第2章 その1
藤沢慎二が曙養護学校に来て先ず驚いたことは、朝の雑巾掛けである。
幅2間ぐらいある広い廊下に2、3人の生徒が横一列に並んでお尻を高く突き出し、担任の教員の掛け声と共に一斉に、勢いよく拭き始める。それが彼方此方のクラスで行われている姿にはある意味圧倒されるものがあり、思い付きでの批判を許さないものがあった。
『躾ける先生等も凄いけど、従う生徒等も凄いなあ。流石3年生やぁ~!? よう成長してるわぁ、ほんまに・・・』
きちんとしたことが大の苦手である慎二にすれば、ただただ感心するばかりである。
それでもよく観ていると、太っちょの子、気力の無い子等が次第に膝、続いて尻を付けてさぼろうとし始める。
が、担任の教員からは間髪入れず追い立てるような指示が飛び、それで駄目ならそんな子等は引っ張り上げられ、或いは押し上げられて、拭く体勢を取らされるのであった。
中でも、慎二が担任をしているクラスで一番体重がありそうな浜田純也がとうとう座り込んでしまい、もうひとりの担任、若杉美也子が幾ら叱り付けても、手を引っ張っても、梃子でも動こうとしない。
むしろ言えば言うほど駄々をこね出し、益々扱い難くなるばかりであった。
初めの内は何となく美也子のやり方に批判的であった慎二が、ぼんやりとその光景を眺めていると、業を煮やした美也子が不満そうな目をして、
「先生、黙って見ていないで、手伝って下さいよぅ! もっと頑張らせて下さい。純也君、やろうと思えば本当はもっと出来るんですよ。それを甘やかしていたら、後から純也君が苦労するんです」
かなりいきり立っている。
それでも慎二がのんびりした調子で、
「まあまあ。あんなに嫌がっていることだし・・・。それに顔や体中に汗を一杯掻いていますよ。少しぐらい休ませてあげればいいんやないですかぁ~!?」
「先生がそんな甘いことを言うてるから、甘えようとしているんですよ。分かりませんか!? 先生が来るまでの純也君はこんなに扱い難いこと、なかったわぁ~! この子、ほんまによう状況が分かっているぁ~」
慎二の反応を見て、美也子は余計に苛々し始めたようである。
そんな慎二も何日か経つ内に周りの動きに飲み込まれて、さぼろうとする子に大声で気合を入れたり、お尻を叩いて叱ったり、腕を引っ張り回したり、すっかり偉そうな立場になり始めていた。
それが好いと思ったと言うよりも、毎度毎度美也子と同じような遣り取りをすることが面倒になって来たのである。
調教と見える指導に疑問でも
何時しか慣れて従うのかも
疑問持ち議論重ねる面倒を
避けている内染まり出すかも
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ただ養護学校の好い面は保護者を含め、大人の目が彼方此方から一杯入っているところである。
疑問に感じられたことは比較的直ぐに声となり、それがやがて大きくなって来るから、速やかに改善されることも多い。
それは子どもの声が上がって気難いからであるが、それもはっきりした言葉となり難いだけであって、表現は何も言葉だけでされるものではない。
それに、それを聴こうと思う人からすれば、意外と聴こえて来るものである。