sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

そして季節の始まり(1)・・・R2.7.25①

          序章  恋の予感

 

 12月24日、世間ではクリスマスイブで浮かれているはずの日の寒い夜、野沢温泉村に向かう夜行バスが発着する大阪市内の南の繁華街、難波にあるバスセンターに向かいながら、藤沢慎二の心はほかほかと温かかった。

 別に、使い捨ての携帯カイロを入れているから、と言うようなありきたりの理由からではない。隕石に当たったような結婚騒ぎを除いて30歳を過ぎるまで持てたことがない慎二にとって、漸く本当の春が巡って来そうな予感がするのである。

 

 隕石が当たったような、と言いたくなる結婚騒ぎとは、お互いに相手を見ずに、しかもお互いが自分にとって都合のよい条件的判断だけで結婚の約束をし、新居を用意して、殆んど結婚式まで挙げようと言う秋口になって漸く解消するに至った元同僚、安永麻衣子との縁談である。

 結婚と言う響きにだけ酔っているような2人は、条件を具体的に詰めて行く段階でお互いを裏切り者とばかりに責め始め、傷付け合った。

 身も心も一体になって大いに仲よくする為に結婚するはずが、近付けば近付くほど激しく傷付け合ったのである。

 それが可笑しいことなど理性ではとっくに分かっているつもりでも、感情の大波に飲まれて、それから逃れるのに非常なエネルギーとそれなりの時間を要した。

 

 今、慎二が恋の予感を抱いている相手、森田晶子と病院への訪問教育と言う仕事を通して出会ったのは、麻衣子との間が直ぐにも切れそうな気配を漂わせながら、実際には中々切れず、グズグズと燻ぶっている夏の終わり頃であったが、その頃慎二と晶子は、勤務している学校も慎二が大阪府立の曙養護学校、晶子が大阪市立の西都中学校と、大分毛色が違うし、お互いにそれぞれの仕事に精一杯であったから、精神的にも未だ何も関わり合うものがなかった。

 明治の書生の生き残りかと揶揄されるほど昔気質で朴訥な慎二が晶子に惹かれるものを感じ出したのは、やはり麻衣子とのことがはっきり終わってからのことで、それでも未だその頃も2人の間にはもっと大きな感情が横たわっていて、気軽に付き合うまでには至らなかった。

 それが冬休みに入ろうと言う終業式の日、慎二の元に晶子からの心の籠もったクリスマスカードが届けられることにより、漸く春の兆しが見えて来たのである。

 

 藤沢さま 

  お元気ですか。悪い風邪なんか引いて寝込んだりはしていませんか。

  私は風邪で3日も学校を休んでしまいましたので、同じように独り暮らしをしているあなたのことが心配になりました。

  そして風邪で寝ている間、あなたがそばに居ないことを、今まで以上に淋しく感じている自分に気付き、ちょっと新鮮な驚きでした。また、大いなる喜びでした。

  よかったらまたお便り下さい。

  それではよいお年を!

                                    晶子

 

 今までプライベートな手紙でも宛名を「藤沢先生」としか書いたことがない晶子が、「藤沢さま」と書き、自分のことも「森田」ではなく、「晶子」と書いている。

《嗚呼、晶子さんは秋に亡くなった松村美樹ちゃんへの感情が漸く日常レベルに落ち着き、俺の愛を真面目に受け入れてくれようとしているんやなあ。よし、これから俺も真剣に付き合わなければあかんなあ・・・》

 そう思うと、慎二にも自分の教え子である広瀬学を通して晶子の教え子であった松村美樹の死に少なからぬ感情の高まりがあっただけに、大きな感情のうねりを整理するのに2か月近く掛かった晶子の優しさ、不器用なほどの律儀さに、余計に愛しさを覚えるのであった。

 信じは涙を溢れさせ、何度も何度も晶子からのクリスマスカードを読み返し、それから殆んど唯一と言っていいぐらいの友達である川田博美と約束していた野沢温泉村へのスキー旅行に参加する為、そのクリスマスカードを胸ポケットに突っ込み、家を出て来たのであった。

 

 川田も麻衣子と同様に慎二が大阪府の東部にある府立の秋川高校に勤めていた頃の同僚で、博美と言う可愛い名前に似合わず、慎二と同様に中年に差し掛かり始めた、少しばかり癖の強い独身男性である。慎二と違う面は、もう少し世間を知り、優しさ故にそれをまともには受け止めかねて斜に構えて生きているところで、その分、麻衣子と慎二との婚約の不誠実さ、胡散臭さに逸早く気付き、慎二に対しては何度も解消するようにと忠告していた。

 ただ忠告の仕方が素直ではない為に頑固な慎二の癇に障り、聞き入れるまでには至らなかったのである。

 と言うか、極めて小心者の慎二は、どんなことでも自分で失敗してみなければ改める勇気を持てなかったのであった。

 

 さて、バスは北に向かうに従って窓を水滴で曇らせ、心が湿り気を求めていたこの時にはそれが余計に旅情を誘った。

《もうどの辺りまで来ているんやろ? どうやら外は普段住んでいる大阪に比べてかなり寒いところを走っているらしいなあ・・・》

 慎二は強めに入れられた暖房に顔を火照らせて、つい先ほどまで近況報告し合っていた川田が既に心地よい寝息を立てているのを確り確認してから、胸ポケットをゴソゴソし、晶子からのクリスマスカードを取り出して、また何度も読み返した。

 今度は感情の嵐ではなく静かなうねりに洗われ、優しく癒されて、じわじわと目を潤ませるのであった。

 

        偽りの縁を解消すっきりし

        ほんとの愛に目覚めるのかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 昨日上げ終わった「季節の終わり」の続きのような話である。

 終わったところに以下のような言葉が残っていた。

 

 2004年8月23日午前11時半、アテネ惚けでよく分からないままに取り敢えず終了

 

 どうやらアテネオリンピックに興じ、貰った元気を駆って、夏休みの前半に書き上げたものらしい。

 そんなことはすっかり忘れているが、「季節の終わり」と合わせてこの2つは思い出深い話である。

 今年何とか書き上げた「明けない夜は無い?」と合わせて、内容はともかく、その時その時の私の心情をかなり表している作品だからである。

 

        其々の時の心情話にし

        アルバム代わり残し置くかも