その6
令和2年4月14日、火曜日の朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液で手を消毒する。
そのボトルは大分前から置いてあったが、使い始めたのはここ数日のことである。それでも一旦始めると、しないことが不安になって来る。
それから執務室に入って来たら、これも何時も通り、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来てスマホに見入っていた。
「おはよ~う」
「おはようございま~す」
挨拶を交わした後、大阪府に休業要請が出されたこと、通勤電車の混み具合、株価の変動等、ひと通り世間話をし、慎二は自前のノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時はブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホも用意しておく。
続いてメインに使っているスマホを取り出し、通勤電車の中でメモしておいたものを見直しながら起こして行く。
朝のひと時雑詠
昨日の雨風が強かった所為か? 家の近くの道が一面の花絨毯になっていた。
風はまだまあまあ強く、冷たいが、如何にも春らしい朝である。
明けない夜はないか!?
まさにそんな感じだなあ。
たまには春らしい一句も詠まなくっちゃなあ。フフッ。
通勤路花の絨毯気も軽く
花絨毯足取り軽く通勤路
何だか平凡だなあ。
でも、この平凡な日常が今は有り難い。
日常を失って知る有り難さ
失って日常の好さ教えられ
あっ、また湿って来たようだなあ。フフッ。
さて、今日は勤務日であるが、何をしようか?
細かく決まっているわけではなく、任されている部分も多いから、迷うところである。
まあ今は、明けた時のことを考えて、心身のトレーニングも兼ねながら、少しは楽しめる方向で考えようか!?
と言っても、私の頭は何かを生み出すよりも寄せ集めて編む、つまり編集する方に向いてそうだ。
そんな時に役立つのがインターネットだなあ。
インターネットを使うまでは本を何冊も開きながらえっちらおっちら考えていたが、多少のいい加減さはあるにしても、インターネット様様である。
アイデアをインターネットに頂戴し
アイデアをインターネットで頂戴し
まあパソコンもインターネットも、それが手段であることを忘れてはいけないけどね。フフッ。
なんて書いている内に職場の最寄り駅が近付いて来たようだ。
緊張がじわじわと増す最寄り駅
緊張がじわじわ迫る最寄り駅
近付いて緊張が増す最寄り駅
近付いて緊張迫る最寄り駅
職場に向かって歩いていると、異動して来た上司が追い付き、
「おはようございま~す。お先に・・・」
と挨拶をして、さっと抜かして行く。
満更知らない人でもないので、普通であれば当たり障りのないことをひと言、ふた言交わすところかも知れない。
どうやら今はそう言う状況ではなさそうだなあ。フフッ。
新型コロナウイルスの所為か? ついつい他人との距離を感じてしまう朝であった。
コロナ禍や人との距離を遠ざけて
コロナ禍や挨拶だけですれ違い
コロナ禍や挨拶だけで遠ざかり
そこまで書いた時、後ろから声が聞こえた。
「ブログさん、今日も快調ですねえ!?」
珍しくファンドさんであった。
大分前のこと、その日も後ろから声が掛かったことがある。
「藤沢さん、何してはりますのん? 報告書か何かまとめてはるんですかぁ~?」
その時はまだブログをしていると言っていなかったし、見せる自信もなかったので、
「いや、別に遊んでるだけですよぉ~。日記書いてますねん」
適当に答えておくと、
「そうですかぁ~」
ファンドさんはそれで興味を失ったように手にしていたスマホに視線を戻し、再びメモを取り始めた。
慎二としても、ファンドさんが慎二のしていることを気にしていたようなのが、慎二も遊んでいることを知って、気を楽にしたようで、ホッとした覚えがある。
それ以後、お互いに干渉せず、始業までの間それぞれが気楽に好きなことをして過ごすようになっていた。
それはまあともかく、今日のファンドさんはちょっと気に掛かることがあったようである。
「ファンドさんも花粉症、きつそうですねえ」
「そうですねん。ゴホン、あっ、すみません」
《そう言えば、この頃ファンドさんは時々咳き込んでいる》
一瞬慎二は気になったが、慎二自身も花粉症の所為で花がムズムズ、喉がイガイガし、時折ついつい咳が出てしまう。
「俺もやし、お互い花粉症やから、そんなに気にせんときぃ~。それよりまだ内、テレワークとかせえへんのかなあ!?」
ファンドさんはちょっとした役に付いているので、慎二としては何か情報が得られないかと思ったようである。
「いや、まだそんな話は出てませんよぅ。でも、今日ぐらいそんな話、出るんちゃいますかねえ。大阪府から要請が出て、全く配慮しないのも不味いでしょう!?」
休み好きの慎二はちょっと微妙な気がしたが、ファンドさんのところの子どもらが小さいことも気に掛かった。
「ふぅ~ん、ところで、ファンドさんとこ、子どもさん、どうしてるん?」
「内、嫁さんのところがテレワークになりましてん。そやから大丈夫です」
「そりゃ好かったなあ」
「ありがとうございます。そう言うたら、この前言うてたWindowsの件、どうなりましたぁ~?」
パソコンに詳しいファンドさんがこの前、慎二と井口清隆、すなわちメルカリさんのぎこちない遣り取りにムズムズしたようで、まだ無料でWindows7からWindows10に変更出来ることを教えてくれたのだった。
「あれなあ、メルカリさん、結局買えなかったらしいわぁ~。でも、俺が家で使っていたWindows7が入ったノートパソコンとデスクトップパソコンでやってみて、ほんまに出来たわぁ~。でも、何かそう言う仕様になってるらしいけど、DVDが観られへんようになったでぇ~」
聴いていてさもありなんという表情になったファンドさんが、
「そうでしょう!? Windows10の場合は基本的にはアプリを買わなあきませんけど、Windows7や8.1からアップグレードした人はアップデートしたら無料で使えるそうですよぅ~」
「ほんまぁ~。そうやったんかぁ~!? ほな、今度やってみるわぁ~。出来んかったら、また聴くから、教えてぇ~」
「はい。別に構いませんけどぉ・・・」
「そやけど、ファンドさん、ほんまよう知っているなあ。流石やわぁ~」
「まあ、大学の時からやってたから、パソコンのことを知ってるのは知ってますけど、別にパソコンが好きなわけやないのが入ってから分かりましたわぁ~」
ファンドさんが大学時代のことをこんな風に話し出すのも珍しい。
慎二は話すのが恥ずかしいぐらいの大学時代であったから、聴く方に回る。
「でも前に浪花大の工学部や言うてたし、ある程度は何をやっているか分かって入ったんやろぉ~」
「まあ少しはぁ~。でも、今はよく聞くように入る前に見学に行ったわけではないし、入ってから半導体とか、其方に興味が移ってぇ・・・」
「ふぅ~ん。それでも単に高校の時に定期テストで理科の点が好かっただけで選んだ俺よりは大分ましやん」
「・・・・・」
同じ大学を出たと知っていても、初めは自分より大分スマートに見えるファンドさんにちょっと臆していた慎二は、ファンドさんとこうしてじっくり話してみると、意外と話の通じる部分を感じるようになり、しばしコロナ禍のことを忘れていた。
話す内近しいものを感じ出し
話す間はほっとするかも