sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

人は見た目が9割!?(最新版その49)・・・R4.1.14①

            その49

 令和2年6月下旬の或る朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着いて、玄関ホールの受付前に設置してあるタイレコーダーにICチップ入りの職員証をスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液を掌に溢れんばかりにたっぷりと取り、その中で手指を丸めたり、伸ばしたり、擦り合わせたり、爪の間にも染み込ませようと指先を掌でトントンしたりし、ともかく丁寧過ぎるぐらい念入りに消毒する。

 この消毒液は大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の皆が日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だか減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも気になって一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だからついでに洗面所に寄って、持参した米国製超強力うがい薬、「Tレックスマウスウオッシュ」で何回もうがいをしておく。

 そんな一定の安心感が得られる程の儀式的なことまで済ませ、ふぅーふぅー言いながら階段を3階まで上がり、執務室に入って来たら、これも何時も通り、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、ちょっと古めのiPhoneの端に何本かひびが入った液晶画面を食い入るように見詰めてはぶつぶつ独り言ちながら、頻りにメモを取っていた。その変わらなさ加減にも結構大きな安心感があった。

「おはよ~う」

「おはようございま~す」

 習慣的な朝の挨拶を交わした後、我が国では急速に新型コロナウイルス感染症が収まりつつあると漸く安心し掛けていたら、緊急事態宣言、休業要請、都道府県をまたぐ移動自粛等の解除の影響が早速出ているのか? この頃また無視出来ないほどの新規感染者が福岡県、大阪府、神奈川県、東京都、埼玉県、千葉県、北海道等と、広範囲に亙って出ていること、大阪でも難波、心斎橋、梅田、天王寺、京橋等の繁華街では人波が確実に増えて来ていること、通勤電車や駅に学生が見られるようになり、まあまあ混んでいるときも増えたこと、外国では米国、ブラジル、イギリス、イタリア、ロシア、インド、イランと相変わらず広範囲に亙って猛威を振るっていること等、一頻り世間話をし、それから慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そしてそばには、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。

 迷うところがあったのか? その後は暫らく考えて、それからおもむろに年季の入ったデータ容量が僅か256MBのUSBメモリー、「愛のバトン」を取り出して「神の手」にそっと奥まで挿し込み、休みの間に家でまた書き進めていた私小説っぽい作品、「明けない夜はない?」の一部を取り出して、見直しながら加筆訂正を始める。

 ファンドさんの気持ちは既に投資情報に移っており、またiPhoneの液晶画面を食い入るように見詰めてはぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取り始めた。

 

          明けない夜はない?

            その11

 元気盛りの一般的な高校生にとっては勉強以外であれば大抵のことが面白い。いや、その勉強でさえも一緒にする気に入った誰かがいれば面白くなる。そんな一般的な高校生達が気の合う同士大勢集まって日常から離れた場所に向かっていれば騒がしくて仕方が無くても当然のことであろう。

 と言うわけで、大阪府北河内高校女子バスケットボール部御一行35名様を乗せて思い切り賑やかになった大型観光バスが昭和61年の夏の或る日、一路合宿地である北陸の福井県大飯郡高浜町へと向かっていた。

 常勤講師として顧問を引き受け、その一員となっていた青木健吾は、自分から積極的に引き受けて手配した合宿の緊張感を出発してから暫らくの間こそ保っていたが、次第に賑やかになって来たバス内を飛び交っている黄色い声(※1)にすっかり魅了され、癒されていた。そして座席が運転手の直ぐ後ろと後ろから3分の1ぐらいと大分離れているにも関わらず、教師と生徒との淡い関係を超えた存在として少なからず気になっている中野昭江の少し低く、しっとりと落ち着いた声を確りと聴き分けていた。

 

 京都を過ぎた辺りであった。健吾が安心感もあってうとうとし掛けていると、横から胸の辺りにお菓子の袋がいきなりのように差し出され、声を掛けられた。

「青木先生、よろしかったらどうぞ・・・」

 健吾と同じく顧問を務めている英語教師の袴田久美子であった。教諭なので、常勤講師の健吾よりは立場的に格上であったが、普段の練習、練習試合等の付き添いは大抵健吾に任せ、公式戦、合宿等、大きな責任を伴う場合には付き添うことにしている。元々体育会系ではない久美子であるが、女子のクラブであるから女性の顧問も一応付けておくべきと言う学校側の配慮でもあった。

