sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(23)・・・R2年1.19②

          第3章  その2

 

        怪我の為更に昇段遅れそう
        天使の口に惑わされつつ

 

        看護師の厚い唇迫り来て
        回復力が出て来たのかも

 

 同学年の部員が引退した後も藤沢慎二は昇段を目指して、自分なりに柔道の練習に励んでいた。

 その気になれば人間、伸びて来るものである。下級生を相手に慎二はまあまあさまになっていた。

 この分では近い内に初段に手が届くかも知れない!?

 そう思い掛けた頃、何だか足が痛み出していた。

 筋力も肌も軟弱な慎二にすれば練習が過ぎたのだろう。どうやら、足の裏が化膿してしまったようである。

 どうしたらええんやろぉ!? もう直ぐ昇段試験があると言うのに・・・。

 それでも暫らくは我慢しながら、騙し騙し練習していたが、気になり出すと、どうしようもないほど痛み出した。

 仕方がなく、近所の軍医上がりの医者、本多久作のところに診て貰いに行くことにした。

 本多は何でも昔、九州にある国立大学の医学部を出て、軍医として大陸に行っていたらしい。柔道で結構鳴らしていたと聞き、それからは気に入って診て貰っていた。度胸が好いらしく、あるとき他の医者に血だらけの患者が運び込まれ、震えて何も出来なかったところ、本多のところに運んだら、落ち着いて要領よく処置したそうだ。それを聞いて慎二は益々引かれるものを感じていた。

 本多に見せたところ、

「嗚呼、これはいけないなあ。切るからメスを用意してぇ!」

 ためらうことなく若い看護師(と言う呼び方、どうも感じが出ないなあ。でも、これも時代であるから仕方が無い)の三郷由紀に言った。

 慎二の足の裏はえらくあっさり切られることになってしまった。

 本多は受け取ったメスでずぶずぶ切って行く。

 痛い! 

 それに、これではとても昇段試験に行けそうにないなあ!?

 迷いながらも慎二は、処置が終わってほっと一息吐いたとき、本多に確かめてみ

「あのぉ~、先生、もう直ぐ柔道の昇段試験があるんですけど、この状態で試合出来ますかぁ?」

 本多はちょっと考え、呆れた顔になり、

「そうやなあ~。チューブでも巻けば出来ないことはないけど、足が滑るやろぉ!」

 そう言いながら、改めて慎二の細くて筋肉もあまりなさそうな身体をしみじみと眺め、

「どうせやっても負けるでぇ~。次にしたらどうやぁ?」

 と忠告する。

 それは分かるが、少しでも早く昇段し、引退したい慎二としてはちょっと焦りを覚えた。

「そうですねえ。でも・・・」

 そう言いながら気弱な笑いを浮かべるだけであった。

 焦ったところで仕方がない。帰ってからはかなり痛み出し、とても昇段試験どころではなくなって来た。

 その後、暫らくの間本多のところに通う羽目になったが、本多は様子をさっと診た後、処置を由紀に任せた。

「藤沢君は北河内高校の生徒ですってぇ? あの辺りに五光電機の工場があるの、知ってるぅ?」

 処置台の上に寝そべった慎二に覆い被さるようにして話す由紀の厚い唇が妙に色っぽい。
 それに、つい鼻の先に大人の女性の清潔な匂いがし、慎二もうそれだけで本多のところに通って来るのが楽しくなって来た。

「は、はい! 知ってますぅ・・・」

「あそこにね、私の友達がいるの」

 そう言いながら小首を傾げる由紀の顔が、よく観ればあどけなく、えらく可愛い

「そう、そうですかぁ~!?」

 由紀の色香に若い細胞が少し刺激され過ぎたか、その後も慎二の化膿が中々収まらない。

 仕方なく本多は、抗生物質のカプセルを慎二に向かって投げるように渡しながら言う。

「これ、やるよ」

 どうやら薬代は取らない積もりらしい。

 本多のそんな男らしい大雑把さも気に入り、慎二は機嫌よく本多のところへ通い続けた。
 
        黒い帯新しい儘引退し
        さあ此れからが受験準備だ

 

 傷が何とか癒え、練習がまともに出来るようになってからも、一度落ちた調子が戻るのに暫らく掛かったから、結局、昇段には夏休み前まで掛かってしまった。

 と言うわけで、慎二が柔道部を引退出来たのも夏休み前で、黒帯びを注文して受け取ったのは夏休みの後、2学期になってからであった。