その24
令和2年5月19日、火曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液で手を消毒する。
これは大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の皆が日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だか減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だから序でに洗面所に寄って、うがいもしておく。
そんな一定の安心感が得られるまでの儀式的なことまで済ませて執務室に入って来たら、今日は何時もなら既に居るはずの正木省吾、すなわちファンドさんが来て居ない。どうやらテレワークをしているようである。
この頃は朝、2人で暫らく世間話をするようになっていたから、慎二はちょっと物足りなかったが、仕方が無い。諦めて自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
誰か知っている人が読むことを想定してどの辺りまで書こうかと迷うところでもあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろにメインに使っているスマホを取り出して、通勤電車の中でメモしておいたものを見直しながら起こして行く。
朝のひと時雑詠
見えないもの見えるもの
この世には言葉にならないこともあるんだよ
そんな世界が観たくなり新たな話紡ぎ出す
さて宇宙、光速超えて遠ざかり、見えない世界あると言う
そんな出鱈目誰が言う
ともかく見える世界だけ、あると信じて語り出す
でも見える世界はあるのかな?
本当に存在するのかな?
見えないものが悪戯し、見えた気になっていないかな?
ほんの一部を見せられて、見た気になっていないかな?
分からない
実は何にも分からない
さて、通勤電車であるが、生駒線の混み具合は何時もと変わらない。
乗った時は飛び飛びに座り、降りる頃でも間を少しずつ空けて座っている感じであった。
奈良線の混み具合も、生駒駅で乗り継いだ時はそんな感じであった。
生駒トンネルを抜けて大阪側に入るとどうなるか分からないが、石切でもそんなに変わらなかった。
駅では始終注意喚起、要請等の放送が入っている。
たとえばテレワークについてであるが、ここでそんなお願いをして一体どうなるのだろう?
そう思わないでもないが、繰り返すことで効果が出て来るような気もする。
ところで大阪側の天気は今一である。
視界がえらく狭い。
でも、あの向こう側に「あべのハルカス」があることぐらいは信じられそうだなあ。フフッ。
ハルカスが見えなくなって梅雨近し
ところで、職場で今日は何をしようか?
ちょっと気の重いところでは、仕事を渡して行く交渉がある。
以前よりは前向きな職場であるから、そんなには難しくないは気もするが、黙っていたら自分に来そうな仕事を振って行くのはどうも気が引ける。
ただ、それを言っていると、仕事が伝わらず、後から困ることにもなるから、仕方が無いところだなあ。フフッ。
そこまで書いてまだ時間があったので、久し振りに歳時記を開いてみる気になり、手元に置いてあった「現代俳句歳時記 春」(現代俳句協会編、学研刊)を開いた。
この歳時記では5月までが春となっている。
パラパラめくっていると、「黄砂」と言う季語が気に留まった。
いきなり、えらく悠久、雄大な句ではあるまいか!?
私はそこまで気持ちが遊ばせることが出来ず、ついつい卑近なところに気持ちが行ってしまう。
黄砂降る大和にまでもコロナ来て
そのコロナ、すなわち新型コロナウイルス感染症も一旦は収まり掛けている。
そんなわけで、私のような末端の労働者にまで連絡が回り、ぼちぼちと業務再開の動きが活発になりつつある。
黄砂降る日も生まれつぐ無精卵 (三沼 画龍)
何故か知らぬがむずむずさせられる句である。
もやもやさせられる句である。
生まれつぐのに、何故か無精卵。
そんな気にさせる黄砂の飛来と言うことか!?
文鳥や黄砂来る日も無精卵
またもや卑近なところからの句である。
我が家で飼っている文鳥は雌で、それなのに毎年春になると数回、卵を産む。
勿論、無精卵である。
その文鳥が私の手に乗って来るようになった。
可愛い奴である。
切ない奴である。
そんなところからも上の句に気が留まった。
この日も自分なりには上手く書けたと思い、慎二がしみじみしていても、この日は何時もならば入って来る井口清隆、すなわちメルカリさんも執務室に入って来ない。
《あっそうかぁ~!? メルカリさんもテレワークするって言うてたなあ・・・》
慎二が何だか寂しく思っていたら、事務を担当している依田絵美里がお茶を持って慎二の机に近寄り、立ち止まって、まだ開いている「神の手」の液晶画面にさっと目を走らせる。
若い絵美里に読まれていることを意識し始めた慎二は、それだけで頬を真っ赤にして耳をひくひくさせていた。
そんな様子を見て、絵美里はちょっと照れながらも、好く光る澄んで大きな目をキラキラさせて思い切ったように、
「藤沢さんって詩人ですね!? よかったらまた読ませてください・・・」
それだけ言ってそっとお茶を置き、静かに離れて行った。
「・・・・・」
慎二はもう何も言えず、遠ざかる絵美里の格好のよい後ろ姿から目が離せなくなっていた。
詩心を見られたようで恥ずかしく
上手い言葉が出て来ないかも