その23
令和2年5月15日、金曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液で手を消毒する。
これは大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の皆が日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だか減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だから序でに洗面所に寄って、うがいもしておく。
そんな一定の安心感が得られるまでの儀式的なことまで済ませて執務室に入って来たら、これも何時も通り、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを観てはぶつぶつ言いながらしきりにメモを取っていた。その変わらなさ加減にも結構大きな安心感があった。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
挨拶を交わした後、大阪府が段階的に休業要請を解除して行くことに対する色々な業種の対応、通勤電車の混み具合、株価の変動等、ひと通り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
どの辺りまで書こうかと迷うところでもあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろにメインに使っているスマホを取り出し、通勤電車の中でメモしておいたものを見直しながら起こして行く。
朝のひと時雑詠
今日は出勤日である。
大阪府では未だ緊急事態宣言が解除されていないが、休業要請が段階的に解除される方向に動いており、私の通っている職場でもそれに備えての打ち合わせ、会議、準備等と予定が立て込んでいる。
昨日の午後はその為に何時もよりは長い目の散歩をする等、まあまあ身体を動かしたので、彼方此方に少し筋肉痛を感じている。
もう少ししたら更に痛みが出て来そうである。
コロナ禍や解除に備え会議増え
解除明け備え筋肉痛み出し
後は、これまで暫らくはゆっくり動いて来たので、もう直ぐ気忙しくなりそうなことを予感して、既に気持ちが戸惑い始めている。
そんな精神的な疲れもあるようだなあ。フフッ。
解除明け感じそろそろ緊張し
解除明け感じじんわり緊張し
それはまあともかく、昨日は用事があって生駒駅の近所まで行ったのであるが、駅の南側、道路を挟んで向かいにある商店街、ぴっくり通りの入り口にある靴下屋でマスクを売っていた。
使い捨ての中華製と思われるマスクが50枚で2500円とあったが、これは他でも見たのと同じ値段である。
それよりも、靴下屋が作った日本製の布マスクが5枚で1000円と言うのに気が留まった。
洋服の量販店、AOKIでも20枚3990円、5枚1000円と、同様の値段だし、私的にはこの辺りが狙い目のように思われる。
取り敢えずその靴下屋で5枚買っておいたが、さてどんなものであろうか!?
ちょっと期待している。
やっとこさ国産マスク手に入り
やっとこさ布製マスク手に入り
家に帰ってからネットで使い捨てマスクを検索してみれば、一番安いのは50枚で既に1000円を切っていた。
ここまで急激に値崩れして来ると、それらのマスクが一体どういう代物なのか!? はなはだ疑問であるし、ちょっと不安になって来る。
安物のマスク微妙な香りがし
安物のマスク何だか微妙かな
微妙と言えば、今視ている韓国ドラマ、「品位のある彼女」が何だか微妙である。
ヒロインのひとり、キム・ヒソンは相変わらず綺麗で、ある富豪の次男の妻、すなわち若奥様であるが、その次男に浮気され、それを認めるべきだ、絶対に別れない、と居直られるちょっと可哀そうな役どころである。
もうひとりのヒロイン、キム・ソナは富豪を巧く騙して後妻、すなわち大奥様に納まり、その後の謀略が中々凄い!?
けったいな話ながら、子役も含めて皆演技力があり、ついつい惹き込まれてしまう。
これがヤフーの無料動画、「GYAO!」だけであったら、配信されるのをムズムズしながら待って1週間に2話ずつ視ることになるのであるが、子どもが「Hulu」に入会したので、暫らく前から重なっている作品は待たずに視られるようになった。
あんまり視過ぎると書き物、読書等、他の趣味を楽しめなくなるから、そこが悩むところだなあ。フフッ。
韓ドラの吸引力に戸惑って
韓ドラの吸引力に負けそうに
その日も自分なりには上手く書けたと思い、慎二がしみじみしていたら、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっと迷い、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問いかける。
「どう、これぇ? 今日もまあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」
それだけのことで小心者の慎二は、相変わらず緊張で耳をひくひくさせている。
「毎朝、よう精が出ますねえ。と言うても、この頃僕はここに来るより家に居る方が増えてますけどねぇ。フフッ」
そう言いながらちょっと照れ、半分呆れ、半分感心しながら、気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて言う。
「そうですねえ。僕の近所でもマスクがまた出回るようになって来ましたわぁ~。そう。奈良やと50枚で2500円ぐらいやから、どこでもこんなもんですねえ・・・」
「そう言うたら、メルカリさんは値下がりせん内に売り捌けたかぁ!? ちょっと前にマスクようさん持っているとか言うてたやろぉ~? もしかしてまだ売れ残ってたりしてぇ・・・。フフッ」
と慎二がからかうように言うと、
「なっ、何言うんですかぁ~!? 僕、転売なんかやってませんてぇ~」
そう言いながらメリカリさんは苦笑いしていた。
そんなメルカリさんがちょっと古めのノートパソコンを3台ほど持って来た。
パソコンに強くはないが、電子機器にはちょっと興味がある慎二は一体どうする気なのか、訊いてみずにはいられない。
「ところでメルカリさん、そのパソコンはどうしたん?」
「あっ、これですかぁ~!? これ、メルカリに出ていたので買って来ましてん。この近所にある個人商店で使ってたWindows7が入ったパソコンですけど、3台で1万円やったから、安いでしょう?」
メルカリさんはちょっと得意気である。
もしかしたらと思いつつも、慎二は訊いてみる。
「そやけど、そんなん買うてどうないするん?」
「ほら、この前にブログさん、何年か使ってはったWindows7が入ったノートパソコンをWindows10に更新してからくれはったでしょ? あれ、結構快調に動いてるから、今度は僕があれ、やってみよと思いましてぇ・・・」
やっぱりそのようであった。ちょっと感心しつつ、知りたがりの慎二はついついその続きまで訊いておきたくなる。
「ほんで、もしかしたら手間賃でも付けて売る気かぁ~!? たとえば1台6000円とかぁ・・・」
「フフッ。そんなん当たり前ですやん! フフフッ」
メルカリさん、流石であった。
メルカリさんは素直に感心している慎二に笑い掛けながら立ち上がり、コーヒーを淹れに行った。
そこに事務を担当している若い依田絵美里がお茶を持って来て、慎二の机の上にそっと置き、スッと遠ざかって行く。
コロナ禍が酷くなる前には確かにあった日常が、もう間もなく再開されそうな予感が漂っていた。
コロナ禍の収束が見え日常の
再開予感漂うのかも