sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

間垣家の日常(7)・・・R2.3.17①

          その7 本当って、一体何?

 

 今朝の生駒は薄い霧に覆われ、幽かに見えるだけである。しかし、あの霧の彼方に確実にあることを信じているから、騒いだりはしない。

 でも、本当に変わらぬ姿のままにあるのだろうか? あれはもしかしたらバーチャルな、ホログラムによる立体映像で、実は、本当の生駒山はよっこらしょと立ち上がって、露に濡れそぼり、縮こまった身体をう~んと伸ばして、乾かす為に散歩でもしているとすればどうだろう?

 お話とすればファンタジックで面白いが、本気でそんなことを考えていると、ちょっと厄介である。

 先ず周りの人と話が合わなくなる。これは確実である。

 初めは面白がり、ショートショートでも書こうものなら、秘かなファンが付くこともあるだろう。ちょうど心霊科学研究所における初めの部署である研究研修準備室にいた間垣武弘がそうであった。ショートショート、エッセイ、日記等、何でも(もっとも、本人の中で明確に区別していたわけではないが)、書けば喜んで読んで貰えた。それも、素人が書いたものを読むほどの文学趣味と自由になる時間を持った若い女性が多かったから、武弘はもう、得意の絶頂であった。

 しかし、時間が経つに連れ、作り事と承知して書いているのか? それともそうでないのか? 素人にも何となく分かって来るものである。正常に位置付けられている人がずっと意識を飛ばし続けているのは至難の業で、きっと疲れが見えて来る。

 それに、自分でも本当に大丈夫かどうか迷い出し、怖くなって来るから、反動として、時々賢さや常識的なところを必要以上に見せたくなる。ちょうど昨今の、高学歴若手お笑い芸人のように・・・。

 美意識としてそんな安直な手に頼らずに異質な世界を提供し続けようとすれば、時々休んで充電するか、薬の手を借りるか、何らかの手立てを考えないことには、遅かれ早かれ異界とのチャンネルが繋がり、実際に交信を持てる人になってしまう。

 勿論それは、周りの現実世界に住む人とは相容れない人で、最早半分人扱いされなくなった存在とも言える。テレビ、本等のフィルターを通さなければ怖くて近付けない存在なのである。たとえば美輪明宏さんのように、携帯の待ち受け画面にされ、悪魔払いのお札代わりにされたりする。

 武弘の場合、異界とのチャンネルが開かれたのは事実であるが、生憎、ごく近くの人達を楽しませる程度の表現力しか持たなかったから、正体が見え始め、やんわり敬遠され出してからの引きは早かった。直ぐに顧みられなくなり、研究研修準備室を出る前の数か月は、空き時間に適当な空き部屋を探し、独りで黙々と書くだけの人になっていた。

 それが、前の部署である研究開発室に移ってからは急激に忙しくなり、異質な世界でのんびり遊んでいる余裕など見る見る内に奪われて行った。

 初めはそれでも何とかなるものである。気が動くことにより新たなエネルギーが得られ、勢いで動けるものなのだ。

 しかし、所詮は付け焼刃である。一息吐けば剥がれ出し、現実がぐっと圧し掛かって来る。僅かな隙間を狙って川柳や折り句に遊んではみたが、焼け石に水、灯篭に斧である。何の支えにもならず、一気に異界へと雪崩落ちた。

 当然お荷物となった武弘は今の部署である亜空間空想科学開発室所管資料準備室に移されることになる。
 
 こうしてまた武弘は、ゆっくり異界との交信を図れる時間を持てることになった。何処かに発表するわけではないし、個人的に誰かに見せるわけではない。精々、妻の芳香や子ども等に覗かれるぐらいであるから、結実する成果は現実世界とどんどんかけ離れて行く。もし勇気を出して読めば、稚拙な分、余計に真っ当な神経に引っ掛かり、怪しく揺さ振られることになるから、覚悟なくゆめゆめ手を出すなかれ、の世界である。

 次に、現実世界からかけ離れた世界で遊ぶようになると、遺産でもない限り、確実に経済的なピンチが訪れる。この世は合わせて何ぼの世界で、合わせる程度に応じて幾ばくかのお給金が与えられ、生計を維持出来る。現実世界とのチャンネルが確実に開かれていても何とか健康的に生きて行くのが精一杯という今日この頃。閉じられるか、そこまでは行かなくても、他のチャンネルの方が選ばれがちになれば、推して知るべしである。

 と言うわけで、間垣家は風前の灯を何とか掻き立てながら、消さないように細々と2年近くやって来た。これも芳香の明晰な頭脳と鋭い現実感覚があればこそである。今の武弘はそんなことに頓着なく、毎日機嫌よく書斎生活を楽しんでいる。

 要するに、病気で困るのは、本人以上に周りなのだ。そういう意味でも、病気は社会が作るものとも言えよう。

 ところで、芳香は芳香で異界とのチャンネルを持ち、と言うか、武弘以上に異界とのパイプが太いのであるが、生まれ付き備わっている能力故、必要に応じて置くことが出来るのだ。その違いは大きい。

 

 さてそんな或る日のこと、武弘は車窓から霞む生駒を眺めながら、生駒駅までやって来た。東大阪市にある心霊科学研究所に行く為には、ここで奈良線の電車に乗り換える。

 武弘にとって、このときも楽しみが大きい。綺麗なお姉さんの颯爽と歩く姿で目を楽しませるだけではなく、ここは一種の霊場なのだ。

 霧にけぶっていた生駒。その山麓にいる自分。大阪方面行の電車に乗り換えると、目の前に生駒トンネルが口を開けて静かに待っている。直ぐに否応なく飲み込まれてしまうかと思うと、全身が自然と震えて来る。

 緊張の一瞬である。目を閉じて、全身の筋肉に緊張が漲り、小刻みに震え始める。

 意識が遠のいたかと思うと、たっぷり湿り気を帯び、外よりむしろ涼しげにさえ感じられる体内にすぅーっと入った。口からと言うより、鼻の穴から入れられた内視鏡のような感じである。

 現実社会との大きなチャンネルである携帯電話は最早通じない(※これを書いた当時はそうであった)。ここでは頭の中に直接飛び込んで来る異界とのチャンネルしか開かれていないのだ。

 生駒トンネルを抜けて石切駅に着いたとき、武弘は口の端からよだれを垂らしながら、欠けた前歯を何本も覗かせて、だらしない笑いを浮かべていた。そして、一瞬表情を引き締め、足下に落ちていた携帯電話機をおもむろに拾い上げて、莞爾と笑ったかと思うと、忙しくボタンを押し始めた。

 どうやら、生駒トンネルを通っている間にまた、武弘の頭の中には小話になりそうな怪しげな電磁波が忍び込んで来たらしい。その証拠にアンテナ代わりの頭髪が何本か、ピンと立っていた。

 

        本当と夢の間を行き来して
        独り異界に彷徨うのかも