sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

御伽噺はほどほどに(1)・・・R2.3.6①

                序章

 

 僕の家には生まれたときから身の回りの世話をしてくれる爺さんがいる。この爺さん、名前はノリオとだけしか分からず、昔からちっとも変わらない。子どもの頃はかなりの年に見えたのに、今見れば精々40代半ばぐらいのものだから、爺さんと言うより小父さんと言うべきだった。

「どうしてノリオ爺さん、いや小父さんはちっとも年を取らないの? 僕が幼稚園に通っていた頃とほとんど変わらないように見えるよ」

 不思議に思って高校生の頃、聴いてみたことがある。

 そうしたらウインクをして見せ、その答えが振るっていた。

「嗚呼、それはね、小父さんが精巧に作られた人型ロボットだからさ。まあアンドロイドとでも言うのかなあ。ハハハ」

「そうだったんだぁ・・・」

 僕はそう言うしかなかったけれど、小父さんの様子を観ていると、あながち嘘とも言い切れず、信じた振りをして、そっとしておくことにした。

 実は、もし本当だとすれば・・・、と考えると、ちょっと怖くなって来たのである。

 子どもの頃から、僕は神経が立って、中々眠れない方だった。そんなとき、小父さんには一杯お話をして貰ったものだ。そのお話がパパやママがしてくれるお話とは違い、かなりぶっ飛んでいた。それなのに妙にリアルなところもあり、僕は面白くて夢中になったことが何度もある。それでは寝る前の御伽噺にならないのだけど、僕はそれでもよかった。十分に満足だった。

 小父さんが、「実は自分はロボットだ」と言ったことを否定し切れず、後から怖くなって来たのは、そんな子どもの頃の経験を思い出したからである。

 

 その日、僕は久し振りに家に帰った。大学が夏休みに入り、友達と旅行するまでの間、2週間ほど暇が出来たのである。

 長期休暇中でも下宿に残って勉強するほど熱心な学生ではないし、遊ぶのに必要なお金には苦労していないから、労力に見合わない安い賃金を目当てにバイトするのも怠い。大学を出てからしたいことが決まっているわけではないから、暫らくニートと言われる宙ぶらりんの存在にでもなろうかと思っているので、焦って就職活動をする気もない。要するに、はっきりした目的を持たずに、のんびりした時間を過ごしたくなったのである。

《嗚呼、2年振りかなあ。少しは変わっているだろうか? フゥーッ》

 僕は深呼吸をしてドアを開けた。

「ただいまぁ~!」

「おかえりぃ!」

 待ち構えていたように懐かしい声がして、小父さんが飛んで来た。

 しかし、家の雰囲気は少しも変わっていなかったし、照れくさそうに迎えてくれた小父さんにも殆んど変化がない。

 パパやママは留守のようだ。相変わらず暇と金に任せて遊び回っているのだろうか?

 あっ、言うのを忘れていたけど、パパ、ママ共に仕事をしていないのに世話をしてくれる小父さんがいるぐらいだから、どう言うわけか我が家には小金だけは結構入って来て、パパやママはそれを僕に残す気はあんまりないらしく、のんびり遊んで暮らしている。

「パパとママは?」

「何でもお父さんがアンネの日記をお読んでからカナダの方に行きたくなったとかで、2か月の予定で出掛けたよ」

 言葉つきも相変わらずである。もう少し僕を坊ちゃんらしく扱って欲しいところだ。そうすれば僕もちょっとは坊ちゃんらしくなれるかも知れないのに・・・。

 まあそんなことは、実は本気で望んでいるわけでもない。僕は気楽に暮らすのに慣れ切っているから、今のままで十分だ。

 

 その日の夜、下宿にすっかり慣れてしまった僕は、自分の家なのに、枕が替わって中々寝付けなかった。

《そうだ、久しぶりに小父さんの御伽噺でも聴いてみるか! 子どもの頃とはまた違った印象を受けて、面白いかも知れないなあ》

 僕は2階の寝室から、まだ階下にあるリビングのにある片付けをしている小父さんのところに降りて行った。

「小父さん、忙しいところ悪いけど、また子どもの頃のように、何か面白いお話でもしてくれない? あんまり久しぶりなもので、何だか眠れなくて・・・」

「ハハハ。面白い話かぁ~。何のお話が好いかなあ?」

 小父さんは満更でも無さそうである。仕事を置いて、ソファーに腰掛け、おもむろに口を開いた。

「そうだなあ。もう大学生なんだし、そろそろ話しておいても好いかなあ? 幾ら文系だと言っても、多少の科学的な知識もあるだろうから、理解できないこともないはずだ。よし! 今日は小父さん自身のことについて話してやろう」

「えっ、小父さん自身のこと!?」

「そう。小父さん自身のことだ! 今まではとても信じて貰えないだろうと思って、あんまり話さなかったけど、お前にも関係することだから、そろそろ話しておいた方が好いだろう」

「何だか重そうだなあ」

「いや、そんなこともない。俄かには信じられないことも多いかも知れないが、信じれば結構面白い話でもある。ただし、これは今まで話したのと違って、僕が経験したことを元に創った話ではないがな・・・。フフフッ」

 そう言って、小父さんは意味深な表情をしながら煙草を吹かし、リビングボードの中から古びた大学ノートを取り出した。そして時折それをちらちら見ながら、静かに話し始めた。