sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

学君の恋(2)・・・R2.11.12①

              その2

 

 松村美樹ちゃんは広瀬学君が廊下で近寄って来た時、その様子から、何だか普通の子ではないなあ、とは思っていましたが、少しも抵抗は覚えず、むしろ落ち着くものを感じていました。

 小学校の6年間、そして中学校の2年半の間、いわゆる普通の子らの中で揉まれて、彼らの拘り、身勝手さと言ったものに散々付き合わされて来た身として、決して彼らが障がい児に比べて綺麗な存在ではないし、素晴らしい存在でもないことに、十分過ぎるほど気付いていたのです。

 

 確かに、普通の子の物事に対する理解力、判断力、処理能力、記憶力、応用力と言ったものには目を見張らせることもあるでしょう。

 身体のしなやかさ、力強さ、俊敏性、持久力と言ったものに付いても同様です。

 しかし、優しい気持ちで遅れがちな子をゆっくり待ったり、困っている子に手を差し伸べたりするところを見たことは殆んどなく、そんな、いわゆる皆の足を引っ張るような子を見ると、迷惑そうに陰口を言ったり、囃し立てたりする子ばかりでした。

 元気な頃は、時にはそんな不親切な面もなくはなかった美樹ちゃんですが、元々シャイな面があり、大勢の中で大騒ぎして目立ったり、競争して勝ち抜いて行ったりするよりも、気の合った友達と静かに遊ぶのが好きだったので、落ち着かず、思い遣りの無い普通の子の中で生活していて、疲れを覚えることもしばしばありました。

 まして、授業中に皆の前で倒れ、体調に不安を覚え出してからは、余計にその傾向が強くなって来ました。

 両手で耳を塞ぎ、何とか遣り過ごすのが精一杯と言う日が多くなったようです。

 

 廊下で学君に声を掛けられ、少し話を弾ませた後、病室に戻って来ると、顔を真っ赤に上気させた森田晶子先生がぼぉーっとした様子で座っていました。

 晶子先生は美樹ちゃんの訪問教育を担当してくれている先生ですが、先生と言うよりお姉さんと言った方が好いような、まだ若く初々しいところがあり、女の子である美樹ちゃんから見ても、本当に可愛い女性でした。

「どうしたんですか、先生!? 何だか顔が赤いですよ」

 言われた晶子先生はちょっと慌てて、壁に掛けてあったドラえもんがデザインされた鏡を覗き込み、

「あら、ほんと! ぎりぎりだったので、駅から病院まで走って来たもんだから、熱くなったんだわ・・・。うふっ」

 そう言われると、実際にそうなのかも知れませんが、美樹ちゃんは、レディーと言うには未熟でも、女性の勘として、何だかちょっと違うなあ、と言う気がしてなりません。

 そんな視線で正面からまじまじと見詰められて、晶子先生は眩しそうに、

「そう言えば、さっき美樹ちゃんが廊下で広瀬学君と仲好さそうに話しているのを見掛けたんだけど、あの子は曙養護学校の中学部の1年生なんだって! 美樹ちゃんより2つ下で、知的にはかなり高いそうだけど、と言っても小学校の低学年ぐらいかしら? でもね、自閉傾向がかなり強い子らしいの。美樹ちゃんがごく自然に話しているのを見て、正直言って先生、ちょっと吃驚したわ。難しいことを思わなくても、やっぱり子どもは子ども同士、分かり合えるのね。そう思ったら、何だか嬉しくなって来たの」

「それで何か考え事をしているみたいに見えたんですか?」

「そう、そうなのよ! ごめんなさい・・・」

 美樹ちゃんはそれで納得が行ったような顔をし、話はそれで終わりましたが、やがて余計に、何かあったんだろうなあ? と言う気が強くして来ました。

 何故なら、普段の晶子先生は美樹ちゃんと同じで、明るく開放的には見えますが、物静かで、自分から率先して喋るよりも、人の話をじっくり聴く方だったからです。

 その時、廊下を通り掛かった30過ぎに見え、ちょっぴり野暮ったそうな感じの男性が、チラッと晶子先生の方に目を走らせ、直ぐに伏せて、面映ゆそうな表情で軽く会釈して行きます。

 それに素早く気付いてサッと視線を走らせ、同じようにはにかみながら会釈を返す晶子先生を見て、美樹ちゃんは確信しました。

 晶子先生はあの男性と何かあったに違いありません!

「先生、知っている人なんですか?」

 美樹ちゃんが視線で廊下の方を示して問うと、

「ええ、さっき話した学君のこと、あの方に聴いたの。彼は学君の訪問担当で、曙養護学校の藤沢慎二先生と仰るの」 

 そう言うだけで、晶子先生の目は美樹ちゃんを通り抜け、うっとりと遠くなって行きます。

 美樹ちゃんとしては、晶子先生を憧れの女性として観ているのに、普通の恋に落ちるなんてちょっぴり残念なような、何だか妬けるような、やっぱり幸せを願って応援したいような、暫らくの間、ちょっと複雑な感情に囚われていました。