sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

癒しの泉!?(チヂモン奇譚第2弾)(5)・・・R2.4.11①

               その5

 

 チヂモン村で山野周作は何となく好意を感じ、実は自分も少なからず惹かれていた職場の同僚、谷口正美と再会し、初めてのはずなのに、何となく懐かしいものを覚えた。

 それが縁と言うものだろうか!? 周作は正美と意気投合し、付き合うようになる。そして、幸せな日々が暫らく続いた。

 しかし、ふわふわしていたのがいけなかったのだろう。川浪の言い付けに従わず、正美と共にドームを出て、野ネズミに追い掛けられ、崖から落ちたショックで気を失ってしまう。

 暫らくして気が付いたとき、周作は色んな記憶が頭の中で渦巻いているのにびっくりした。

《俺は大阪の郊外に住んでいて、どうやら職場では正美に憧れられていたらしい。それなのに今はこんな辺鄙なところに住んでいる。ここは一体どこなのだ? それに、ネズミや虫の大きいこと! これは一体どういうことだろう!?》

 実は、周作は数年前に交通事故に遭い、それまでの記憶が完全に失われていたのである。それが一気に甦って来たらしい。

 機械によって抜き取られた記憶までは甦らなかったが、忘れていたお陰で機械に抜き取られなかった記憶が甦ったのである。

 周作は思い出したことを隠し、チヂモン村で元のままの生活をしながら、自分たちに命令を下し、偉そうにしている研究者、川浪高志の隙を窺う。

 川浪は自分でも言っていたように、忠助ほど人が悪くなかったので、その分警備も手ぬるかった。

 

 そして或るとき、周作は川浪に連れて来られた男が、緑の錠剤を呑まされ、小さくされた後、記憶を消されるところを目撃してしまう。

《な、何と言うことを! と言うことは、自分たちも記憶を消されて連れて来られた後、あんな風に小さくされ、また記憶を消されたわけかぁ~!?》

 それからも川浪を見張った結果、周作はチヂモンで縮小された生物を元の大きさに戻すことが出来るオレンジ色の錠剤、フクレンの存在を知った。

《しかし、喜んでここで元の大きさに戻ってしまうと、川浪に見付かってしまう。ここは落ち着かなければ・・・》

 そう考えた周作は、もう暫らく小さいまま、元の生活を続けることにした。

 

 そしてある晩、周作は川浪の研究室から盗み出した睡眠薬を少しずつアルコールに溶かし、それを眠っている川浪の口に細い糸を使って垂らして込み、完全に自由を奪った。

《これで当分は起きないだろう!?》

 フクレンを飲んで元の大きさに戻った周作は、今まで川浪がして来たことをなぞって、川浪を小さくし、そして記憶を消した。

《次は、一緒に住んでいた小人たちを元の大きさに戻し、チヂモン村から出してやることだなあ・・・》

 そうは考えたが、それぞれの元の場所ではアンドロイドたちが活動しているはずである。出来る限り影響を少なくして再度入れ替えるのが結構難しい!?

《それはまあ後のことにしよう》

 周作は先ず癒しの泉に迫り、忠助を倒すことにした。

 しかし、方法は!?

 周作は農夫に化け、旅人を待った。そして、のこのことやって来た旅人に川浪の真似をして泉を紹介し、そしてチヂモンを呑んで再び小さくなって、後を付けた。

 流石に今度は忠助も気が付かなかったようである。何の警戒心もなく、小屋の前で麒麟と共に旅人を迎えている。草の陰から周作は手製のボウガンで忠助の腕を狙って撃った。

《おや、何だろう!? 何か刺さった感じだけど、蚊にしては衝撃が強過ぎる・・・》

 しかし、それが麻酔液をたっぷりと塗った小さな矢であると思い付くまでに忠助の意識は途切れた。

 麒麟にはそれが何のことなのか判断が付かない。ただじっとしたままであったし、旅人には勿論わけが分からなかった。

 旅人が怖れをなして逃げ去った後、周作は忠助を小さくして村に持ち帰り、記憶を消した。そして、川浪と同じく、ドーム内のチヂモン村に送り込んだ。

《こんな奴らはチヂモン村でずっと好きなように暮らし続ければいい・・・》

 小屋に戻ってみると、麒麟が所在無げに待っていた。色んな記憶があっても、麒麟は勝手に動き出すことはない。忠助にそんな命令をインプットされていなかった。旅人たちのロボットの場合は自主的に元のように動いて貰わないと疑われるから、判断仕方、行動パターン等も含め、全て完璧に移してあったが、忠助は麒麟のロボットに、元の記憶を完璧には与えたくなかったのである。

 若くて美しいだけではなく、愛する一人娘なのに、それは一体どうしたわけか!?

