第2章 その7
細々と動き続ける体力が
確り付いて自信出たかも
夏休み後のプールの授業のときのことである。出来るだけ長く泳ぐ課題の日で、藤沢慎二は下手ながらずっと泳ぎ続けていた。
隣のコースで泳いでいる柔道部で同学年の安城徹が呆れたように言う。
「藤沢・・・。ようそんな泳ぎ方で泳ぎ続けられるなあ!?」
身長では少し高いだけであったが、体重は10㎏近く重い自分に比べてかなり貧弱に見える慎二の体力に本心から感心しているようであった。
「そうかなあ?」
慎二は持久力だけには自信が付いて来た。
いや、元々あったことに気付いていなかったのを部活動によって知らされたと言うべきかも知れない。
そんな慎二を見ながら、安城が感に堪えないように言う。
「脚は沈み掛けているし、殆んど腕力だけやん。ほんと、凄いなあ!」
その後も慎二は泳ぎ続け、結局、授業時間が終わるまで一度も底に足を下ろさずに泳ぎ切った。
柔道部においても慎二は、ヨレヨレに見えて、何時まででも同じペースで練習し続けることが出来た。ランニング、ウエイトトレーニング等の基礎練習において慎二は、比較的軽い負荷で他人が呆れるほど続けていることがよくあった。打ち込み、乱取り、寝技等、強くも上手くもなく、むしろ真逆であったが、続けること自体は一定のペースで続けられた。
そんなところから、周りは慎二がもっと強い力を出せるとをでも思うのか、ベンチプレスで50㎏も持ち上げられないのを見て意外な顔をする。また、体育大会の1500走で6分も掛かるのを見て、「普段から考えたら遅過ぎる」と言う。
慎二にすれば何も変なことはなかった。持久力はあっても瞬発力がなく、おまけに酷い上がり症でもあったから、人前で瞬間的に普段以上の力を出すなどと言う芸当が出来ないだけのことであった。
当然、練習試合であろうと、昇段試験であろうと、人前で見られながら力を集中することが中々出来なかった。
新しく切り込む力ないけれど
覚えたことは忘れないかも
勉強の方でも慎二は、新しいことを素早く理解し、応用することに長けていたわけではないが、一度理解し、覚えたことは中々忘れなかった。つまり、応用力より暗記力に強いタイプであった。発想は豊かでもないし、初めての難問に当たれば慌ててしまい、頭の中が真っ白になってしまう方であるのに、定期試験では高得点を重ね、頭が好いように思われがちなのは、我が国における試験の多くが、暗記力を試すことに偏っているからであろう。
そして、慎二の得意とする定期試験の季節がやって来た。クラブが試験休みになると、普段の予習中心の勉強から試験対策の勉強中心に切り替え、万全を期した。
お陰で2学期の中間試験でも慎二はかなりの手応えがあったようで、夏休み最後の実力試験で受けたショックも殆んど癒えたようであった。
ライバルが出て来たことが不思議かな
昔を思いしみじみとして
世界史の授業が終わり、担当の岡元が帰った後、下山学が言う。
「なあなあ、藤沢君。今のテスト、何点やったぁ?」
慎二はその辺り鷹揚で、別に隠す気はない。
「世界史かぁ~? 97点やったわぁ~」
「わぁ、ええなあ~! また差を付けられた。僕は88点やったから、これで合計28点差かぁ~!? 後はリーダーだけやし、もう完全に負けやなあ」
「そんなん分からへんよ。僕、英語は何時も60点台やし、下山君は英語が得意やから、十分射程距離とちゃうかぁ~!?」
「そうかなあ?」
下山は満更でもなさそうである。
慎二は下山に話を合わせながら、恥じることの多かった1年生のときを思えば、自分がそんな風に他人から意識される存在になったことに、いまだに不思議な気持ちを抱いていた。
結局、リーダーでは下山が92点、慎二が72点であったから、下山は合計で慎二を抜くことが出来なかった。
柔道部における学業成績のライバルと慎二が勝手に思っている優等生の松本昭雄も例によって定期試験では力が出ない(出さない?)ようで、慎二よりかなり下であった。
試験後の担任面談で岡元は、実力試験には振れず、中間試験の結果だけをあっさりと告げた。
クラスでは慎二が2番、下山が3番、学年では慎二が22番、下山が36番であった。
そして、柔道部の練習が始まる前に松本に確かめると、学年で65番だと言う。
慎二はまた日常を取り戻した。次の日の授業を予習し、それで安心して床に就いた。そして授業中は相変わらず夢の世界に遊んでいた。