その41
令和2年6月17日、水曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着いて、玄関ホールでタイムカードにスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液を掌に溢れんばかりに取り、手指を丸めたり、伸ばしたり、擦り合わせたり、爪の中まで染み込ませようとトントンしたりしながら念入りに消毒する。
この消毒液は大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の殆んどが日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だかやけに減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だからついでに洗面所に寄って、何回かうがいもしておく。
そんな一定の安心感が得られる程の儀式的なことまで済ませて執務室に入って来たら、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを観てはぶつぶつ言いながらしきりにメモを取っていた。これもまた安心感が得られる見慣れた光景であった。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
習慣的な朝の挨拶を交わした後、我が国では多くの場所で新型コロナウイルス感染症が大体収まっていること、全国的に緊急事態宣言に続いて休業要請も解除されている所為で気の緩みの影響が出始めたのか? 福岡県、大阪府、神奈川県、東京都、北海道等と、広範囲に亙りまだ感染者が中々0にならず、東京の夜の町の例のように時には結構増えたりしているところもあること、大阪でも難波、天王寺、京橋、梅田等の繁華街で人波が確実に増えており、また無視出来な感染者が出始めていること、通勤電車や駅に学生が見られるようになり、程々に混んでいるときも増えたこと、ファンドさんの一番の関心事である株価に相変わらず大きな変動が起こっていること等、ひと通り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
他人に見て貰うことを前提にすると、何処まで書いても好いのか何か迷うところでもあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろにメインに使っているスマホを取り出して、家を出る前、通勤電車の中、乗り換え待ちの時間等にメモしておいたものを見直しながら起こして行く。
ファンドさんの関心は既に投資関係の情報に移っており、またスマホを見詰めてぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取り始めた。
朝のひと時雑詠
ううっ、だるい。
今週3日目の勤務となり、流石に疲れが溜まっている。
若い人が多い職場なので、周りの動きにある程度合わせていると、流石にきついようである。
或る程度と言うのは、自分でセーブを掛けてそうでもしないと、後からもっと疲れが来ることを予想しているからである。
それでも、その時は多少後ろめたい。
まあ同調圧力と言うやつだろうなあ。フフッ。
せめて自分への言い訳をしておこう。
実は私の場合、皆とは別に、皆が仕事をし易いように独りで準備段階の作業をしていることが多い。
そうすると、皆で動く時にも一緒に動いていると、当然動き過ぎになり、疲れ易くなる。
好い人になるのは疲れる、と言うやつである。
そんなことをすれば後から周りに迷惑を掛けることになる。
結局、皆とずれているように見えても、今のように適度に抜く必要もあると言うわけだ。
でも、孤独ではある。
こんな風に集団の中の孤独になり易い仕事を負ってから結構長くなる。
それも次の世代に移りつつあり、色々失敗しながら複数名で負っているようであるから、不経済な面もあるが、今後のことを考えると悪くない気もしている。
そう言えば、話は変わるようであるが、家人が嬉しそうに言っていた。
「父ちゃん、もう直ぐ私に年金が完全に出るようになるねんなあ」
確かに・・・。
先ず毎月数万円ずつ召し上げられている分が無くなるであろうから、それが嬉しい。
それに基礎年金、加給年金が加わると、2人でぎりぎり食べて行けるかどうか、ぐらいにはなるはず。
要するに、生活保護ぐらいになる、と言うことである。
ううっ、現実を考えると、朝から暗くなるなあ。フフッ。
でもまあ、何らかの工夫は必要であろうが、単純には働き続けたくない。
この辺り、もう少し気持ちの整理をする必要がありそうだ。
我にとりしたい仕事は何なのか
目の前のことからしばし目を離し
目を閉じて沈思黙考してみれば
じわじわとその内何か見えて来る
見えたもの先ずは素直に従って
疑わずやってみること大事かな
なんて、この年になってまだ言っていることが我ながらおかしい。
さて、そろそろ出る準備をする時間になって来たようだ。
ひと先ず目の前の仕事から片付けて行かなくっちゃね。フフッ。
迷うことひと先ず止めて動き出し
なんてことも長くなったようだ。
そんなことをしている内に今に至っている!?
