sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(14)・・・R2年1.13②

          第2章  その4

 

        柔道は成績ほどに伸びもせず
        焦り覚える時期になるかも

 

 藤沢慎二は高校の2年になってから勉強の方が飛躍的に伸び、それが安定して来たのに比べて、柔道の方は相変わらず弱かった。
 同期の部員は1年生の後半から次々と初段を取り出し、2年生に上がると大体が1学期の間に取ってしまったにも拘わらず、慎二はいまだに振り出しにいる。取れそうになく、退部して行った者も何人かいたから、白帯で残っているのは慎二だけであった。
 そろそろ1点ぐらい取っておかなければ・・・。
 もう二段への得点を重ね始めている部員もいると言うのに、慎二は3点取らなければ初段になれないところを、まだ1点も取れていなかった。昇段試験に行っても慎二は投げられてばかりいたのである。
 たとえば4月の昇段試験では、組み合った相手の胸に見事な剛毛がびっしりと生えており、それに感心して見惚れている内に飛んでいた。
 5月の昇段試合では、相手がそれまでに10人以上を軽がると投げ飛ばしていた猛者だったので、審判から「始め!」の合図が発せられると共に殆んど吸い寄せられるように組み合い、気が付いたときには畳に叩き付けられていた。
 6月の昇段試験では、相手の体格がそんなに変わらないように見えたし、あまり強くないようにも見えたので、慎二の方からもたれ気味の払い越しに行ったころ、あっさり返されてしまった。

 そして、いよいよ7月の昇段試験の日がやって来た。慎二は後輩たちと京橋で待ち合わせ、京阪電車天満橋まで出て、大阪城公園内にある修道館に向かった。逸る気持ちを抑えかね、慎二は足取りが軽過ぎるほどであった。
 修道館に着き、組み合わせ表を貰うと、慎二の順番はグループの大分後の方であるから、出番は昼前頃になりそうだった。
 仕方がない。それまで後輩たちの応援でもしながら体を温めておくかぁ~!?
 覚悟を決めて慎二は後輩たちと一緒に着替えに向かった。
 更衣室に入ったとき、後輩の森崎克己が慎二の腕を突き、右手前方を見るように促す。
 示された方を見ると、ボディービルダーのように見事に鍛え上げた上半身を誇示するような選手が目に付いた。
 嗚呼、あんな奴に当たったらどうしよう?
 もうそれだけで結果は見えたようなものであった。
 その選手が出て行ってから森崎が言う。
「どうやら、あいつは警察学校の奴らしいですわぁ~。あいつらは大体、上半身の力は強いんやけど、立ち技は素直なことが多いし、寝技には意外と弱いから、当たっても、そんなに怖がらんでもええと思いますよぅ。先輩のしつこい絞めや関節が効くのとちゃいますかぁ~?」
「そう言うてもなあ・・・」
 慎二はもう当たったような気になり頭が真っ白になり始めていた。
 と言っても、ただ怖かっただけではない。自分が痩せている分、慎二はマッチョな身体に強く惹かれるところがあり、さっき見た警官の卵らしい選手の逞しい上半身が何時までも脳裏に残像として漂っていたのである。
 人間、好む、好まざるに拘わらず、意識し過ぎると、互いを引き寄せ合う不思議な力が働くようである。このときもまさにそんな感じであった。

 

        意識して相手を見れば
        妖しげな何かが飛んで近付くのかも

 

 朝から意識していたあのマッチョな警官の卵が、どう言う縁か慎二の属するグループの対戦する側に入っており、同じような順番に並んでいる。
 どうかあの強そうな選手に当たりませんように・・・。
 そう祈っていると、勝ち抜き戦なので途中から少しずれて来た。慎二の前の選手が呼ばれたとき、相手側のまだ5人ほど先にマッチョマンがいる。
 これは大丈夫そうだなあ!? フフッ。此方から今出た選手もまあまあ強そうやけど、抜いても2、3人だろうから、俺はマッチョマンの数人前に当たる。俺が2、3人抜くなんてことは絶対にないから、どう考えても俺がマッチョマンに当たることはないやろぉ。
 安心し掛けていると、慎二の前の選手は接戦ながらも次々と抜き去り、何とあのマッチョマンに当たってしまったではないか!
 そして、もう疲れがピークに達していたようで、接戦の末、マッチョマンが優勢勝ちを収めた。
 嗚呼、どうすればいいんだぁ!?
 慎二の顔面は緊張で蒼白になっていた。
「先輩、あのマッチョマン、大したことなさそうですよぉ!? 何人も抜いてヨレヨレになった選手に何とか勝てただけですから。頑張って下さい!」
 試合を終えた森崎が気休めを言ってくれるが、聞いたからと言って、癒されはしない。
 此方の選手も強かったし、接戦にせよ勝てたんやから、やっぱりマッチョマンは強いんやぁ。でも、仕方がない。何時ものことやぁ。
 覚悟を決めて慎二は前に出た。
 好い匂いがする・・・。
 本来ならば慎二はここで見事に中に舞い、あっさり負けているはずであった。
 しかし、結果は不思議なことに、周り、そして自分の予想に反して慎二が勝ちを収めた。
 力は確かに強く、強引な大外狩りを掛けられたのであるが、切れ味は意外に鈍く、決められた試合場内を一緒にぐるぐる回り、倒されるまで絡み付いている間に、慎二は何とか上体を捻ることが出来たから、技ありで済んだ。