 記憶を奪う前の麒麟を知っていればそれは直ちに理解出来ることであった。

 お嬢様育ちの麒麟は悪いホストに引っ掛かり、落ちるところまで落ちていた。見付けたときには悪擦れていたので、忠助は当時埼玉県所沢市の郊外にあった研究所に宥めすかして連れて行った。その後はこれまでのようにしっかり眠らせた後、本当は先ず記憶を奪い、綺麗に洗って都合の好い記憶だけを本人に戻したかったのである。

 しかし悪擦れているように見えたのは、そんな自分を受け入れられず、斜に構えているだけであった。愛する忠助の元に戻り、頑なになっていた気持ちが癒された麒麟は、隙を盗んで手首を切ってしまった・・・。

 忠助が気付いたときには既に麒麟は救いようがないほど衰弱していた。忠助は直ちに麒麟の記憶を奪い取り、眠るように息を引き取った麒麟の姿をかたどったのであった。
だから、麒麟は本当に精神まで腐っていたわけではない。きちんと人と付き合える父親なら分かるはずであったが、殆んどアンドロイドとしか付き合って来なかった忠助にはその辺りの機微が理解出来ず、ただ従順さのみを残した麒麟の生まれ変わりのアンドロイドを作り上げたのであった。

 さて、小屋に戻って来た周作は、麒麟からこれまで忠助がして来たことを聞き出すことが出来た。そして、アンドロイドたちに出来る限り早く戻って来るように命令を発信した。

 

 暫らくして戻って来たアンドロイドたちからは記憶を奪い、それぞれのアンドロイドにそっくりなチヂモン村の住人たちを元の大きさに戻した後、記憶を返して、元の活動拠点に戻した。

 面倒な作業を根気よくした後、残ったのは忠助と川浪である。

《果たしてどうしたものか!?》

 周作は暫らく思案した後、忠助と川浪を元の大きさに戻した。自分が野ネズミに追い掛けられ、死ぬ思いをしたことから考えて、小さいまま放っておくには忍びない。

《記憶はともかく、大きさぐらい元に戻しておいてやるか!? そうすれば何とか生きて行くことが出来るだろう》

 と思い直したのである。

 それから研究施設を壊し、麒麟と、もう一体の同じように従順なアンドロイドである人の好さそうな巡査に命じた。

「この記憶を無くした老人たちの面倒をしっかり看てやってください!」

「はいっ!」

 麒麟と巡査は声を合わせた。

「名前は知っていますか?」

「ええ。私の父の明珍忠助、それに川浪博士です」

「前はそうでしたねぇ。これからは太郎さん、次郎さんにしておきましょう。それも含めて、2人には決して昔の話はしないようにしてください。特に麒麟さん。分かりましたねっ?」

「はいっ!」

 また麒麟と巡査は声を合わせた。

 どうやらこの2人(正確には2体か?)も上手く行きそうである。

 

        其々の居場所に戻り安心し

        幸せな日々訪れるかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 これでこのお話は終わりである。

 

 これを書いた後、10年ほどして知り合いにも記憶を失った人が出て来た。

 

 その時までの生活がきつかったようである。

 

 その時までの5年間ぐらい記憶がすっぽりと抜け落ちた。

 

 まだ若かったので、高校生ぐらいまでの記憶が残ったことになる。

 

 だから日常生活は会話を除いて普通に出来た。

 

 また、高校生以降のことでも、身体が覚えていることは出来た。

 

 人間の脳の不思議さである。

 

 今もその人は多くの記憶が失ったままのようであるが、失って以降の生活で身に着けたことも増えて来ているようで、少しずつ生活の幅を広げているそうだ。

 

 きつい体験をしただけに、これから少しでも多く、幸せな記憶が残って行くことを期待したい。

 

 これは何もある特定の人に限らず、今、恐れ、緊張する日々を送っている誰に対しても言えることなのかも知れない。