sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

暫しお時間を(1)・・・R2.3.27②


            その1 物語は如何ですか?

 

 お多福出版のセールスレディー、大山佳代は常にトップの成績を維持していた。

 容姿が特に優れているわけではない。身長は154cmほどであるから、今にすれば低い方だろう。それなのに体重が50kgを切ったことがないから、まあまあふっくらとしている。化粧っ気のない36歳の肌はそれなりにくすんでいた。

 その佳代が何故そんなに好い成績を上げ続けられるのかと言えば、それは佳代の物語る力に負うところが大きかった。

 佳代の1日は先ずパソコンを開き、ブログを覗くことから始まる。前日の夜に書き込んでおいた物語(他人が発表しているブログをはしごしながら読み、気に留まったところを切り貼りしながら自分を主人公にした新たな物語を仕立てるのである。佳代はそれを決して嘘だとは思っていない。新しい人生の創生だと自負していた)に対する書き込みを覗く。そして、様々な意見を参考にしながら加筆訂正して磨き上げ、その日の訪問時にパフォーマンスも加えながら提供する物語の最終的なシナリオを作るのである。

 佳代は一般的に言えば嘘になる物語によって、訪問した善良な庶民たちをその気にさせ、決して安くはない金額を手放させても、それを毛頭悪いことだとは思っていなかった。

 その証拠と言って好いかどうかは分からないが、ともかく佳代は訴えられたことが一度もない。返品返金要求はおろか、苦情すらなかった。

 セールストークに乗せられた客たちは、後から何となく、上手く騙されたのかも知れないなあ、と気付くのであるが、あってもおかしくないような話、それを物語るときの佳代の誠実そうな様子、聴いていたときの自分の心の動きを思うと、そう腹も立たないのであった。一時の感動を共有出来たことにむしろ感謝の念を覚えていた。

 今日も世間の退屈した人たちが癒しを求めて私を待っている。

 佳代はそう自負しながら、日々寝不足気味の気だるさを振り払い、朝の爽やかな表情になって家を出るのであった。

 

        ブログから新たな話創作し
        癒されるなら其れも好いかも
    
            その2 心の対話が欲しい

「お前は悔しくないんかぁ~? 30万円近いお金を出したけど、これを1冊ずつ買えば、半分以下で買えるように思うけどなあ・・・」

 藤沢慎二は妻の晶子が地味なセールスレディーの身の上話に簡単に乗せられ、割高にも思える外国の絵本セットを熱に浮かされたように買ってしまったことにむず痒さを覚えるのであった。

「でも、そんなに簡単に買えるかぁ~!? それに選んで集めてくれているし、訳書に解説書も付いているんやから、そんなに高くないと思うでぇ~」

 晶子は、どうやらアカデミックな匂いがすることにも強く惹かれているらしい。

 今の晶子には何を言っても無駄なようやなあ。まあそれで機嫌好く過ごせるんやったら、30万円ぐらい安いもんかも知れん・・・。

 そう自分を納得させた慎二は早々に諦めることにした。

 本当はそれだけではなく、晶子の淋しさがセールスレディーとの遣り取り自体で幾分和らげられたことに、慎二は薄々気付いていた。だから、それ以上何も言えなかったのである。

 嗚呼、今日も淋しい奥様を1人、癒して差し上げたわ。これぐらい、安いものよ。

 確かに、本屋で買えば10万円ほどね。訳書や本箱、解説書を付けても、精々12,3万円ってところかしら? だから、15万円以上は上乗せしている。それに旦那さんはどうやら気付いていたようね。何だか不満そうだったわ。 

 でも、彼はそんなところに敏くても、奥様の淋しさには少しも気付いていらっしゃらない。だから私の物語が必要なのよ。

 嘘? 確かにそうね。私には不良の弟どころか、弟なんていやしない。本当は1人っ子よ。

 でも、不良の弟が居て、彼の素行に家族でずっと悩まされていたけど、それが家族に大切なものを教えてくれた、実は彼が一番感じ易く優しい子だと気付いた、彼は家族の問題点に独り悩み、それを悪さを通して家族に知らせていた、と言う物語があってもいいじゃない!? それで此方の奥様の心が癒され、旦那様との心の会話の大切さに思いが及ぶのならば、これぐらい、安いものだわ。

 藤沢の家を出た大山佳代はセカンドバックに納めた本の代金28万5千円をもう一度確認しながら、シミジミとそう思っていた。

 

        寂しがる心を埋める物語
        プライスレスな値打ちあるかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 これは15年以上前に書いた話であるが、絵本セットの話は実際のことで、気の好い家人がセールスレディーから聴いたと言う話も大体上のようなことであった。

 

 その頃、ミシン等、世間で割高と言われているもののセールスが他にも来ていたようで、家人は何度かその気になり掛けていた。

 

 私はその1つ1つについて説明し、店頭での価格とかも知らせた覚えがある。

 

 ショッピングセンターで実際に見せた覚えもある。

 

 それで絵本以外には買わずに済んだが、絵本を買ったことについて家人は悔やんでいないようであったし、今もそのようである。

 

 そんなことで私も、家人が癒されたのであればまあ好いか、と思うようになった。