sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

海辺のひと時・・・R2.3.22②

        砂浜で視線意識し膨らます
        上腕筋やナルシストかも

 

 砂浜で両脚を投げ出し、両腕を支えにしてもたれ掛かるように座れば、藤沢慎二の日々腕立て伏せを繰り返して鍛え上げた上腕三頭筋がぐっと膨らむ。

「ねえねえ、あれ見てぇ~。凄い筋肉っ!」

「ほんと、凄いわぁ~」

「ほんとねぇ~」

 一緒に海に来た同僚の女性陣、岡本真理、鈴木奈津子、河野留美、野口泰子が案の定、後ろで声を潜めながら口々に噂し始めた。慎二はそれをはっきり耳にしながらも、振り向かず、多少は自信を持ち始めた上腕三頭筋に更に力を込めた。そして、リラックスした風を装って座っていた。

「でも、それに比べたら脚が細過ぎる気がするわあ・・・」

 真理は何だか不満そうである。

 真理が自分に興味を示していることは知っていたが、慎二は真理のことが特に好きなわけでもなかった。だから、真理が何を言ったとしても、直接責められたのでなければ放っておけばいいのである。

 しかし、慎二は日々欠かさず腕立て伏せ、腹筋、スクワット等の基礎的な筋肉運動をしているだけあって、自意識過剰なところがあり、自分のことに関する発言の中に少しでもマイナスのニュアンスを感じると、急に落ち着かなくなった。脚が細いことは普段から自分でも意識している弱点であるだけに、そこをズバッと指摘されるとちょっと辛い。

 普段、真理は化粧っ気がなく、服装もごくシンプルで地味なものであったが、文学少女のまま大人になったような独特のアンニュイな雰囲気があった。その所為もあるのか? 年下年上を問わず、慎二等が勤めている若草教育出版社の独身男性陣に結構な人気があった。

 その真理から好かれているらしいことに慎二は、決して悪い気はしなかったが、当時の慎二は何事にも許容範囲がかなり狭かったので、2年先に入社している真理のことを恋の対象としては考えられなかった。

 しかし、それはあくまでも頭の中で考えていたことであり、心の中のことまでは分からない。

 と言うか、そんなところまで想像力が働くほど慎二の内面は大人になっていなかった。

 

        マドンナの自然に馴染む脹脛
        色気なくとも健康があり

 

 日本一綺麗な海水浴場と真理から聞いていた伊豆の大瀬崎の海は、慎二にとっては多少期待外れに思えた。砂が細かく、遊泳者の動きに連れて舞う所為か? 透明度がそんなに高くないのである。

「やっぱり脚が細いわ・・・」

 海に入ろうとしたとき、真理がまた言っている。

 慎二は自分の不備を責められているようで恥ずかしくなって来た。

 確かに、京都にある立志社大学のワンゲル部出身だと言う真理の脹脛は適度な丸味を持ち、しっかりと張って、26cmはあると言う大きな足に相応しい。色気はなくても地に付いた足である。

 そして海に入り、真理が小さな波に揺れる浮き板に中々乗れないでいたとき、慎二が真理の確りとした両脚を荷物のように持ち上げ,乗せてやっていたところ、小太りの三原健吾が笑いながら言う。

「おいおい。君たち2人だけで何やってんだよぅ~」

 思わず慎二が振り向くと、三原の小さくて細い目は決して笑っておらず、嫉妬の焔を静かに燃やしていた。

《そうかぁ~! 俺は今、大胆にも若い女性の脚を持ち上げていたんだぁ~》

 それをはっきり意識した慎二は、途端に恥ずかしくなって来た。

 しかし、真理は全く意識していないように楽しんでいたので、その後も慎二は気持ちの乱れを隠しながら真理と子どもっぽく戯れていた。 

 

        懐中の玉を離さずアドヴァイス
        優越感を満たすだけかも

 

 帰り道、慎二は三原の車に乗せて貰った。後部座席には沢口良介、立花守が同乗しており、沢口も真理のことが好きだった。三原が真理への気持ちを隠していたのに対し、沢口は日頃から公然と口にし、冗談ぽく真理に迫っていた。東京生まれの沢口は、都会人特有のスマートさと気弱さを併せ持っていて、福井出身の真理は、沢口の言葉や態度を本気で受け取っていいのかどうか戸惑っていた。

 暫らくは海水浴の余韻と心地好い疲れに身を任せ、皆それぞれの世界に浸っていたが、海が見えなくなった頃、慎二が沢口に、

「ところで、沢口さんは真理さんとデートしたことあるんかぁ~?」

 と、半ば優越感に浸りながら聞いとき、沢口は言う。

「いや、まだだけど。誘っても本気にしてくれないもの・・・」

「あんたの趣味の、映画にでも誘えばええやん!? 彼女、ロマンチックな映画やったら好きやと思うでぇ~」

「真理さんはお宅のことが好きなんだから、お宅こそ誘えばいいじゃん!?」

「いや、俺はええねん・・・」

「憎いね。俺もそんな風に言ってみたいよ。フフッ」

「何が、憎いね、や。気取ってんと、もっと素直になって言うてみたらええのに・・・」

 沢口は暫らく考えた後、口を開いた。

「実は、一緒に映画に行ったことはあるんだ・・・」

「何や、そうやったんか・・・。よかったやん!」

 そう言いながら慎二の気持は妙に波立っていた。取り立てて好きではないと思っていても、自分を好いてくれているはずの真理はもう自分の懐中に玉である。その真理が、本当は未だ大して近付いてもいないのに、急に遠ざかってしまうような淋しさに包まれていたのである。

「それでさあ、そのときに少しは真面目に迫ってみたんだけど、真理さんにしんみりと、年下はもうこりごりよ、なんて言われちゃった・・・。それって、もしかしたらお宅のことだろう? 憎いね。フフッ」

 それを聞いて、慎二は何故かほっとし、また優越感に浸りながらアドヴァイスを始める。

「しんみりと言われたってことは、聞いて欲しかったんやぁ! あんたに心を開き始めたと言うことやろぉ~? そうは言っても未だ心を閉じているから、易しくはないかも知れんけど、そこをぐっと迫ってみたらええやん。真理さんはあんたからのそんな勇気を求めているねんってぇ! 自分の背中を押すと言うか? 引っ張ると言うか? そんな強い力を求めているんやってぇ~」

 沢口はもう何も答えず、ただ苦笑いを浮かべながら、過ぎ行くなだらかな伊豆特有の海に迫った山の景色を眺めているだけであった。

 

        伊豆の山夕日に映えて美しく
        醜い心似合わないかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 これは今から15年以上前、それより更に25年ぐらい前のこと、だから今からではもう40年も前のことを思い出しながら書いたものである。

 

 他のものに比べて現実に大分近い部分が多い。

 

 今から考えると、私の勝手な思い込み、幼さが表れているように思われる。

 

 そりゃ持てなかったはずだし、適齢期がまだまだ先なことも分かる。

 

 でも、その頃の私にはそれで好かった。

 

 時間が出来たときに職場の皆で海や山に出掛け、それまでにはあんまりして来なかった自由な時間を持つことが出来た。

 

 関西生まれの私にとって、この舞台となっている伊豆の西海岸には鄙びた海水浴場にがあり、悪くなかったが、そんなに感動も無かった。

 

 東海岸の方は全く違い、東京を感じさせられることが多かったような記憶がある。

 

 それも今では遠い思い出である。