sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

人は見た目が9割!?(最新版その16)・・・R3.12.16①

              その16

 

 令和2年4月8日水曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、玄関ホールの受付前に設置してあるタイムレコーダーにICチップ入りの職員証をスリットして、ふぅーふぅー言いながら階段を3階まで上がり、割り当てられた執務室に入って来たら、これも何時も通り、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、ちょっと古めのiPhoneの端に何本かひびが入った液晶画面を食い入るように見詰めては株価の動きをチェックして、ぶつぶつ独り言ちながら、熱心にメモを取っていた。

「おはよ~う」

「おはようございま~す」

 日常的な朝の挨拶を交わした後、7都道府県に緊急事態宣言が出されたこと、通勤電車の混み具合等、一頻り世間話をし、ファンドさんはiPhoneの液晶画面に視線を戻し、心底困った顔をして、

「ほんま、こんなに上がったり、下がったりしてたら、怖くて動かれへんなあ・・・」

 などとまたぶつぶつ独り言ちながら、中断していたメモを熱心に取り出した。

 慎二はファンドさんの趣味にまで立ち入ることは止め、自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開き、テザリング用の格安SIMを挿したスマホを取り出した。今日は何だか上手くブログが書けそうな気がしていたので、書けたら直ぐにアップ出来るようにである。

 続いてメインで使っているスマホを取り出し、通勤電車の中でメモしておいたものを見直しながら起こして行く。
 
          朝のひと時雑詠

 大阪府に緊急事態宣言が出てから初めての朝でも近鉄生駒線の最寄り駅の様子は何時もとそんなに変わらない。

 ホームでは、私を含めて何時ものメンバーがほぼ揃っている。

 結構強い緊張を感じながらも、こんな風に揃っていられることに変な安心感があったりもする。

 電車の混み具合も、この頃はまあこんなもので、座ろうと思えば競争しなくても座れるが、そうすると間隔を少し開けられれば好い方である。

 隙間が10㎝も見えるかどうかかなあ?

 この頃よく言われているソーシャルディスタンスを考えても、1mはおろか、2mなんてともとても。

 ただ、4月になっても学生服姿はあまり見掛けないから、宣言を出したことに一定の効果はありそうな気がする。

 これ以上乗客を減らすのは我々日本人には中々難しいことなんだろうなあ。フフッ。

 生駒駅で乗り換えた近鉄奈良線の尼崎行き普通電車も何時もと同じようなものであった。

 此方は生駒線よりはもう少し混んでおり、何とか座ろうとすると、どうしても近接から密接、下手すれば圧着するので、多少空いているように思えても座らずに立っている人が数人はいる。

 それはまあともかく、意外に難しいのは顔に手をやらないことである。

 蒸し暑さもあって時折むず痒くなって来るから、無意識の内についつい目や鼻を触ってしまう。

 今はマスクをしているから鼻はともかく、やっぱり目が要注意のようだ。

 そう言う意味でも、ドクター中松考案のマスクと言うか? フェイスシールドと言うか? 「スーパーMEN」は一定の効果があるように思われる。

 ナイキの厚底シューズなんかも、ひと頃流行った? 色物的に面白がられた? ドクター中松ジャンピングシューズを思い出させるし、流石ではないか!?

 

        中松のアイデア生きる緊急時

 

        中松のアイデア流石緊急時

 

 ところで生駒トンネルを大阪側に抜けた後も、席はまあまあ空いたままである。

 そう言う意味で、今は普通電車の方が好さそうだなあ。フフッ。

 

        速さより気になる隙間春の朝

 

        時間より気になる隙間春の朝

 

        速さより隙間嬉しい春の朝

 

        時間より隙間嬉しい春の朝

 

        コロナ禍や隙間嬉しい速さより

 

        コロナ禍や隙間嬉しい時間より

 

 さて、もうそろそろ職場の最寄り駅であるが、流石に乗客が増えて来た。

 車内放送でも新型コロナウイルス感染症に対する注意事項、お願い等を繰り返し言い始めた。

 

