sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(15)・・・R2年1.14①

          第2章  その5

 

        町工場バイトの力大きくて
        危ういものを感じるのかも

 

 柔道部の練習は夏休みの前半で一先ず終わり、後半は休みである。デートをするような相手はいないし、家庭学習をするようになったと言っても授業の予習が中心であるから、授業と言う目標が間近にないとき、一体何を勉強すれば好いのか分からない。
 と言うわけで、藤沢慎二はすっかり暇を持て余すようになった。
こんなとき、やっぱり持つべきものは友である。久々に岸川友也から電話があった。
「もし、もし。岸川やけど、元気かぁ?」
「うん。何とかやってるでぇ」
「確か夏休みの後半はクラブも休みやったんやろぉ?」
「うん、そうやでぇ」
「ほな、バイトせぇへんかぁ? 俺、今姉ちゃんの会社でバイトしてんねんけどなあ、まだ空いてるねん」
「ふぅ~ん。それでどんなことするんや?」
「ビリヤード台を作る工場でなあ、作るのをちょっと手伝ったり、店に搬入するのを手伝ったりするんやぁ~。9時から7時間働いて1500円で、昼食が付いて交通費も出るから、悪くないと思うでぇ」
 慎二が中学生のときにしたバイトでは、8時間働いて昼食付きで900円だったから、かなり上がっている。
「それで、何時から何時まで行くんやぁ?」
「よかったら、明日からでもええでぇ。終わるのは遊ぶ時間も欲しいから、25日頃までやなあ」
 と言うことは、盆や日曜日を抜いても10日近く働ける。上手く行けば10000円以上貰えるなあ・・・。
 慎二は早くもそれで何を買おうか? 何処に行こうか? と胸算用していた。
 沈黙が長いので、岸川が焦れて聞く。
「どや、行かへんかぁ~?」
「ほな、行こかなあ」
「そしたら、明日からでええかぁ?」
「ええよぉ~」
「ほな、7時半頃に迎えに行くわぁ~」
 
 翌日連れて行かれたのはごく普通の町工場で、崩れ、気取り、華やかさ、盛り場と言った香りが漂う撞球場とはまた違った、地味な職場であった。
 以外なのは撞球台のベースが石で出来ている点である。1台当たり2枚の石板を使うのだが、それが1枚100㎏はありそうで、4人掛かりで漸く運べる代物であった。
 工場内の移動はまだ好い。

 これが撞球場への搬入となると大変であった。体重の軽い慎二は他の人と呼吸が合わず、何時もふらふらしていた。彼方此方にぶつけるので、石板の角を欠けさせて同行していた職人さんに渋い顔をされたり、店の床や階段を傷付け、見付からないように冷や冷やしたり。出来れば避けたい仕事であった。
 その他は岸川も言っていたように、工場内で撞球台に付属する小物を縫ったり、貼ったり、材料を運んだり、補助的な作業であったから、そう苦にはならなかった。適当に目先を変えてくれたから、退屈することもなかった。
 ただ、工場内、搬入、どの作業においても、本職よりバイトの方が多いのはどうしたことだろう? 撞球台はかなり高いらしいし、この会社の売り上げは業界では多い方らしい。それなのに、俺みたいな好い加減な仕事をしている奴が結構いる・・・。
 大人が作る一つの日常社会を垣間見て、慎二はちょっと不思議な気がしていた。

 

 後日談であるが、慎二は大学を卒業した後も、暫らく就職出来ず、近くのガラス工芸品の町工場に勤めていたことがある。そこでもバイトが大きな戦力になっていたので、それでいいのか、ちょっと疑問に思ったことがあった。

 しかし、それから更に30年近く経った今(2020年現在はそれから更に15年経っている)、巷には学生アルバイター以外にフリーターやパートタイマー等、正社員以外の労働者が溢れ、それどころか何処にも学ばず、何処でも働かないニートと証する貧乏貴族まで市民権を得つつある。それに比べれば、四半世紀前、周縁に位置する産業がアルバイターで成り立っていたことぐらい、まだ健全だったのかも知れない。