ところで、新型コロナウイルスに関して抗体検査が東京都、大阪府、宮城県からサンプルを取って行われたそうな。
持っている率はそんなに高くなく、東京都で0.1%、大阪府で0.17%、宮城県で0.03%だったとか。
何しか低い!?
それでも感染者としてPCR検査で認識された人数の数倍になるようで、東京都では2倍、大阪府では8倍以上になると言う。
怖い話である。
先ず見付かっていない場合が多いと言うこと。
それに、抗体を持っている人が少ないと言うこと。
第2波の防御には殆んど期待を持てないような数値であろう。
それから、我が国の場合はデータの決め方が厳格で? たとえば欧米の例のように、決め方によっては10倍にもなるようだ。
そうすると、もっと潜在的な感染者がいたことになり、これも怖い。
要するに我が国の場合、検査、およびその分析仕方も含めてまだまだするべきことがありそうだ。
そんな中、送られて来たアベノマスクは1回洗ったら、よれよれになってぶら下がっている。
もう1回使う気には中々なれず、そのままになってしまいそうな気もする。
そんなマスクに検品、送料等も含めて1枚当たり200円以上掛かっているのであるから、微妙な気がするなあ。フフッ。
安倍さんの微妙なマスク風に揺れ
安倍さんの微妙なマスク置きっぱに
それはまあともかく、南半球にあるニュージーランドでは3週間以上出ていなかった新型コロナウイルスの新たな感染者が、2人出たそうな。
何でも英国からの渡航者だと言う。
危篤状態の親を看取る為だったか?
ともかく必要があっての渡航だそうだが、人の移動の影響は思いの外大きいようである。
そう言えば我が国でも羽田や成田での検査で感染者が出ている。
意識しておきたいことではないか!?
コロナ禍や人の移動を制限し
コロナ禍や人の移動を躊躇わせ
それはそうと、私の身近でも発熱者が出たので、今、ちょっと緊張状態にある。
気温の変化、疲労の蓄積、降雨等、色々な条件の中、夏風邪を引き易い時期であるだけに、結構面倒である。
取り敢えず、後から慌てないように、職場の上司には言っておいたが、ここ1、2週間は注意をしておく必要がありそうだ。
その辺りまで書いて、自分なりには今日も上手く書けたと思い、慎二がしみじみとしていたら、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっと迷い、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問いかける。
「どう、これぇ? 今日もまあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」
それだけのことで小心者の慎二は、緊張が高まって耳をひくひくさせている。
「ブログさん、相変わらず毎朝、よう精が出ますねえ。どれどれ・・・」
気の好いメルカリさんはそう言って半分呆れ、半分感心しながら、さっと目を走らせて、途端にちょっと椅子を引き気味になって言う。
「大阪でもとうとう無視出来ない感じになって来ましたねえ!?」
「おいおい。確かに暫らくは俺から離れといた方が無難かも知れんなあ・・・」
そう言いながら慎二はちょっと寂しそうになる。
「いや、そんなわけでは・・・」
「いや、気になる方が普通やろぉ!? メルカリさんのところ、まだ小さい子もいるようやし・・・。別に気にせんでもええでえ。でもまあ毎朝検温しているけど、今のところは36℃ちょっとやし、ここに書いた身近な人は子どものことやけど、体調自体はそんなに悪そうでもないけどなぁ・・・」
そう聴くとメルカリさんはちょっとホッとしたような顔になってさっと立ち上がり、コーヒーを淹れに行った。
間髪を入れず若い依田絵美里がお茶を持って来て慎二の机の上にそっと置き、この頃習慣のように目を走らせていた「神の手」には目もくれず、黙ってさっと遠ざかった。
《おいおい。皆してそんなに緊張せんでも・・・》
慎二は何か言いたそうな顔になりながらも、今は何も言えないことが分かっており、余計に寂しそうな顔になっていた。
またコロナ他人との距離を遠ざけて
孤独な時間増え出すのかも