その10
令和2年4月15日、水曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液で手を消毒する。
大分前から置いてはあったが、使い始めたのはここ数日のことであった。幾ら呑気で不精者の慎二でも世間には流石に気になるような緊張感が漂っている。そして一旦始めると、しないことが小心者の慎二には結構大きな不安になって来るのであった
そんな一定の安心感が得られるまでの儀式的なことまで済ませて執務室に入って来たら、これも何時も通り、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを観てはぶつぶつ言いながらしきりにメモを取っていた。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
挨拶を交わした後、大阪府に休業要請が出されたことに対応する職場の対応、通勤電車の混み具合、株価の変動等、ひと通り世間話をし、慎二は自前のノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。
何か迷うところでもあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろにメインに使っているスマホを取り出し、通勤電車の中でメモしておいたものを見直しながら起こして行く。
朝のひと時雑詠
昨日の帰りは1時間近く歩いて職場から少し遠い瓢箪山駅まで足を延ばしたが、それだけのことで、ちょっとふらふらした。
寝不足、運動不足に加えて、マスク越しの呼吸が続いている所為かも知れない。
中々心身共に快調と言うわけには行かないようだ。
それはまあともかく、日曜日に関東から帰って来た子どもも居り、我が家はまた満杯になった。
家族全員が近くにいることで安心感はあるが、これから食事の用意、洗濯等、家事がまあまあ大変そうに思われる。
それもあってか? 子どもらがメニューを考える手伝いを始めた。
他にも洗濯物の取り込み、掃除とか、出来ることから少しずつ、である。
コロナ禍や家族の絆強くなり
コロナ禍や家族の絆揺るがせて
後者はネットの記事からもよくからも窺われることであるが、何れであっても、色々と考えさせ、振り返らせるコロナ禍ではあるなあ。フフッ。
なんて、笑い事ではない!?
ところでここ暫らくで2回、通販を使ったが、米国のアマゾン倉庫に関する記事とかを読むと、三密真っただ中の環境におけるブラックな就業等、不安に思っていたことが現実に起こっているようである。
実店舗でもその不安はあるから、スーパー、銀行等を出る時に手指を消毒する人もいるのだろう。
中々徹底は出来ない分、新型コロナウイルス感染症がじわじわと広がっているようであるから、気休めも含めて、それぞれが出来る範囲でやるしかない!?
なんて、何とか気持ちを浮上させようとする私のことを家人は楽天的なように言うことがある。
昨日、職場の同僚が自分の父親のことを前向きだと言うので、年齢を訊いてみたら、65歳だと言う。
私と同世代である。
この世代、戦後復興期から脱し始め、高度経済成長期に入って行く頃に子ども時代を過ごしている。
アランの幸福論なんかがしっくり来る、人生に期待を持ち、努力が報われることを信じている世代とでも言えようか!?
話している内に、ネクラ、ネアカと言う、今ではちょっと懐かしくなっている話題も出て来た。
そうは見えなかった同僚は、実は自分のことを根暗だと思っているそうで、時々夏目漱石の作品を読んで慰めると言う。
私が若い頃によく根暗だと言われたと言うと、ネクラ、ネアカがそんなに前からあった言葉なのかと驚いていた。
ウィキペディアによると1980年代に人をネクラ、ネアカと類型的に見ることが流行っていたように書いてあるから、1978年に大学を卒業した私が働き出して間もない頃に言われ出したのと大体一致している。
それはまあともかく、当時から私は、重苦しい議論になるのを避けられるのであまり言い返しはしなかったが、思春期になり、色々と考え、悩むようになれば、沈んで見えることもあり、言動がそうなることもあるだろう、ぐらいに思っていた。
要するに、何時でも誰かとつるみ、常に明るく見える人なんか殆んどいないように思うのである。
もしいたとしたら、やっぱりちょっと変!?
それとも実はまだ子ども!?
現実にはたとえ短くても何処かで独りの時間を持ち、バランスを取ることが必要であろう。
弾けたら収める時間欲しいかな
弾けたら収める時間欲しいもの
移動している内に少しましになって来たが、朝、起きた時はかなり寒かった。
それに、換気していた居間に入るとくしゃみが出て仕方が無かった。
花粉が飛び交っていたようである。
私が直ぐに引き戸を閉めようとすると、子どもが、
「父ちゃん、コロナよりも花粉の方がましやろぉ~? フフッ」
と笑いながら言うが、アラン流に過去や未来のことを考えず、目の前の現実、つまり今を考えれば私は花粉が辛い!?