 それはまあともかく、お菓子であれば大抵好きな健吾は遠慮なく貰っておくことにする。

「あっ、すみません! もう、京都を過ぎましたねえ!? それにしても流石女子高生、皆ほんとうに賑やかですねえ?」

「ウフフッ。ほんとうに・・・。期末試験の結果も出たし、今が一番好い頃かしら・・・」

 そう言う久美子も学校に居る時よりはかなり華やいでいる。

《英文学が専門で、確か京都にあるまあまあ有名な立志社女子大学を出ていて、もう直ぐ28歳になるって昭江と加奈子が言ってたなあ。そしたら俺より2つ上になるんかなあ・・・》

 急に身近に思えて来て、健吾は俄かに緊張を覚え出した。

 その時、2年生でお調子者のムードメーカー、葉山涼香から、

「青木先生、袴田先生、好い感じのところを申し訳ないんですけど、そろそろカラオケタイムと行きませんか!? 先ずはデュエットお願いしま~す!」

 大きな声が掛った。

 それに大勢からの拍手と歓声も続く。

 嫌がるのかと思ったら、久美子は満更でもなさそうであった。

 健吾は人見知りが強く、後ろに昭江がいるかと思ったら大勢の人前で歌う自信などとてもなかったが、この雰囲気になったら仕方が無い!? と覚悟を決めて、

「しゃあないなあ。ほな袴田先生、銀座の恋の物語、でも行きますか~!?」

 と言いながら久美子の方をちらっと見る。

「じゃあそれで・・・」

 久美子も異存がなさそうで、バスガイドが手際よくマイクを2本回し、カラオケを掛けてくれた。

 

 ♪ここ~ろの~、そこ~まで~、しびれるよ~な~
   とい~きが~、せつ~ない~、ささやきだから~♪

 

 意外と上手く行ったようで、歌い終わると拍手と歓声が鳴り響いた。

「青木先生、すご~い!? 低音の魅力ぅ~!」

「アンコールお願いしま~す!」

「アンコール! アンコール!」

 勢いで思わずもう1曲行きそうになったが、そこはグッと抑えて、健吾はマイクを2本とも後ろの生徒に渡して決然と言う。

「もうええって! 後は皆で楽しみぃ~!」

「はぁ~い!」

 それで誰も異存はないようであった。

 

 ワイワイ言っている内にバスは福井県に入り、やがて海が見えて来た。

「わぁ~、凄い! 海やぁ、海ぃ~!」

「ほんま、海やぁ~!」

「青くてとっても綺麗・・・」

 北河内から大阪湾まではかなりあり、それに頑張って行ったとしても海らしい海なんか殆んど見ることが出来ない。大抵は工場等からの排水に含まれていた油や富栄養化により発生した赤潮が浮いている。少しはましな海を見たければ兵庫県岡山県に寄った辺りか、和歌山県辺りまで足を延ばす必要があるが、それでも日本海に比べると大分汚れている。生徒達にとっては久しぶりに旅行気分にさせてくれる、青々として透き通った、まともな海が目の前にあった。

 

 その海を見ながら暫らく走って、着いたのはまあまあ大きめの民宿であった。玄関の案内板には大阪府北河内高校女子バスケットボール部御一行様以外に京都朝鮮高級学校(※2)水泳部御一行様ともあった。

 案内された部屋に荷物を置いた後、早速食堂に集合して昼食であったが、その時50歳ぐらいの民宿の主人がにこにこしながら出て来た。

「こんにちはぁ~」

 それを聞いた部員達も声を揃えて、

「こんにちはぁ~!」

「流石元気だねえ。今日から4日間、後から案内する体育館でしっかり練習して、ここではゆっくり寛いでください。お腹が減ったでしょうから、挨拶は短い方がいいね。早速昼食にしましょうか?」

 合宿の団体を始終受け入れているのか? すっかり慣れた様子であった。昼食も特に高級なものを使っているわけではないようであるが、ボリューム、栄養共にしっかり考えられているように思えるメニューであった。

 昼食後、海沿いの松林の中の道を腹ごなしにのんびり歩いて10分ほど行くと、私設のプレハブっぽい体育館があった。入ってみると、バスケットボールのコートが1面取れるようになっており、そこで柔道をする時もあるのか? 端の空いたところには薄緑色のビニールで覆った柔道用の畳が積み上げてあった。

