sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

間垣家の日常(8)・・・R2.3.18①

          その8 カウンセリングマインド

 

「退屈が人を駄目にする。なんてなんて言われても、私には何も出来ないの。歌を歌えば、直ぐに、止めろぉ! と罵声が飛ぶし、運動はまるで駄目。ダンスクラブに行っても、合わせられないから、神経を使うだけでちっとも面白くない。他人の話が聞けず、場の空気が読めないから、他人と付き合うのは難しい。では独りで何か創作するのはどうかと思い、陶芸、絵画、彫刻、俳句、短歌、川柳、等々、色々やってみても、どれも上手く行かず、面白くないから続かない・・・。嗚呼、先生、一体私はどうしたら好いのでしょうかぁ?」

「ふぅ~ん、よく並べたねぇ~。それだけ駄目なことを数え上げたら、かえって面白いでしょう? それに、執着するから不満も出て来る・・・。でもまあ、駄目、駄目と不満を言い募る元気、理想を求め続ける元気があれば十分かぁ~。フフッ。では、また来週のこの時間に来て下さい」

 クライエントの話をある程度勢いが収まるまで聴き、それからおもむろに、半分肯定するような形で、気持ちが楽になるような考え方を提示する。間垣武弘は職場の心霊科学研究所の研修で習ったことに沿って外部で片手間に時々趣味的に引き受けるカウンセリングをこなし、時計をチラッと見て、適当にまとめた。

 今日の約束はこれで終わりである。ここまでならば2000円で、それ以上続けると追加料金が発生するし、長く続ければ好いというわけでもない。決めた時間ずつ、一定の間隔を置いて続けて行くことが大事なのだ。あらかじめ決めた時間を厳しく守ろうとすることで、経済的に助かるだけではなく、約束を守る、生活にリズムを付ける等、色々社会生活に必要なことが学べる。

 クライエントがカウンセリングルームから出て行った後、反対側のドアから出た武弘は出口に向かう。

「ありがとうございました」

 受付嬢に見送られ、武弘は外に出た。

「ううっ! 眩しい」

 舗装路からの照り返しがきつい。

 ここは道頓堀。武弘が出て来たところの看板には、

『カウンセリングルーム 愛の館  あなたのカウンセリングマインドでクライエント嬢を妖しく癒してあげて下さい』

 と書いてあった。

 武弘はここに週に1回通うのを楽しみにしていた。30分ワンセットならば基本料金の2000円で済む。それでは綺麗なお姉さんとただ喋るだけであるが、淡白な武弘にはそれで十分であった。

 武弘のようなあっさりした、清純派? の客が8割。お店の方も心得たもので、商売として見合う、しかも利用客にも無理のない料金体系を設定してある。それ以上のサービスは合法内から非合法の果てまで、話の流れ次第、懐次第。その点もカウンセリングマインドを大切にしているお店であった。

 しかし、この頃どうも調子が出ない。こんな風に時間を潰していて好いのかなあ? という気になって来る。

 それはどうも妻の芳香が家族4人分より1セット多めに食事を出すようになってからのことで、武弘には見えないし、聴こえないのであるが、芳香によると、確かに誰か降りて来ているし、出せば何時の間にか減っているのだと言う。

 初めはそんなものかと思っていたが、少しずつ朝の流れがスムーズになり、忙しくなって行った。

 それと共に、武弘は昇進し、息子の史昭と娘の美香の成績が目に見えて上昇し始めた。

 でも、その分気忙しくなり、心が貧しくなって来たような気がし、武弘は、どうもカウンセリングごっこをしているだけでは満たされない寂しさがあることに薄々気付き始めた。

 どうやら他人の生活を覗き見ている気になっただけでは駄目なようだなあ? それ以外は気忙しく働き続けているだけだし、ちっとも充実感がない。前は前でちょっと変な気はしていたが、今、考えてみれば、あれはあれでも好かった。微温湯(ぬるまゆ)に浸かっているような安心感があった。中々外に出られなくても、少なくとも居心地は悪くなかった。それがこの頃では、家の中がギスギスして来ただけではなく、外では時間に追われて、その分、肩書きが立派になり、収入が増えても、ちっとも面白くない。こんなことなら此方が綺麗なお姉さんにカウンセリングして欲しいよぅ~。

 その頃のことである。どうやら芳香も気付いていたようで、食事を家族の分だけに戻し、余分に出さなくなった。

 それからしばらくして、間垣家の朝は元の滞りを見せるようになり、やがて武弘、史昭、美香の上昇機運は完全に去って行ったが、家族みんなの顔から緊張感も抜けて行った。

 そしてまた、武弘は時間とお金を作ってはこっそりと道頓堀のカウンセリングルームにせっせと通うようになった。

 えっ? 武弘の反省はどうなったのか、ですってぇ?

 家族が元に戻ったら、どうでも好くなったらしい。人の反省なんて所詮そんなものである。現状に不満があるから余計なことを考えるだけのことさ。フフッ。

 

        不満ならつい色々と考えて
        満足すれば唯生きるかも