 

        旧友に過去の軽率赦されて
        代わりに自慢されていた我

 

 撞球台の工場には、あの金森順二も来ていた。
 慎二は合格発表のときのことが気に掛かっていたので、何だか気まずい。昼食時、慎二は配られた弁当を黙々と食べていた。
 逸早く食べ終えた岸川は、ゆっくりお茶を飲み、喉を潤してから、思い出したように、笑いながら口にした。
「そうや、藤沢ぁ。金森は合格発表のときのこと、凄いショックやったって、長いこと言うとったでぇ」
「・・・・・・」
 慎二としては返す言葉がなく、金森の方をちらっと見て、目を伏せる。
 それを見て、金森も笑いながら冗談っぽく口にする。
「そうや、あのとき、頭が真っ白になったわぁ~。しゃあないから見に行ったけど、落ち込んだでぇ」
「ご免、ご免。後から悪いことをしたなあ、と思ったんやけど、あのときはついつい言うてしもてん。余計なことをしてご免なあ」
「ハハハ。そんなに気にせんでもええよ。そりゃちょっとの間はショックやったけど、今の学校も十分に面白いし、進学校に行くよりかえってよかったと思ってるよぉ。やっぱりかなり無理してたもんなあ・・・」
「そう言うてくれたら気が楽になるけど、ほんと、ご免やでぇ」
 その後は打ち解けて、中学時代に戻ったようであった。
 慎二はクラブ以外の高校生活に中々馴染めず、2年生になって漸く教室にも居所を見付けたぐらいなので、気取りなく過ごせた中学時代が懐かしく、それが戻って来たかのようなひとときにすっかりリラックスしていた。
 しかし、話が乗って来た頃からそれぞれ彼女のこと、恋愛経験のこと、風俗経験のこと等を話し出したから、もういけない。慎二には付いて行けなくなってしまった。
 勿論、年頃の男性であるから、彼方此方膨らむほど興味津々ではあったが、極端な小心者の為に行動が伴わないから、指をくわえて聞いているしかなかったのである。
 それが面白かったのだろう。金森にも彼女自慢をしっかりされてしまった。
「目が大きく、キラキラ光ってて、凄く可愛いねん!」
「ふぅ~ん。それで、アイドルで言うたら、誰に似てるねん?」
 他人の彼女の話を聞いても仕方がないが、慎二としては引け目があるし、少しは乗ってやることにした。
「そうやなあ・・・。あえて言うたら浅田美代子かなあ」
 笑止であった。
 大体、芸能人に似ていると言って、実際に似ていた試がない。大概身贔屓もいいところである。
 それでも、慎二は合わせてやる。
「凄いやん! そんなに可愛い子、一体何処で見付けたん?」
「いや、あえて言うただけで、実際にはもっと可愛いねん。淀の光女子高の子らと合ハイしたとき、一番目立ってたから、後からそっと電話番号渡したらな、その晩、直ぐに掛けて来たんやぁ!」
 何処までも調子に乗る奴である。あのとき、ちょっとショックを与えてやるぐらいでちょうど好かったのかも知れない・・・。
 もう乗せるのは馬鹿馬鹿しくなって、慎二が黙って聞いていると、金森は更に調子に乗る。
「脚が長くてすらっとしているから、ミニスカートが似合うねん。それに、浅田美代子みたいにペチャパイちゃうでぇ」
 そこで言葉を切り、彼女のいない慎二に余計な想像を膨らまさせておいてから、にやりとして、
「結構でかいねん! そうやなあ、あえて言うたら、河合奈保子ぐらいかなあ・・・」
「ふぅ~ん、ええなあ・・・」
 脚フェチ、バストフェチの慎二としては聞いているだけで金森の期待通りに想像が膨らんで来て、それがそのまま表情に出ないようにするのに困ってしまった。
「それでなあ、彼女、バイト料貰ったら何買うてくれるの? と言うて楽しみにしてるねん」
 効果を十分に確かめながら、声色まで入れてのろける金森に、慎二は合格発表時のことを十二分以上に返されたような気になっていた。