 そして、その後素早く相手を寝技に引っ張り込み、相手の分厚い背中に回り込むことが出来た。
 そうなればしめたものである。慎二は細い腕を蛇のように首に絡ませ、柔らかい身体を生かして足も絡ませて強引に締め上げ、見事、相手から「参った!」をもぎ取ったのであった。
 次の試合では何時も通りにあっさりと投げられてしまったが、慎二は嬉しくて仕方がない。

 成績は上がったし、昇段試験で1点も取った。これで楽しい夏休みになりそうやなあ。フフッ。
 後輩たちは、1年遅れで漸く自分たちと同じように1点取れたことを大仰に喜ぶ慎二をちょっと哀れむような表情で見ていたが、そんなことなどどうでもいいぐらい、その日の慎二は弾んでいた。
 この分では柔道の方も上手く行きそうやぁ!?
 しかし、現実はそんなに甘いものではない。その後の昇段試験で慎二はまた負け続け、持ち点が1点のまま中々進まなかったが、それはまあ後日の話。

 

        似通った空気の所為で引き合って
        やがて心が繋がるのかも

 

        合宿で不安が高じ
        我の手をそっと握って歩き出す君

 

        手を繋ぎ不安去るなら其れもよし
        暫らく我の手を取り給え

 

 夏休みの合宿中のこと、柔道も学業も優等生の松本昭雄が酷い下痢に陥り、見る見る痩せて行く。どうやら夏の練習で疲れが出たところに、西瓜、ジュース等、冷たいものが応えたらしい。
 155㎝ほどと背が低くても、がっしりしていたからそれなりの存在感があったのに、痩せてしまうとえらく小さく見えた。
 それでも、根性のある松本はさぼろうとせず、何とか練習に参加している。見上げたものではないか!? この根性が勉強の方でも出ているのであろう。

 その勉強で期末試験でも松本を上回った慎二は、漸く気持ちの余裕が出て同じ土俵に立てるようになった所為か、2年になってから松本と親しく付き合うようになっていた。
 と言っても、クラスでライバル心を剥き出しにされる下山の場合とは違い、変に競い合うことがなかった。どうやら松本が定期試験では適当に手を抜き出しているようなので、少しぐらいの点数の差に一喜一憂するのが馬鹿馬鹿しく思えたのである。
 では何が2人を引き寄せ合ったのか?
 それは同じ空気を持っていたからであろう。
 付き合いが深まるに連れ、松本の家が慎二の家ほどではないにせよ、決して裕福ではなく、松本がアルバイトと奨学金を視野に入れながら進学を目指していることを知り、慎二は余計に親近感を抱くのであった。
 どうやら1年生の間は、慎二の強いコンプレックスの所為で、何処か近付き難いものがあったようである。

 それはまあともかく、昼間、我慢しながらも何とか練習している間はまだまよかった。中学校のときからしっかり練習を積んでいた松本は、弱っているとは言え、慎二に比べれば十分に強かった。
 しかし夜になると、何処か不安な気持ちが出て来るのか、銭湯からの帰り、夜道に紛れて慎二の手をそっと握るのであった。
 中学生になってからは日常で他人の手を握ることなど殆んどなくなっていた。慎二にとってはフォークダンスと言う特別な場合以外に他人の手の温もり、湿り気を感じることはなかったのである。
 それが今、しかも同性と・・・。
 慎二はちょっと微妙な気持ちになったが、松本の顔を横目でそっと見ると、真正面を向いたまま、照れ臭さを隠して、気弱そうで本来の生真面目そうな顔をしている。
 仕方がない・・・。
 慎二は松本とそのまま手を繋いで歩くことにした。
 覚悟を決めて歩いてみると、心が通い合うようで、何となく落ち着く。
 そうかぁ~!? 松本はこれが欲しかったんだ・・・。
 慎二は少しでも松本の役に立てていることが嬉しかった。