 そんな様子を目にした皆の表情から察して、案内して来た民宿の主人は本当に申し訳なさそうに言う。

「狭くて申し訳ないね。町にはバスケットボールのコートが3面も取れる体育館が2つあって、本当は其方を使って欲しかったんだけど、生憎今年の夏は抽選に外れちゃってねえ・・・」

 確かに練習をするには其方が好さそうであるが、民宿がバスケットボールを出来る体育館まで持っているのも凄いように思えて来て、単純で人の好い健吾は感心しながら、

「いえ、別にまあこの人数ですから・・・。でも、個人で体育館を持っているなんて、何だか凄いですねえ!?」

 そう言われた民宿の主人は満更でもなさそうにバスケットボールを手にして、

「若い頃、これでも僕はちょっとバスケットボールをやっていて、国体にまでは出たことがあるんですよぅ~」

 そう言いながら段々自慢気な顔になり始め、ゴールの前に引いたフリースロラインすれすれに立ち、片手で軽やかにシュートを放ってみせた。

 そのままシュポっと入れば恰好が好かったのであるが、現実はそうも行かない。ボールは大分手前でお辞儀をして落ちてしまった。

 ちょっと恥ずかしそうになった主人は意地が出て来たのか? 顔を引き締め、慎重に狙ってもう一度放ったが、少しは近付いたものの、やはり届かず、

「前は届いたのになあ・・・。邪魔者はこれにて退散しますから、まあゆっくり練習して下さい・・・」

 そう言いながら、ちょっと照れ臭そうにそそくさと出て行った。

 部員達はそこで大声を出して笑うわけにも行かず、何もなかったかのように静かに練習を始めた。その辺りの遠慮はある、好く出来た子達であった。

 

 2時間ほど練習した後、民宿に帰って夕食前に入浴しようと言うことになり、健吾がお風呂場に入って行った時のこと、民宿にしては意外と大きく、そこに京都朝鮮高級学校の先生達が先に入っていた。

 健吾が遠慮がちに湯船に浸かって落ち着いた頃、近くに居た年配の先生、朴夏俊(パク・ハジュン)がごく自然な感じで話し掛ける。

「こんにちはぁ~。私、朴と言います。よろしくぅ」

「あっ、こんにちはぁ~。私は青木と申します。こちらこそよろしくぅ」

 少し離れたところに居た少し若く、如何にも水泳をやっているような体格の好い、程々に引き締まった先生も黙礼をするので、健吾も黙礼を返した。

 それをにこやかに確認してから朴が続ける。

「私達は京都からですけど、貴方達は大阪の北河内からでしたねえ!?」

「そうなんですぅ。私達は大阪からですぅ」

 朴の人懐っこい雰囲気がそうさせたのか? それとも文字通り裸の付き合いであるからか? 恥ずかしがりの健吾でも意外と気楽に話せた。

 幾らか話している内に、どうしても言っておきたかったという感じで朴が悔しさを滲ませながら言う。

「貴方達のところは確か結構な進学校と聴いているから、多くの生徒が普通に進学するのでしょうが、私達の学校からは勉強がかなり出来ても中々大学までは進学出来ないんですよ~」

 健吾にすれば一体何のことか分からず、

「・・・・・」

 返事は無くともしっかり受け止めていることを確認し、朴は続ける。

「この国では公式に高校と認められていないから、立命館とか、一部の認めてくれる大学にしか行けない(※3)んですよ・・・」

 それを聴いていて、素直な健吾は自分の国ながらちょっと恥ずかしくなって来た。

「そうなんですかあ~!? そんなことちっとも知らなかった。それにしても酷いですねえ・・・」

「そうでしょう!?」

 まさに裸の付き合いで、気を好くした朴はその後も色々教えてくれ、健吾はそれまでは大分遠い存在であった隣の国に一歩近付けた気がしていた。

 