 その日も自分なりにはまあまあ上手く書けたと思い、慎二がしみじみとしていたら、

「おはようございま~す」

「おはようございま~す」

「おはよ~う」

 井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。

 慎二はちょっと迷い、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問い掛ける。

「メルカリさん、どう、これぇ~? 今日は通勤電車の中の様子をじっくり観察してその様子を書き留め、まあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」

 それだけのことで小心者の慎二は、緊張で頬を紅潮させ、耳たぶをひくひくさせている。

「ブログさん流石、毎朝、よう精が出ますねえ・・・」

 半分呆れ、半分感心しながら、

「どれどれ、ふむふむ、・・・」

気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて、

「ほんまですねえ。流石ブログさん、よう観てはりますねえ。僕は京阪奈新線の方ですけど、やっぱり緊張しましたわぁ~。ブログさんが前に書いてはったように、マスクをしてなくて咳してる人もちらほら見かけるし、マスクをしてても真っ赤な顔をして、時折激しく咳き込む人もいてはる・・・。そやから緊張感が漂ってて、その分、全体に少しは間を開けて座ろうとしているように思いますねえ」

 タイムリーで身近な話故か、メルカリさんは何時もよりちょっと共感出来たようである。

 慎二は嬉しくなって来てついつい言い募る。

「そうやろぉ~!? ほんま行き帰りの通勤電車乗るだけでも緊張するわぁ~。今朝も何とか座れたと思ってホッとし掛けてたら、近くにマスクレス咳き込みマンが座っていることに気付き、そう言うてもさっと離れるのも気が引けるし、早よ着けへんかなあと思ってむずむずしてたわぁ~」

「そうですかぁ~!? そりゃ心配ですねえ・・・」

 メルカリさんは朝からそんな気の重くなりそうな話を続けたくはなかったようで、一頻り適当に聞き流した後、さっと話題を軽そうな方に転じる。

「ところでドクター中松ですか~!? 懐かしいですねえ・・・。それに流石やわぁ~。あのぴょんぴょんシューズが騒がれてた頃、僕も欲しかったんですわぁ~」

 その辺りのカジュアルさは流石であった。

 慎二にしても自分ではどうすることも出来なくなりそうな緊張が解けて、実はその方が有り難かった。

「ふぅ~ん。あれぇ、確か今から30年ぐらい前やろぉ~? メルカリさんはその頃、幾つぐらいやったん?」

「僕、中学生でしたわぁ~」

「そうやなあ。それぐらいの年やったら、何や玩具みたいで、面白いかも知れへんなあ・・・」

「ブログさんは幾つぐらいでしたん?」

「俺はもう35歳ぐらいやったし、それにセックス方程式がどうたらこうたら言うて、ラブジェットとか言う怪しい香水とか作ったりもしてたし、ちょっと、いや大分かな? ともかく変なオヤジにしか見えへんかったわぁ~。フフッ」

「そうですかぁ~。フフッ」

 話が落ちて行きそうなところで、ちょうど執務室に入って来た事務を担当している若い依田絵美里に視線をさっと走らせたメルカリさんは、話を早々に切り上げ、給湯室までコーヒーを入れに席を立った。

 一方、独りにされて急にぎこちなくなった慎二も、それぐらいでちょうど好かったようで、「神の手」に意識が戻り、ドクター中松についてもう一度検索し、何か面白い話のネタはないかと鼻をひくひくさせ始めた。

 

        マドンナの登場オヤジ黙らせて

        乱れた空気引き締めるかも

 

        マドンナの影を目にしたオヤジ達

        落ちた話を切り上げるかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 上に「はたらく」をテーマにブログを書こう、とあるが、外で働く効用のひとつに、学校と同じく、社会性を身に付けることがある。

 

 と言うか、学校はその社会に出る為の練習の場とも言える。

 

 家にばかりいると気楽になり、身だしなみに構わなくなるが、働くと異性や外部の人の目が気になり、少しは構うようになるものである。

 

 地位が上がったり、経験を重ねて勘違いが激しくなると、ついつい言動が行き過ぎることもあるが、そう言う場合きついお灸を据えられることになるから、普通は続けていられない。

 

 それこそ、人間関係に必要な距離と言うものを感じさせてくれる。

 

        勤めれば他人との距離を教えられ

        生きる上では悪くないかも

 

 勿論それは、正常な社会が保たれていてこそのことである。