sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(14)・・・R2.5.18①

             エピソードその11

 

 地域トップの進学校である大阪府北河内高校では夏休みの直後、9月上旬に2年生、3年生と浪人生を合わせた受験生に分けて校内実力テストが行われた。2年生は英数国の3教科、受験生は英数国理社の5教科で、それぞれ難関国公立大学受験を意識した問題作りが為されていた。

 とは言っても、そこは多少緩さの残る公立の進学校であり、私学の雄、たとえば奈良県で言えば東大寺学園西大和学園のようには行かない。受験業界的にシビアな目で観ると、優し過ぎたり、難し過ぎたり、コントロールに多少甘さがあった。その結果、たとえば200点満点の数学で平均点が10点前後なんて、ショックは与えられても、参考になり難いことも割とあった。それに、そんな風に大きなショックが好ましい刺激になるのかどうかも疑わしい。

 昭和61年度がちょうどそんな年に当たったようである。女子バスケットボール部の2年生は物理の常勤講師で顧問でもある青木健吾に定期テスト前には数学、物理、化学等の理系科目を看て貰っており、特に中野昭江と橋本加奈子はこの実力テストの前にも数学を少し看て貰ったが、それでも結果は散々であった。昭江は平均より少し上の15点で、もう笑うしかなく、橋本加奈子は21点で、昭江に比べて誇るしかなかった。1番で来たのがお調子者の葉山涼香で、それでも35点であったから、200点満点であることを考えると、2年生の殆んどが雑音のようなものであった。

 その中では好く出来た方に入る涼香が、校内実力テストの結果が出て、大多数が実力のないこと? を思い知らされた日、女子バスケットボール部の練習前に、このままでは2年生部員全員が沈んでしまいそうで耐えられなくなったか、

「あ~あっ、こんなん何時までも悩んでても仕方が無いから、今度の土曜日、練習の後に北河内神社の秋祭りにでも行かへん!?」

 と皆を誘う。

 乗りの好い加奈子は直ぐに反応し、

「そやなあ。このまま落ち込んでたら怪我でもしそうやぁ~。なあなあ。好かったら青木先生も誘わへん!? 近所に住んでいるそうやしぃ。なあ・・・」

 そう言って、ちらっと昭江の方を見る。

「・・・・・」

 昭江は黙って微苦笑を浮かべているだけであったが、涼香が目を輝かせ、

「そやなあ!? 青木先生を連れていたら奢って貰えそうやしなあ。ウフフッ」

 と悪戯っぽくほくそ笑む。

 それを聴いて昭江が思わず、ちょっと怒ったように言う。

「そんなん青木先生に悪いわぁ~! 何時もみたいに私らだけで行ったらええんとちゃう!?」

「ウフフッ。昭江はほんま真面目過ぎるねんからぁ・・・」

 昭江の気持ちがそれだけではなく、健吾を独占していたい気持ちもかなり強く働いていることが分かっているから、加奈子はちょっと可笑しかった。

 よくは分からないながら、微妙な空気を感じて涼香も同調する。

「そうやそうや。別にええと思うわぁ~。青木先生かて私らみたいなぴちぴちのJKと付き合えるんやから、ちょっとぐらい奢ってくれても文句ないと思うわぁ~」

 言いたい放題であったが、高校の体育館は結構広く、部員らは舞台のそばで楽しそうにワイワイガヤガヤと与太話に花を咲かせていたが、バスケットボールのコートを挟んで向こう側で身体を解していた健吾には内容までは分からない。

 ただ時々自分のことが言われているようで、気になるところではあった。

 

 そして練習の後に話が付いて、その週の土曜日の練習が終わった後、6時前に北河内神社の鳥居前に集まることになった。その辺りから御椀山の麓にある本殿までの間のまあまあ長い参道に沿って所狭しと出店が並び、若者たちにとっては友達や恋人と一緒に見て歩くだけでも楽しい。

 

 幸い、当日である土曜日は天気にも恵まれた。それにこの年頃の女子特有の能天気さが加わり、少しの間落ち込んでいた校内実力テストの惨憺たる結果は綺麗さっぱりと忘れられていた。

 集まったメンバーは涼香、加奈子、昭江の他に2年生部員が2名、それに1年生の三島冴子他2名、それに顧問の健吾の9名であった。健吾は自分以外8名の分も持つ気でいたが、そこは皆口ほど厚かましくは無く、むしろしっかりしていた。保護者も全体的に堅実で、子どもが祭りに行くと言うと、それなりの小遣いを特別支給していた。そんなわけで、健吾が実際に出したのは半分にもならなかった。

 それでも好かったようである。8時前にお開きにしたが、その頃には皆一様に上気した好い顔になっていた。健吾も昭江の浴衣姿が眩しく、すっかり舞い上がっていたが、祭りの中でそれは普通のことで、少しも目立たなかった。

 

 アパートに戻ってからのこと、健吾は中々熱が冷めず、このままではとても寝付けそうにないので、ラジオを掛けながら本でも読むことにした。

 開いたのはちょっと古いが、石坂洋二郎の「青い山脈」(新潮文庫)であった。思えばこの本の所為で、一時期健吾は田舎町の高校教師に憧れたのであった。

《教え子のお姉さんが芸者さんかなんかやっているわけやぁ~。ほんで、都会からやって来た俺の下宿なんかにもやって来る。よかったらどうぞ、とか何とか言って芋の煮っころがしでも差し出しながら、さっと部屋を見渡して、あら、やっぱり独り者ねえ、とか言って掃除でも始める。嗚呼、堪らんなあ・・・》

 頭の中はすっかり中年オヤジであった。

 その時、ラジオから聴いたことのある声が流れて来た。

「それではここでリクエスト曲と行きましょう。もしもし北河内の野中昭子さん?」

📞はい。

「あなたのリクエスト曲は何でしょうか?」

📞松田聖子秘密の花園をお願いします。

「この歌には何か思い出でも?」

📞いえ、或る人が好きだと言っていたのでぇ・・・

「そうですかぁ!? もしかしたら昭子さんはその人が好きなのかな? いやいや、別に答えなくても好いですよぉ。では、昭子さんとその人にお送りする松田聖子秘密の花園です。どうぞぉ!」

 

   ♪月明り青い岬、ママの目をぬすんで来たわ~、
     真夜中に呼び出すなんて、あなたってどういうつもり~♪

 

《野中昭子、中野昭江、1字しか違わへんやん!? それに、この前に昭江、加奈子と一緒に勉強していたとき、加奈子にどんな歌が好きか訊かれて、思い付いたのが前にカラオケで酒井先生が歌ってたこの歌やったから、ついついこの歌を答えてしもた。本当は加藤登紀子のこの空を飛べたらの方が好きやねんけど、そんなん言うたら根暗やと思われそうやしなあ・・・》

 それでもラジオでリクエストをしていたのが昭江と確信すると、覚えていてくれたこと、自分のことを思ってリクエストしてくれたことに健吾は更に逆上せ上がり、手にしていた本の内容が全く頭に入って来なくなった。

 

        流行歌恋する気持ちくすぐって

        目の前の文字入らないかも