sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード26)・・・R2.2.17①

             エピソード26

 

 生駒山のてっ辺から宙(そら)に向かって矢を放てば、何処までも飛んで行きそうな気がする。大阪方面に放てば、あの霞んだ南の高層ビル街も飛び越えて、大阪湾まで届くのだろうか?

 奈良方面ならどうなんだろう? 三笠山のてっ辺に中ったりして・・・。

 実際には長くて60m先の的を狙うぐらいであるから、そんなに飛ばないことぐらいは分かっているはずである。それでも生駒山の頂上に立てば、高々642mのなだらかな山ながら、そんな気概を持てるのだ。

《でも、昨日は何となく中途半端やったなあ~。フフッ。まあ一勝一敗ってところかなあ~。フフフッ》

 藤沢浩太は昨日、南生駒側から暗がり峠を越えて、枚岡、更に瓢箪山まで足を延ばしたことを思い出していた。

 行きはまだ好かった。くねくねした上り坂を馬力に任せて駆けるように登った後、一気に見晴らしが開け、その中に向かって更に加速し、駆けるように下って行く。一種爽快感があった。

 ただ、右手にはもっと高いところがあり、そこはほとんど登れないような峻烈な場所では全くない。林立したテレビの電波塔が大きく、くっきりと見え、遊具の楽しげなBGMや機動音、それに黄色い歓声までが聞こえて来そうなほど間近にあるパラダイスである。そこが多少惜しいと言えば惜しい。

《わざわざ瓢箪山まで行って伸び切ったカップラーメンを食べるぐらいやったら、暗がり峠から縦走して生駒山上の遊園地にでも行けばよかったなあ~。帰りは伸び切った辛ラーメンの所為でお腹の調子が変になったから、もうバテバテで、ただ帰るだけが精一杯やったもんなあ~。フフッ。ほんま、生駒山上にでも行けばすっきりしてたやろになあ~。フフフッ》

 行っても独りで何をするわけでもないのに、浩太は取り敢えずそう思った。

「ほんま、損したわぁ~」

 そして、思っていることをつい声に出してしまうのが癖になりつつある。

「あっ、また独り言を言うてぇ~。藤沢君、何を損したん? 宝くじか何かを買うて、外れたんかぁ~? それか、もしかしたらパチンコ、競馬、競輪とか・・・」

 空かさず言ったのは、クラスメイトの柿本芳江である。浩太がそんなタイプではないのを十分に知りながら、からかうのを楽しんでいる。さっきから様子を窺い、何時話しかければいいか、付け入る隙が出来る頃合いを計っていたようである。

「あほ、そんなもったいないこと、誰がするかいなあ~。フフッ」

 気を遣ってくれていることが分かるので、浩太も乗ってやる。

 それからおもむろに、昨日の状況を説明してやった。

「そう言うわけでなあ~、折角もっと好い景色を見る機会もあったのに、ちょっとばかりけちった、いや節約したばっかりに、かえって損をしたと言う話やぁ~。フフフッ」

「ウフッ。ほんま、藤沢君らしいわぁ~。ウフフッ。ハハハハハ」

「こら、笑い過ぎやぁ~」

「ごめん、ごめん。ハハハハハ」

「もうええわ・・・。ところで、柿本さんはこの休みの間、一体何してたん?」

「何って言われても・・・」

 芳江はちょっと考える振りをして、

「大したこと、してないねん。テレビで韓国ドラマを見たり、近所に買い物に行ったり。そんなもん・・・」

 浩太の趣味が韓国時代劇と聞いて、芳江も観るようになり、この頃韓国のホームドラマにはまり出した。

「ふぅ~ん、そうやったん・・・。ほな、誘ってもよかったんかなあ~?」

 そう言われて芳江の顔がパッと輝いた。

「ほんま!? 誘ってくれるんやったら、何時でも声かけてやぁ~。休みの日に独りで出かけるのは聞いてたけど、うちはまた、藤沢君が独りで出歩くのが好きなんかと思て、遠慮してたんやでぇ~」

 浩太はちょっと遠い目をして、

「いや、この頃はそう言うわけでもないねんけど、以前は確かにそんなところもあったなあ~。中学校の頃は一旦目的地を決めたら、ただ我武者羅に走ったり、歩いたりするのが好きやった・・・。でも、この頃はのんびり歩いて景色を楽しみたいときもあるねんでぇ~。体重が増えて来たこともあるのか、長距離を前ほど速く走られへんようになってしもたし・・・」

 芳江は浩太を足元から頭の先までしげしげと見ながら、

「ほんまや・・・。もしかして春から見ても、この夏休みで大分太ったんとちゃう!?」

「やらしいなあ、その下から上への舐め上げるような視線の送り方。それって、もしかしたらセクハラ、ちゃうん? それに失礼な奴やなあ。どうせなら、太ったんじゃなくて、逞しくなった、とか言うて欲しかったところやわぁ~!」

「ウフフッ。何言うてんのん。セクハラは女の子が男の子に言う言葉やでぇ~。うちみたいに可愛い子があんたみたいにむくつけき男の子に誰がセクハラするかいなぁ!? それに、もし迫られたとしたら、感謝して欲しいぐらいやわぁ~。ウフフフッ」

「ハハハ。ほんま、黙って聞いてたら、言いたい放題やなあ~。ハハハハハ」

 月曜日のどんよりした空気の中、通学路で2人だけが浮いているように明るく弾んでいた。他の生徒たちにも十分聞こえているはずなのに、週末に遊び過ぎた疲れが十分過ぎるほど残っている所為か、冷やかす元気もないようであった。

 そんな光景を遠くからちょっと悔しそうに見ている里崎真由がいた。弓道部の同輩として、また同じクラスに居ながら、クラスでは浩太の隣の席をほとんど柿本に取られ、近寄ることすら出来なかった。

 ただ、真由は浩太が幾ら芳江と親しげにしていても、またお茶ぐらい一緒に飲んでいたとしても、本気で思っているのは顧問の安曇昌江だとはっきり分かっていた。先輩の桂木彩乃との関係を疑ったこともあったが、この頃彩乃が浩太の友達の西木優真と本気で付き合っていることを知ったので、対象から外している。だから何とか耐えられた。

「幾ら分かっていても、やっぱり気になるなあ~。どうしたもんやろぉ・・・。やっぱり言ってあげるべきかなあ~?」

「どうしたの、里崎さん? 何か悩んでいるようね。言ってあげるべきかどうか、なんて、何のことかしら?」

 ビクッとして振り向いたら、昌江であった。まさかそのまま本当のことを説明するわけには行かないから、適当に誤魔化すことにする。

「クラブのことです。ほら、2年生の間宮先輩、自分では上手い積もりで練習してはるけど、我流が抜けないから、やっぱり言ってあげるべきかなあ? って。失礼にならないか、迷っているんです」

「それはしっかり言ってあげるべきよ。あなたが中学生のときから本格的に弓道をやっていて、近距離では3年生の桂木さんも凌ぐぐらいだって、みんな知っているもの。失礼には当たらないわ」

 本当は昌江も浩太と芳江の仲睦まじい様子を複雑な思いで観ていたから、聞かなくても独り言の意味することぐらい十分分かっているのだが、真由が一体どんな風に誤魔化すか? 聞いてみたかったのである。それに、芳江の浩太に対する気持ちはともかく、真由が浩太をどのように思っているのか? それも確かめてみたかった。

 真由と昌江はお互いに心にもないことを言いながら、本気で浩太に傾いていることを確認し合い、心の中のレベルでは鋭い刃(やいば)を交わし合っていた。

 

        其々に心の中に含みつつ

        表面的な会話するかも