sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

意識する人・・・R2.3.24②

        こんな日は家で不貞寝をしていたい
        それでは惨め仕事に出るか     

 

 2月14日、今日は世に言う聖バレンタインデーである。私のように生まれてからこの方、あまり持てた記憶がない男にとっては結構辛い日なのである(※)。

 いっそのこと家で不貞寝でもして居たかった。

 でも、それでは持てないことを意識し過ぎているようで、何だか惨め過ぎる。

 仕方がない。行くとするかぁ~。

(※2003年のことであるが、今も変わらないので面白い!?)

 

 職場に着いた私は、出来る限り何時ものように振舞うべく、愛用のワープロ、「夢遥かなり」を開き、昨日の帰りのちょっとした出来事を「慎ちゃんの歌日記」に打ち始めた。 

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

            慎ちゃんの歌日記
                                2月14日

        恥ずかしきところを見られ
        縮こまり仕方がなくてユンディーを買い

 

 昨日、秋山先輩と帰りの電車が一緒になり、学校でも一緒にクラシックを聴いていた流れで、クラシックCD,そして思い出のレコード店、「アンダンテ」の話になった。
 その時の会話に少しだけ(?)脚色を加えて。

 

「ねえねえ、アンダンテ(※)って、本当によかったですよねぇ~?」

(※当時知る人ぞ知るワルツ堂を意識している)

「うん、そうだなあ・・・」

「後に入った憩いの館(※)ですけど、同じ品物でもちょっと高いんですよぉ~」

(※多分、今もある新星堂のことかと思われるけど、もう忘れてしまった)

「そうかねぇ~。それはけしからんなあ」

「そうですよねえ。たとえばナクソスですけど、アンダンテだと1枚750円で売っていたのが、憩いの館だと,な、何と1枚980円もするんですよぉ。酷いと思いませんかぁ~?」

「そりゃ君ぃ、酷過ぎるじゃないかぁ~。阿漕だねえ。230円も高いのかい。230円もあったらポン太郎のたこ焼きが5つも食べられる。ロンリーハートのシュークリームを2つ食べても、まだお釣りが来るじゃないかぁ~。けしからんねえ。やっぱりこれからはヨドバシに行くべきだよぉ~、ヨ、ド、バ、シ」

「へぇ~、ヨドバシって、そんなにいいんですかぁ~?」

「何だ、行ったことがないのかい!? そりゃいけないなあ、君ぃ~。何て言ったらいいんだろぉ~。地上の楽園、希望の都、都会のサンクチュアリ、いやぁ~、まだまだ言い足りないなあ。電脳のテーマパーク、出来る男の隠れ家、癒やしの館、音と光の秘宝館、う~ん、何だか怪しくなって来たなあ。それはまあともかく、新しい物好き、機械好きの君なら直ぐにでも行った方がいい。ぜひ行くべきだよぉ~。どう、これから僕が付き合ってあげようかぁ~!? ウフフッ」

 そんな熱いお誘いでも、「一日中お仕事を一生懸命されて、さぞお疲れだろうなあ」と思うと、とても甘えられるものではない。勿体無くも辞退申し上げ、「嗚呼、あんなに疲れていたのに私をお誘い下さるなんて」と感動に咽びながら、泣く泣く放出でお別れしたのであった。

 その余韻が残っていたのか、京橋に着いた時、久しぶりに憩いの館を覘いてみたくなった。

 憩いの館でしゃがみ込みながらクラシックCDの棚をゴソゴソしていると、背中の方から

「こんにちは!」

 しっとりとした中にも春らしい艶のある、絹のような声が私の全身を優しく包む。カ、イ、カ、ン!

 な、何と、憧れの寺西清江さんではないか! 嬉し~い。

 でも、怪しげなヌードルや叶姉妹なんかのDVDが並んでいるコーナーを見ている時でなくてよかった。ホッ。

「今、出張の帰りなんですぅ。意外なところで。ウフフッ」

 あっ、もしかしたら全て見ていて、恥ずかしくない辺りで声を掛けて下さったのだろうか!? ジトォーッと脇の汗。

 その後も高貴な視線を意識せずにはいられず、私はついついユンディ・リーのCDなんか買い求めてしまったのだぁ~。嗚呼損したっ!

 おまけに若くて可憐な店員さんが私の熱い視線に何か感じたのか?

「ポスター付けさせて貰っていいですかぁ? ウフッ」

 なんて聞くもんだから、気弱な私は断り切れずに、

「は、はい! ハハハッ」

 なんて愛想笑いまでしてしまったんだぁ~!

 わーっ、変な奴だと思われたらどないしょう!?

 でも、折角貰ったんだから書斎の壁にでも貼ろっと! ウフフッ。ワクワク。

 いけないなあ、こんなことばかり書いていると、

「相変わらず怪しげな人ねえ。冗談っぽく書いているけど、これって案外本当のことじゃないのぉ~?」

 なんて疑われてしまうかも。ドキドキ。

 

        お休みの時間も評価気にしてる
        悩まなければ淋しいのかも

 

 そうなのだ。私は怖いもの見たさで、変なことを言ってみたり、書いてみたりするだけで、本当はチョーが付くほど真面目で気弱な常識人なのだ。たとえば、仕事を終え、休息の時間であるはずの今でも、肩の力を抜かず、人の評価を気にしながら、

「このチョコレートはどんな風に齧ると変に思われないのかなあ。口の端に銜え、眉間に皺を寄せて、う~ん、ポリフェノールが足りない、なんて渋く呟いて見せるのがいいかも」

 なんて悩んでいる。(余計変やでぇ、全くぅ~!)