 その辺りまでを見直しながら加筆訂正し、ちらっと時計に目を走らせると8時10分過ぎになっていたので、ここで置くことにした。

《これ以上続けると気持ちが持って行かれてしまうから、仕事にならへん・・・》

 そんなことを思いながら「愛のバトン」をそっと引き抜いた後、「神の手」を優しく閉じ、慎二が創作の余韻に浸ってしみじみとしていると、

「おはようございま~す」

「おはようございま~す」

「おはよ~う」

 井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。

 慎二はまだ恥ずかしさも少し残っていたが、ちょっとは軌道に乗り始め、この話に付いては自分なりに多少の自信と言うか、愛着も出始めているので、「神の手」を再び開き、メルカリさんの方にその液晶画面をおもむろに向けて、

「ふぅーっ」

 ひと息吐いて気持ちを落ち着けながら静かに問い掛ける。

「メルカリさん、どう、これぇ? ほら、この前もちょっと見てもろた書き掛けの小説みたいなもんの続きなんやけど、自分としてはまあまあ上手く書けてると思うんやけどなあ・・・」

 気の好いメルカリさんはニヤッと笑い、半分呆れ、半分感心しながら、

「そう言うたら、確かブログさんの若い頃らしい主人公がヒロインの所属する女子バスケットボール部のもう1人の顧問、妙齢の女性と揉めながらも夏の合宿が高浜に決まって、あの後どうなるのか? ちょっと気になってたんですわぁ~。それにしてもブログさん、毎朝、よう精が出ますねえ・・・」

 朝の忙しい時間帯の中でも厭わず、さっと目を走らせて行く。

「どれどれ・・・、ふむふむ・・・」

 読み終えてからちょっと考え、おもむろに口を開いた。

「そう言うたら、この辺りにも朝鮮高級学校、ありましたねえ。でも考えてみたらおかしなことに、僕らはその内実を殆んど知らないし、知ろうとも思わない・・・」

《おいおい。メルカリさん、珍しく真摯な目をして熱くなっているなあ》

 と思いつつも、慎二はどう言って好いのか言葉を探していると、メルカリさんは続けて、

「でも、ブログさんは若い頃にそんな熱い経験をして、これまで色々考えてはったんですねえ。流石です・・・」

 しみじみとそう言いながら立ち上がり、給湯室にコーヒーを淹れに行った。

 そこに事務を担当している若い依田絵美里が熱いお茶を淹れた備前焼のぷっくりした湯飲みを持って来て、慎二の机の上にそっと置き、「神の手」の液晶画面にさっと目を走らせた。

 読み終えてちょっと考えてから深くて遠い目をして、

「私、この近くですから、友達にも大阪朝鮮高級学校出身の子、何人かはいてるんです。両親が韓国出身の子も。付き合ってみると、当たり前のことですが、皆、何も変わらないのに、大人になるに連れて何かが変わってしまう・・・。それって、何だか寂しいですね!?」

 と言い、返事を待たずに離れて行った。

《皆、普段口には出さんでも、色々考えてるようやなあ。直ぐには答えが出えへん問題やとは思うけど、考えてみることに繋がったんやったら、それで好い・・・》

 慎二はそう思いながら絵美里の引き締まって強い意思が感じられる背中を父親の様な目で見ていた。

 

        主義主張超えて人間繋がって
        分かり合えたら嬉しいのかも

 

        人と人コロナを前に繋がって

        対抗すれば望ましいかも

 

※1 女性や子どもの甲高い声を指すが、ある資料によると江戸時代に音を青(緑)、白、赤、黒、黄と5色に分けることが流行っていたそうで、実はそのルーツは更に陰陽五行説の木、火、土、金、水まで遡るらしい。木=青、火=赤、土=黄、金=白、水=黒に相当し、仏教では高い音を黄色、低い音を赤色で表現したと言う。

※2 朝鮮学校自体は朝鮮民主主義人民共和国を支持する在日朝鮮人の組織である朝鮮総連およびその傘下の団体によって運営されている各種学校で、全国各地に設置されており、我が国の補助を受けられない非一条校に当たるそうである。我が国の学校制度に合わせて幼稚班、初級学校、中級学校、高級学校、大学校に分けられていると言う。

※3 非一条校であるのは我が国の文部科学省の定める課程の全ては満たしていないからで、朝鮮高級学校を卒業しても高校卒とは認定されないが、進学に関しては昨今大分緩和されているようである。高校卒と同等の学力を持つ者には個別に認められるようになり、先ず私立大学、公立大学へと広がったそうである。2003年8月に更に弾力化され、国立大学にまで広げられたと言う。中級学校から高校への進学も同様の動きがあるそうだ。