コロナより近くの花粉気に掛かり
コロナより近くの花粉悩まされ
まあ人にはそんなところがある。
話は変わるが、朝、トイレで座っていて、ネットの卑近さ、下品さ、自由度等がテレビのCS放送に似たものを感じ、BS放送、地上波放送と遠くなって行くように思われた。
CS放送でつい眉をしかめながら面白がってしまうCM、どっさり、もっこり系がネットにも散見されることから、頭の中で繋がって来た。
猥雑だけど、それ故の面白さもある!?
ただ、野放しにしてしまうと、人権に係ることも出て来るから、そこに節度、制限等も必要になって来るのだろうなあ。フフッ。
書き出す前にちょっと気に掛かったのは、昨朝ファンドさんと少し立ち入って話したことを思い出しながら書いたからである。気にするようであればブログに上げるのをやめようと思い、慎二はファンドさんに声を掛けることにした。
ファンドさんもちょうどひと息吐いてコーヒーを飲んでいる時であった。
「ファンドさん、ちょっとええかぁ~? 昨日2人で話してたことが頭にあってこんなん書いてんけどなぁ~」
投資の方が上手く行っているのか? ファンドさんは穏やかな微笑を浮かべながら、
「あっ、そうですかぁ~!? ふむふむ」
ファンドさんは頭の回転がえらく好いようで、目の動きが驚くほど速く、ざっと読み進めて行き、
「ハハハ。そやけど、こうして文字になると何か恰好が好いと言うかぁ、違う人のように思えますねえ。ハハハハハ」
特に気にしている様子はなかったので、慎二はホッとし、気にせずにブログに上げることにした。
ファンドさんもそれで好かったようで、再びスマホに目を移し、メモを取り出した。
ファンドさんの反応から考えてもまあまあ上手く書けたのかと思い、慎二がしみじみしていたら、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっと自信を持ちながらメルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せて問いかける。
「どう、これぇ~? 今日もまあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」
「毎朝、よう精が出ますねえ・・・」
半分呆れ、半分感心しながら、気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて、
「あっ、これ昨日ファンドさんとしんみり話してはったことですねぇ~!? こんなん書いて、ファンドさんは別に何も気にしてはらへんのですかぁ~?」
「うん、今見てもろたとこやけど、文字にしたら恰好が好うなるなあ言うて笑てはったでぇ~」
「ハハハ、そうですかぁ~。そしたら僕のことも恰好好く書いてくださいよぅ~。僕のこともしかしたら、メルカリでちまちま儲けてる奴、みたいな感じで書いてるんとちゃいますかぁ~!?」
当たらずといえども遠からずと言う感じだったので、慎二はちょっと目を泳がせながら、
「いや、そ、そんなことないってぇ~! それにもしブログに上げるとしたら、今ファンドさんに見てもろたみたいに見せるからぁ・・・」
慎二の慌てようが面白かったようでメルカリさんは笑いながら、
「ハハハ。僕、別にそんなん気にしてませんから。ハハハハハ」
そう言ってほくそ笑みながらコーヒーを淹れに行った。
それを聴くともなしに訊いていたのか、事務を担当している若い依田絵美里までが微笑みながら、
「ウフフッ。ブログさん、私のことも可愛く書いて下さいよぅ~」
と言って通り過ぎた。
それだけで慎二は真っ赤な顔になり、耳をひくひくさせていた。
それぞれの仕事が始まり、ひと段落した時に慎二がふと思うことは、大阪府に出された休業要請を受けてテレワークが中心になると、毎朝のさっきみたいな遣り取りが無くなると言うことの意味であった。
《こんな風に気の合った同僚と離れる寂しさもあるが、自分でペースも崩さずに仕事を進める難しさもあるなあ・・・》
どうやらテレワークが許可されそうな雰囲気を感じて慎二は、一抹の、いやそれ以上の寂しさと不安に包まれていた。
テレワーク孤独と自律求められ
大人でなけりゃ難しいかも