その7
令和2年4月1日、水曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、執務室に入ると、正木省吾、すなわちファンドさんが何時も通り、スマホを観ながらぶつぶつ言い、しきりにメモを取っていた。
「おはよ~う」
「あっ、おはようございま~す」
挨拶を交わした後、世間話も早々にファンドさんはスマホに視線を戻し、メモを再開する。
株価がよほど気になる動きをしているのか!? 気にならないではなかったが、自分では始める気にならない小心者の慎二にとっては野次馬としての関心に過ぎないので、それ以上構わないことにし、自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。それから上手く書けたと思う時は直ぐに「あれまブログ」か「アミーゴブログ」にアップ出来るように、テザリング用にPCMの格安SIMを挿したスマホも用意しておく。
暫らく考えた後に、通勤電車の中でメインのOUスマホにメモしておいたものを観ながら起こして行く。
朝のひと時雑詠
令和元年度が始まった。
と言っても、子どもの場合は学校が平常時の予定に比べて1週間ほど延期されているが、この先どうなるか? まだ分からない。
私の仕事の場合、今のところ在宅では認められていないことが殆んどであるから、まあ職場通いを続けるしかない!?
もっと強力な外出規制が掛かれば別であるが、周りをもやもやさせながら、そこには中々踏み切れないようだ。
仕方なく不安ながらも電車に乗っているが、今朝も隣に座っているオジサンが盛大なくしゃみをし、その後咳き込んでいた。
マスクをしているだろうから、まあ好いか!?
と自分の気持ちを何とか落ち着かせていたが、降りる時にチラッとそのオジサンを観たら、何とマスクをしていなかった!
その後ずっともやもやしている。
我が国の庶民の危機意識はまだまだそんな感じのようだなあ。フフッ。
なんて書いていたら、また鼻がもぞもぞして来た。
観えねどもコロナは飛んでいるんだよ
笑い事ではないが、我が国の場合、宗教、哲学、倫理、人権意識、ソフト、精神的な障害、等々、見え難いものに対する意識がまだまだ低いように思われる。
なんて書いていたら、世界の彼方此方でアジア系、特に黄色人種が差別を受けていることを見ても、今回人間全体の未成熟度が炙り出されているようである。
それ故、神様の鉄槌のように言いたがる人もいるようだが、それも分からない。
ともかく、もやもやして気持ちで叩き合っている場合ではない。
また変なことをして構ってちゃんをしている場合でもない。
分からないことだらけではあっても、この暗闇から抜け出すことに気持ちを合わせたいものである。
反目は暫らく置いて協力し
それはまあともかく、志村けんさんが亡くなったことに対する反響は海の向こうにも広がっているようだ。
言葉だけではなく、音、動作等からも分かる笑い。
我が国の老若男女を問わないだけではなく、それを海外にまで広げているんだから、凄い!?
それから、殊更に頭の好さを見せようとしなかったのも流石である。
笑いの芸は難しい、と実は多くの人が分かっている。
だから、頭の好さもそう。
でも、この頃の芸人はただ笑われるだけでは飽き足らないようだ。
学歴、そしてプライドが高いのか? お笑いについては勿論、政治、経済、哲学、芸術、一般常識等、何についても語りたがる。
日出ていた記事にはそんなことにも触れられていた。
芸人は芸を見せれば好いのかも
その日も自分なりには上手く書けたと思い、慎二がしみじみしていたら、
「おはようございま~す」
「おはようございま~す」
「おはよ~う」
井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。
慎二はちょっと迷い、メルカリさんの方に「神の手」の液晶画面を向け、見せながら問いかける。
「どう、これぇ? 今日もまあまあ上手く書けたと思うんやけどなあ・・・」
それだけのことで小心者の慎二は、緊張で耳をひくひくさせている。
「毎朝、よう精が出ますねえ・・・」
半分呆れ、半分感心しながら、気の好いメルカリさんはさっと目を走らせて、
「ほんま、内、中々仕事を減らしてくれへんけど、通勤は緊張しますねえ・・・」
と言うメルカリさんはさり気無く慎二から距離を取る。
「あっ、避けたなあ~!?」
「いやぁ、別にそう言うわけではないですけどぉ・・・」
目を泳がせているメルカリさんを面白がり、慎二は磊落な振りをしながら、
「ハハハ。そりゃこんなん読んだら当たり前やから、気にせんでええよぉ。メルカリさんとこ、子どもさんまだ小さかったもんなあ・・・。ハハハハハ」
それを聴いてメルカリさんはホッとしたように、
「そうですねん。今年下の子が小学校に上がりましてん」
「そう言うたら前にランドセルもメルカリで探してたなあ。あれ、ええのん見付かったんかぁ~?」
興味津々と言った感じで慎二が訊くと、
「嗚呼、あれねえ? あれは止めましてん。お義母さんが結構ええのん買うてくれましたからぁ・・・」
「えっ、見映えよりも安さに拘るメリカリさんが、そこではやっぱり高いのを買うてもええわけかぁ~!?」
「そりゃ他人の金ですからぁ~!」
「ハハハ」
慎二はメルカリさんの現金さが面白かった。
話している内にメルカリさんが前に印籠のように見せていた職務免除について書いたプリントのことを思い出した。
「そう言うたら、メルカリさん。子どもさんが小学生やったら、休みたいときに休めるんとちゃうん!?」
メルカリさんは心底嬉しそうにそのプリントを大事にしまってあった引き出しから取り出し、
「そうですねん! これのことでしょう!?」
「まあメルカリさんとこ、2人とも働いてるしなあ・・・」
休み好きの慎二は羨ましさを隠し、自分も通って来た道、と思って先輩としての一定の理解を示しておいた。
あんまり自慢げに言うのも何だと思ったのか? メルカリさんは直ぐに話題を替える。
「そう言うたら、志村けんさんのこと、残念でしたねえ!? 僕、ほんまにショックでしたわぁ~」
心底そう思っているようであった。
慎二はそこまででもなかったが、子どもに付き合ってバカ殿なんかはつい最近までよく観ていた。
「メルカリさんなんか、自分からよく観ていた世代なんかなあ?」
「そうですねん。子どもの頃からずっと観てましたわぁ~。何か面白くてぇ・・・」
「その何か面白いのがええんやろなぁ~。ここにも書いたけど、外国人にも結構受けていたらしいし・・・」
それだけでも何だか誇らしくなる、ある意味ごく日本人らしい日本人の慎二であった。
最早そんなことには拘らなくなった世代なのか? 個人的にそうなのか? それは分からないが、メルカリさんはただ笑っていた。
暫らくして慎二は、父親の浩治が亡くなった時もそう感じていたように、志村けんが亡くなったことは残念にしても、完全に無くなったわけではなく、心の中には今までとそう変わらない存在として残っている気がしていた。
またひとり心の中の存在が
しみじみ思う朝になるかも