのかも知れない。
こんな例も含めて、これから注目して行く必要がある!?
そんな風に我が国の上層部は動いているのであろうか?
そのことにも注目しておく必要がありそうだなあ。フフッ。
コロナ禍や各国の例注目し
コロナ禍や彼方此方の例注目し
ところで、奈良線に乗り換えると、学生が増えていることに気付く。
それ故、席取りに負け、座れなかったが、進行方向右側の窓が見え、暫らくの間、遠くにあべのハルカスが望める。
はっきりと見え、ここでも天気が回復していることを知らされた。
ハルカスがはっきりと見え天気知り
ハルカスがはっきりと見え元気得て
その辺りまで書いて、自分なりには今日も上手く書けたと思い、慎二がしみじみしていたら、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっと迷い、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問いかける。
「どう、これぇ? 今日もまあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」
それだけのことで小心者の慎二は、緊張が高まって耳をひくひくさせている。
「ブログさん、相変わらず毎朝、よう精が出ますねえ。どれどれ・・・」
気の好いメルカリさんはそう言って半分呆れ、半分感心しながら、さっと目を走らせて、何時になく凛とした顔になって言う。
「このニュージーランド、対策が凄かったらしいですねえ。感染者は大阪府と比べてもどうやろと言うぐらいでしたけど、死者は確か4分の1ぐらいやったし・・・」
「ふぅ~ん、メルカリさん、よう知ってんねんなあ。でも、日本よりも狭いし、あんまり人がおれへんのとちゃうのん!?」
「そうですねえ。日本の7割ぐらいの広さで、人口は500万人ぐらいでしたかぁ~。それに島国ですしねえ。首相が女性でえらい優秀らしいし、この辺も台湾と似てますねえ」
「ところでメルカリさん、マジな話、遠い国やのに、何でニュージーランドにそんなに詳しいん?」
「実は新婚旅行がニュージーランドやったから、結構調べたし、その後も何となく気になって・・・」
そう言いながらメルカリさんはサッと立ち上がり、コーヒーを淹れに行った。
そこに事務を担当している若い依田絵美里がお茶を持って来て、慎二の机の上にそっと置き、「神の手」の液晶画面にさっと目を走らせて、大きくて澄んだ目をキラキラさせながら言う。
「ニュージーランドでは遂にラグビーの試合まで始まったんですねえ!? 楽しみにしてたんです!」
「ふぅ~ん、依田さん、ラグビー、好きやったん?」
そう言って微笑みながら絵美里は離れて行った。
《そうかぁ~。依田さんはガシッとして男らしい人が好きなんやなあ・・・》
そう思いながらも、慎二は中年になってブクブクし出した自分と全く反対のように思えたので口には出せず、ちょっと悔しそうな顔をして絵美里の背中から目を離せないでいた。