sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

間垣家の日常(1)・・・R2.3.12②

            その1 話、長~い


 間垣家の面々は拘りが強く、話が長い。たとえば、朝の食卓で娘の美奈が、

「ねえ、ねえ。ちょっとそこの塩、取ってぇ~」

 と言えば、向かいに座っている、歴史好きの息子、史昭はピクピクと小鼻を蠢かせ、おもむろに語り出す。

「塩と言えば山国である甲斐の国では昔から塩が不足しがちやから、武田信玄とライバル関係にある上杉謙信はやなあ・・・」

それも、今、誰もが興味を持っていて当然のことであるかのように・・・。

 その横に座っている、韓国ドラマフリークのママ、芳香は皆まで聞かず、

「韓国ドラマやったらこんな場合、目上の人に気軽に頼んだりしたら、それこそどれだけ文句を言われるか。それよりも・・・」

 別に怒っているわけではなく、唯、きっかけを求めては、韓国ドラマから得られた印象としての事実を延々と語り出す。

 その前に座っている、自称ファンタジー作家のパパ、武弘は、この光景をニヤニヤしながら見ているようで、ピクリとも動こうとしない。

 一番意地が悪いように見えるが、実は何も見ていないし、聞いてもいないから、動きようがないのである。

 そして武弘の頭の中では、前日に通勤電車の中で見た清楚で綺麗なお姉さんと、大分若返った自分との、淡いロマンスが展開されていた。

 そんなとき黙ってはいても、初恋の甘酸っぱく、ぎこちないやり取りを、飽きることなく延々と繰り返している積もりなのだ。

 それを見ながら美奈は、怒る風でもなく、焦る風でもなく、かと言って、自分で食卓塩の瓶に手を伸ばすでもなく、のんびりと待っている。手近にある亀のぬいぐるみ、カメカメとの会話を楽しみながら・・・。

「カメカメちゃんは可愛いんだよぅ~。チュッ~! みんな、話、長~い。えっ? 僕が歩くのより遅いなあ、でちゅって? カメカメちゃんも言うでちゅねぇ~。ウフッ」

 そんなわけで、間垣家の朝は滞りがちで、かなり早めに起きていても、武弘は会社に、史昭と美奈は学校に、それぞれ遅刻するのが常であった。

 当然、武弘の出世など夢のまた夢、史昭と美奈の成績は地上すれすれの、超が付くほどの低空飛行であった。

 それでも芳香は、間垣家が、韓国ドラマによく出て来る、一体何をして食べているのか分からず、みんな思い切り不器用で頑固者揃いだが、勝手な愛だけには溢れている家族にちょっと似ている気がし、嫌いではなかった。

 ある朝のこと、貧乏神のスッカラ・カーン(長いので、以後は略してカーンと呼ぶことにする)が降臨し、間垣家の食卓に加わったが、あまりにも擦れ違ったやり取りにムズムズして来て、黙っていられなくなり、

「ほれ、食塩だよ。食塩」

 つい口と手を出してしまった。

 それを鋭く聞き付けた芳香は、元々丸い目が一瞬、ほんのちょっと大きくなった気はするが、それだけのことで、大して驚く風でもなく、

「あら、不思議。誰だか知らない人の声がしたわぁ~。そうよねぇ~。韓国ドラマではこんなこと、よくあるのよ。霊がごく普通に同居している、って感じよねっ!」

 それからと言うもの、間垣家の食卓には、家族の4人分だけではなく、5人分の食事が用意されるようになった。

 気をよくしたカーンは有り難く食事に加わり、そのお返しと言っては何だが、要所要所で口を出し、時には手も出し、流れがスムーズになるように交通整理した。

 お陰で間垣家の朝は滞ることがなくなり、拘りが強いだけで、元々他の人に比べて能力的にはむしろ優れていた武弘は、上昇気流に乗ってすいすいと昇進し始めた。史昭と美奈の成績もその流れに乗ったか、瞬く間に上位グループに入るようになった。

 でも、どうも芳香はすっきりしない。金銭的にも他人の評価も上がってはいるのに、何だか寂しいのである。

 自分だけが取り残されたなどと考えずに、他のみんなが好い成績を収めているのは自分の陰の力があってこそのことと考えれば、自分にとっても誇らしいことだと思えるはず。

 そう思おうとしても、何処か違う。人生がやせ細って行くような寂寥感に包まれていた。

 カーンとしてもそれは本意ではない。物質的な貧乏を体験させることにより心の豊かさについて考えさせるのが本来の役目なのに、これでは逆ではないか!?

 と言うわけで、芳香はまた4人分の食事しか用意しなくなり、やがて間垣家の朝が元のように滞るようになった。

 自然と上昇機運は去り、武弘、史昭、美奈は揃ってまた超低空飛行に陥ったが、芳香の横顔には満足そうな気だるさが戻っていた。

 

        幸せは人其々に基準あり

        保障されれば其れで好いかも