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 そこまで打ち、今度は、幾らカモフラージュとは言え、はしゃぎ過ぎた自分に落ち込み始めた。

 すっかり素に戻り、真面目な顔になってちょっと沈んでいる時、斜め前方でかそけき人の気配がする。

 意識しない振りをしつつ、考えている風を装い、眉間に皴を寄せていると、恥ずかしげにソッと包みを差し出す中西敏江の細くて白い手が見えた。

「いやぁ~、そんなに気を使ってくれなくていいのにぃ。悪いですねぇ~。ハハハッ」

 出来る限り軽く、磊落を装って言う。

 心はそれとは裏腹に、もうドキドキで、敏江をまともに見ることが出来ない。

 敏江はそれを鋭く感じ取ったか?

「まあ儀式みたいなものですからぁ~。それに、藤沢さんには何時もお世話になっていますし・・・。ウフッ」

 と言い、恥ずかしそうに行ってしまった。

「うん? もしかして彼女俺のこと・・・。お世話になってるのはむしろ俺の方だし、あの恥ずかしそうな様子、何だか思わせ振りだなあ。それならそうと言ってくれればいいのに、大人って中々不自由なもんだなあ。フフフッ」

 しょうもないことを独り言ちながら、先程までの持てない男の引け目が嘘のように消えていることに気付く。

 う~ん、今日は中々好い日になりそうだ。

 

        大丈夫これを食べたらまた来てね
        チョコを差し出す近所の歯医者

 

 その日の仕事を何とか無難に終えた私は、予約していた近所の歯医者に寄るため、早めに職場を出た。

「さあ、どんな顔をして行こうか? 今日はすっぽかさずに診てくれるのかなあ。この前は30分以上待っていたのに、いっこも出て来てくれないし・・・。そう言えば、歯を磨かずに行った時のきついこときついこと。何も言わないけど、思い切りつつかれ、血だらけになっちゃったよぉ~。フフフッ」

 歯医者に行くと思うだけで、私の心は浮き足立ち、今までのことが次から次へと走馬灯のように浮かんで来る。

 とても黙ってはいられず、そんな様子が顔に出てしまうのだろうか? 私と歯医者さんの間に怪しい雰囲気を感じる人もあるようだけど、そんなことは決してなく、ただただ患者と医者の真面目な関係に過ぎない。

 真面目な関係であっても、人の心はそれだけ豊かな世界を広げていると言うことだろうか? フフフッ。

 そうこうするうちに歯医者に着く。

「あれ、誰もいないのかなあ? もしかして今日も・・・」

 ちょっと心配になりかけた時、何時もは受け付けに入っている奥さんはお休みと見え、歯医者さん自身が恥ずかしそうに出て来た。

「あっ、ちょっと待って下さいねぇ~」

 ゴソゴソと自らカルテを引っ張り出し、奥に引っ込んだ。

 暫らく音沙汰がない。

 一体どうしたのだろう?

 あっ、もしかしたら、気息を整えているのだろうか!?

 すっかり浮足立ち、上の空で備え付けの婦人雑誌を半分ぐらい読み終えた頃、

「どうぞぉ~」

 ボォ~ッと呼び掛ける声がした。

 今度は私がフゥーッと息を吐き、肩の力を抜いた後、おもむろに診察室に向かった。

《なんや。何時もといっこも変わらへんやんかぁ~!?》

 何時も通りの保守点検を中心とする治療に何故か力を落としながら次の予約と支払いのために窓口に向かうと、今度は受け付けに奥さんが入っていた。

 窓口での用事を終え、帰ろうとすると、

「今日はチョコ、貰いました?」

 突然の親しげな声掛けに緊張した私は、思わず、

「いえ・・・」
《あっ、嘘ついてもうた。どうしょう?》

 気弱な表情を浮かべてもじもじしていると、奥さんはハート型の可愛いチョコが3つ入った袋をソッと差し出す。

「今日はこれでもう大丈夫ですよぉ~。これ食べたら、また来週も同じ時間に来て下さいねぇ~。ウフッ」
 
 帰りの坂道を上りながら、歯医者がチョコを出す可笑しさをしみじみと噛み締めながら、でも何だか嬉しくて仕方がなかった。

《人が何を言おうと、私と歯医者さんは私の痛んだ歯を仲立ちとして清純で美しい愛で結ばれているんやぁ~。恥ずかしがることなんてなんもない。私たちは道に外れたことなんかひとつもしていないんやから・・・》

 弾む気持ちを抑えかねている私にとって、何時もは息が切れて仕方のない坂も何のその。見る見る家が近付き、まだまだ余韻を楽しんでいたいのに、と惜しまれる程であった。

 ポケットにチョコを忍ばせ、何となく後ろめたさを感じつつ、

「ただいまぁ~!」

 今夜もまた指先ダンス(※)が弾みそうである。

(※当時、ワープロのキーボードの上で弾む指先を自分でこう称していた)

 そう思いながら振り返って見る生駒は暮れ泥む早春の中、確かな存在感を示していた。

 

        早春の生駒見上げる帰り道

        ポケットのチョコ温かいかも