sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

季節の終わり(14)・・・R2.7.20②

          第5章 残酷な季節

 

              その1

 

 9月19日の午後、松村美樹の手術が予定されていた。抗がん剤の投与で何とか凌ぎながら様子を見ている内に心臓が思っていたより弱っていることが判明し、治療方針を決めかねていたのを、9月上旬になって漸く手術に踏み切ることが決まったのである。

《その後の色んな検査の結果、手術が無理だ、と言うような連絡は受けていないから、予定ならもう始まっているはず・・・。でも、本当に大丈夫かしら? 結構長い手術になるかも知れないらしい、とお母さんが言ってらしたけど・・・》

 放課後、クラブの練習を終えて音楽準備室に戻った森田晶子が、コーヒーを入れ、ぼんやりと美樹のことを思っていた。

 その時のことあった。窓際の棚に置いてある校内電話が鳴ったのは・・・。

  晶子は多少の胸騒ぎを覚えながら、

「ふぅーっ」

 と深呼吸をして、おもむろに受話器を取る。

「はい、もしもし、森田です」

📞あっ、森田先生! ま、松村美樹さんのお母さんから電話です。繋ぎますので、少し待って下さい。

 事務員が何だか慌てている様子である。

「もしもし、森田ですけど、松村さんですかぁ?」

📞あっ、先生。美樹が、美樹が、さっき息を引き取りました・・・。

「・・・・・・・・」

 突然のことに、晶子にとっては何だか声が酷く遠くに感じられて、急には言葉が出て来なかった。

📞先生、聞こえますか? 美樹が亡くなりました。

「ほ、本当ですかぁ、お母さん!? 美樹ちゃんが・・・。みきちゃん、そんなに悪かったんですか!?」

📞開けた時、思っていた以上に進行していて、深追いし過ぎたから、心臓が持たなかったらしいんです・・・。

「どうして、どうして火曜日に行った時もあんなに元気だった美樹ちゃんが・・・。お母さん、私、此方の用事を出来る限り早く片付けて、直ぐに其方に行きます! よろしいですか?」

📞はい・・・。そうしてやって下さい。美樹も喜ぶと思いますので、是非ともお願いします。

 

 受話器をゆっくり置いた後、暫らくして、人の気配がするので晶子が振り返ると、先輩音楽教師の美山雪彦が呆然とした様子で立っていた。

 目を真っ赤に腫らし、唇を震わせている。

 晶子が出来る限り声を震わせないように意識しながら、

「美樹ちゃんが、いや、松村美樹さんが先ほど亡くなったそうです」

 と報告すると、美山は怒ったように、

「うん、それは分かっている! 悪いとは思ったけど、君が電話で話しているのを聞いてしまった。何で、何であんな好い子が死ななあかんねや・・・」

 そう言って、後は言葉を詰まらせてしまった。

 感情の波が落ち着くのを待ってから、晶子が遠慮がちに、

「それで、私、美樹ちゃんのところに行きたいんですけど・・・」

 と言うと、美山は酷く真摯な目をして真っ直ぐに晶子の目を見詰めながら、

「そんなん、当たり前のことや! 今、直ぐに行ったり。後のことは僕がやっておくから・・・」

 と言い、晶子を送り出した。   

 

        当然の訃報が入り言葉なく

        ただ逢いたくて準備するかも

 

            その2

 

 自家用車で近城大学付属病院に向かう道すがら、行ったところで何をして好いのか分からないながら、森田晶子は一刻も早く美樹の顔が見たくて仕方がなかった。

 夕方の道路は込んでいて、中々進まない。普段の倍以上掛けて、病院に着いたのはもう6時過ぎであった。

 駐車場に車を止め、慌てて病室に駆け込んだ時には、松村美樹の母親の由樹と父親の謙二がなすすべなく悄然として座っており、ベッドは空っぽで、既に綺麗に整えられていた。それが余計に寂しさを掻き立てる。

「美樹ちゃんは?」

 晶子が怖る怖る尋ねると、由樹はもう泣く気力も失せたように、

「あっ、先生。本当に来て下さったんですねえ? ありがとうございます。美樹は地下の霊安室に居ますから、顔を見てやって下さい。お願いします・・・」

 と言いながら、力なく立ち上がる。

 謙二は泣きはらした顔を隠すように、顔を少し背けながら軽く会釈する。

 

 6階にある小児病棟から地下に降りるまでの間、晶子と由樹は一言も喋らず、互いに在りし日の美樹のことをぼんやりと考えていた。

 

 霊安室で見た美樹の顔は神々しいばかりに美しく、鼻の詰め物がなければ、今にも起き出して来そうな様子であった。

「先生。綺麗な顔でしょう!? あんまり苦しまなかったんですねえ。それだけが救いなんです・・・」

「ええ。そうですね・・・・」

 晶子はそれ以上何も返すことが出来なかった。

 それで好かった。こんな時にはどんな言葉を返しても嘘になる。ただ一緒に悲しめばそれで十分であった。

 

 大分経ってから、少し力が戻った様子で、由樹が静かに話し出す。

「今日は仮通夜をして、明日が通夜、明後日が告別式になります。宜しければ先生、出て上げて下さい。原因、責任等をはっきりさせる為にもう少し調べてみようか? と言う話にもなり掛けたんですけど、これ以上切り刻まれたら可哀想だし、それで美樹が生き返るわけでもないから、もう諦めたんです・・・」

 どうやら手術に関して微妙な話があったらしい。

「そうですか・・・。勿論、お通夜から出させていただきます! 明日、明後日とご一緒させていただいてもよろしいですかぁ?」

 

 学校を出る前、美山に優しく、

「僕も後から行くから、お通夜、告別式の手伝いをしておいで」

と言われているし、言われなくても、最後まで付き合いたかった。

 

「好いも何も、美樹も喜びます! こちらからお願いします・・・」

「それではこれから帰って連絡したり、用意したりして、明日、お伺いしたいと思っていますが、何時ぐらいにどこに伺えば宜しいですか?」

 晶子がそう聞くと、由樹はちょっと考える風にしながら、

「でも先生は、明日も昼間は学校ですよねえ?」

 と確認するように聞くので、晶子は自分の判断で決然と答える。

「ええ。でも、学校の方では都合を聞いて貰って何時でもお伺いしますから・・・」

 それを聞いて由樹はちょっと微笑を見せながら、

「それでは、よろしければ4時ぐらいに来て頂けますか? 場所は家の近所の集会所でしますので、直ぐに分かります」

 どうやら授業が終わってからの方が出易いだろうと、新米教師の晶子のことを気遣っているらしい。

「分かりました! その時間にはお伺いしますので、よろしくお願いします」

 晶子は素直に由樹の気持ちを受け入れ、それからもう一度美樹の顔をしっかりと見ながら、

《美樹ちゃん、頑張ったね。さようなら・・・》

 心の中でお別れを言ってから由樹に暇を告げた。  

 

        お互いに気遣いながら約束し

        別れの時を準備するかも