孝弘君は体格がよく、のんびりしています。シャイなところがあり、余程慣れないと思っていることを中々口に出せず、友達はほとんどいないようです。
雅也君は幼なじみ。時には腹を立てながらも、気長に付き合っていました。孝弘君が本当は優しく、ユーモラスな一面もあることを分かっています。一緒にいるとほのぼのして来るので、肩の力が抜け、気楽でした。
あるとき、雅也君が照れながら、とっても可愛い茜ちゃんと一緒に下校していました。
実は孝弘君も茜ちゃんのことが気になっていましたが、口には出せずにいました。まして、幼なじみの雅也君と仲が好さそうだったから尚更のことです。
でも、気になることは止められない。気持を隠しながら3人で一緒に帰ることになりました。
雅也君はソフトな雰囲気を持ち、出会いの会話に相応しい軽い話題なら豊富なので、茜ちゃんを飽きさせません。
孝弘君は言葉が出ず、ただ、茜ちゃんの笑顔、笑い声に身近で触れているだけで十分に幸せでした。
それを機会に、そんな風に3人で一緒に登下校する内に、茜ちゃんも段々孝弘君のことが分かって来て、やがて3人は気の置けない友達になりました。
でも、それはあくまでも上辺のことで、三人三様、それぞれに微妙な気持ちを抱いていました。
そしてあるとき、孝弘君が家の用事があって先に帰ったので、茜ちゃんは勇気を奮い起して雅也君に言ってみました。
「ねえ、ねえ。明日、空いてるぅ~?」
「えっ、どうしてぇ~?」
雅也君は何でもないような振りをして聞き返しましたが、心臓がバクバク、今にも口から飛び出しそうなほど高ぶっていました。
それを知りながらも、茜ちゃんも何でもないかのように、
「それやったらなあ、明日は土曜日やし、午前中にでも野鳥公園まで遊びに行かへんか、3人でぇ~!?」
3人でぇ~、のところに大きな意味があるのは直ぐに分かったのですが、興奮しているところに微妙な影が差し、雅也君は直ぐには答えられません。
「・・・・・」
「嫌なんかぁ~?」
茜ちゃんは焦れて聞きます。
雅也君は意を決したように、
「分かったぁ! 孝弘にも聞いて、後から電話するわぁ~」
そのあと2人は、何となく気まずくなり、黙ったまま並んで歩きました。
「・・・・・」
「・・・・・」
やけに長い数分間でした。
家に帰ってからも雅也君の興奮は収まらず、中々孝弘君に電話する気になれません。
しばらく経ってからは、ある考えに捉われ、矢張りする気になれませんでした。
一方茜ちゃんは、精一杯の勇気を奮い起した後なので、気が抜け、にこにこしながら、今か今かと首を長くして雅也君からの電話を待っていました。
1時間ほどして電話機が鳴り出します。
茜ちゃんは胸を大きく膨らませて、
「ふぅー、ふぅーっ、ふぅーっ、・・・」
深呼吸を何度かし、胸の高鳴りを抑えながら、
「はい。もしもし・・・」
「あっ、茜ちゃん? 明日、10時頃にしといたからっ!」
雅也君はそれ以上言葉が見付からず、
「ほなまた明日。さようならぁ~」
ガチャン
茜ちゃんの返事も聞かないままに受話器を勢いよく置きました。
茜ちゃんはそれでも十分でした。その日は1日中、何も手が付きませんでした。
翌日、茜ちゃんは朝早くからそわそわしています。
「嗚呼、何を着て行こうかなあ? う~ん、これとこれは合わないし・・・。滑り台とかブランコにも乗るから、やっぱりこれかぁ~!」
そう思ってジーパンを穿いてもしっくり来ず、素気ないほどあっさりしていながら、よく見ればお洒落なワンピースに決めるまでに1時間以上掛かりました。
一方、雅也君も同じぐらいあれやこれやと迷いましたが、結局、動き易い洗いざらしのエドウィンのジーパンとナイキのTシャツに決めました。
さて、茜ちゃんが胸の高鳴りを抑えながら野鳥公園に行ってみると、ベンチのところで雅也君が1人で待っていました。
「おはよう~!」
「あっ、おはよう・・・」
そう応えたまま、雅也君は黙ってしまいました。何時もの雅也君ではないようです。
それからしばらく待っても孝弘君は来ないので、取り敢えず2人で滑り台、ブランコ、ジャングルジム、シーソーと遊びましたが、どうも何時ものようには気持ちが弾みません。会話が途切れがちでした。
「孝弘君、どうしたんやろぉ~?」
茜ちゃんがおずおずと切り出すと、
「そうやなぁ。ほんま、どうしたんやろぉ~? 来る、言うてたのになあ・・・」
雅也君が目を逸らしながら応えました。
その後、余計に気まずくなり、結局、1時間ほど黙ったまま遊んだだけで帰ることになりました。
翌週から2人はもっと気まずくなり、醸し出す重い雰囲気を感じたのか? 孝弘君とも気まずくなって、3人はバラバラに帰るようになりました。
でも変ですねえ? こんなのちっとも楽しくありません。
一番の原因が何か分かっている雅也君は、数日後、勇気を奮い起して孝弘君に電話してみました。
「あのぉ~、もしもし・・・。孝弘かぁ~? この前、ごめんなぁ~」
いきなりなので、孝弘君には何のことかさっぱり分かりませんでしたが、この頃の気まずさに関係がありそうなので、黙って耳を傾けていました。
「本当は、先週の金曜日に茜ちゃんから、土曜日に3人で野鳥公園で遊ばへん? と誘われたのに、お前には電話せんと、した振りをして2人で遊んでてん。でも、いっこも楽しなかったわぁ~。ほんま、ごめんなぁ~」
「・・・・・」
しばらく間を置いて孝弘君がおもむろに口を開きます。
「ハハハ。何やと思たら、そんなことかいなぁ~。お前、茜ちゃんのことほんまに好きやってんやろぉ~? ほなそれでええやん・・・」
「ほんまかぁ~?」
「うん! 好きになったら、俺かてそうするかも知れへんでぇ~。そんなん気にせんでもええよ!」
それで雅也君はぐっと気が楽になり、あることないこと、全部言ってしまいました。
いや、どうやら茜ちゃんが好きなのは孝弘君らしいことだけは隠して・・・。
翌日からまた3人で仲良く登下校する姿が見られるようになりました。
雅也君は素直に謝った自分が許せ、むしろ誇らしく、前以上に陽気になりました。
茜ちゃんはまた孝弘君が加わるようになったことで十分でした。
そして孝弘君は何も知らなかったかのように終始ニコニコしていました。
春浅き友と手を取り通う道
手を放すのは早過ぎたかも
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
何を思ってか忘れたが、10年以上に書いた小話である。
もしかしたら子どもの頃に何回かされた仲間外れことを思い出しながら書いたのかも知れない。
書いている内に、こんな少人数ではないが、小学生の頃、友達数人が私に声を掛けずに通り過ぎたことを思い出した。
当時住んでいたアパートの2階に付いている共同のベランダから何気なく外を観ていたところ、私に声を掛けるかどうか相談し、掛けずに行こうと即断して通り過ぎたのであった。
子どもは残酷である。
でも、大人が目の前で口にすることはまれであろうかと考えてみれば、そうでもない。
老化したり、今回のコロナ禍のようなことが起こると、子ども返りすることがある。
日頃から心しておきたいことではあるなあ。フフッ。