sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

懐かしく青い日々(6)・・・R2年1.6②

          第1章  その5

 

        誰にでも心揺らせる歌があり
        声を上げれば熱くなるかも

 

 暑さが大分ましになり、朝夕に漸く秋が感じられるようになったある朝、北河内高校ではグランドで朝礼が行なわれていた。

「・・・と言うわけでありましてぇ~、君たちにも人生の黄金期とも言うべき青春時代を大事に生きて頂きたいのであります。それではここで私の青春時代の思い出の歌、舟木一夫の・・・」
 そこまで聞いただけで上級生の女子たちがくすくす笑い出した。
 続いて上級生の男子たちも、さも嬉しそうに口々に言う。
「ハハハ。校長、またあれを歌うらしいなあ。ハハハハハ」
「そうや、そうやぁ。またあれ、歌いよるでぇ~」
 まだ1年生の藤沢慎二には何のことかさっぱり分からなかったが、どうやらこの学校には恒例のことらしい。
「ハハハ。よっ、校長!」
「待ってました! ハハハハハ」
 上級生の男子たちが言い、中々好い雰囲気である。
「こらこら。まだ全部言うてないやろぉ。人の話は最後まで聞かなあかん!」
 校長も満更ではないらしい。
「でもまあ、皆さんがお待ち兼ねのようだから、それでは改めて、えへん! 私の青春時代の思い出の歌、舟木一夫の高校三年生を歌います」
 そう言いながら校長は、慣れた様子でスタンドから有線マイクを外し、長いケーブルを手際よく束ねる。それからさも気持ちよさそうに歌い始めた。

 

 ♪あ~か~い~夕~日が~、校舎を染めて~、に~れ~の~木陰には~ず~む声~♪

 

 普段の濁声からは想像し難い、若々しく、張りのある声であった。校長にはこの歌にまつわる、何か華やぐような思い出でもあるのだろうか? 
 慎二は何時の間にか歌の世界に引き込まれ、楡の木陰で河合道子と並んでいる自分を思い浮かべて切ない気持ちになっていた。

 

        艶やかな声が心を震わせて
        歌の世界に引き込むのかも

 

 道子は隣のクラスの子で、中学時代の北河内地区における華々しい活躍を耳にしていたバスケットボール部から熱心に誘われて入部し、直ぐにレギュラーになるほど溌剌としたところがあった。身長173cmの慎二と並んでも、姿勢の悪い慎二より少し低く見えるだけであったから、おそらく167、8cmはありそうである。スラリと見えても必要な筋肉が付いているから、ただ痩せていて貧弱な慎二と同じぐらいの肩幅があり、健康的な厚みもある。それでいて普段は物静かで、友だちと噂話に花を咲かせるよりも,黙々と本を読んだり、セーターやマフラーを編んだりしているような大人しいところのある美少女であった。
 柔道部に入っていても、元々運動が苦手であった慎二は、道子のシェイプアップされた伸びやかな肢体が眩しくて仕方がなかったし、落ち着いた物腰にも強く惹かれるものを感じていた。
 それでは慎二と道子が、個人的に付き合うまでは行かなくても、話しぐらいしたことがあるのかと言うと、そんな事実は少しもない。半年も隣同士の教室で過ごしていながら挨拶すらも交わしたことがなく、慎二が一方的に憧れ、道子の視線が自分の方を向いていない隙にチラッと盗み見ては溜め息を吐くのが関の山であった。全く時代遅れの、至極幼い恋ではないか!? そう言う意味でも、古きよき時代を偲ぶ「高校三年生」は慎二の心を強く揺さ振ったのである。

 

        盗み見て溜息吐けば切なくて
        もう其れ以上進めないかも

 

朝礼が終わって教室に戻る際、慎二は隣のクラスに入ろうとする道子と鉢合わせ、思わず視線が合ってしまった。
「・・・・・・・・・」
 どれぐらいの時間であっただろうあっただろう? 実際には僅か1秒にも満たないのかも知れないが、視線を外そうとしても外せず、慎二の心が道子で一杯になるのに十分な時間が流れた。
 そして教室に入り、席に着いてからも、慎二の頭の中には「高校三年生」が高らかに木霊していた。

「おいおい、藤沢、どうしたんやぁ~? ぼぉーっとして・・・」
 臨席の加納勝が慎二の顔を覗き込みながら心配そうに聞く。
「いや、高校三年生ってええなあ、と思てなあ」
「あれなあ、校長の十八番(おはこ)やねん」
「先輩らの様子見てたら、そんな感じやなあ」
「そやけど、それだけやないやろぉ?」
 そう言いながら加納が意味深な笑いを浮かべる。
「えっ、な、何がやぁ!?」
 慎二は心を鋭く読まれたかのようで、何だか落ち着かない。
「ハハハ。純情やなあ、藤沢はぁ~! 戻ってからもう大分経つのに、まだ顔が真っ赤やでぇ~。ハハハハハ」
「・・・・・・・」
「ほら、さっき河合と鉢合わせして、オタオタしとったやろぉ? 俺、後ろから見てたんやでぇ~」
「・・・・・・・」
「まあ、あいつは可愛いし、スタイルええもんなあ・・・。気持ちは分かるでぇ~」
「そ、そうやろぉ? そやから緊張しただけやぁ~」
「ほんまにそれぐらいやったら、可哀想やけど、まあ今の内に諦めといた方が無難やと思うわぁ~」
「何でやぁ~!?」
「おっ、そんな風にむきになり掛けるところを見ると、やっぱり多少は好きになり始めてるのかな?」
 加納は面白がっているような、同情しているような顔で聞く。
「いや、まあ・・・」
 慎二には、勢いに乗って口に出してしまうほどの勇気はない。
「でも、やっぱり諦めといた方が無難やなあ。河合はなあ、噂によると、あの野球部の大エース、黒田武雄のファンで、弁当作ったり、セーター編んだりして、色々せっせと持って行っているらしいでぇ~。黒田にはファンが多いのでまだ付き合ってはいないらしいけど、落ちるのは時間の問題やろぉ、と言われてるしなあ。フフッ。それに、河合のファンも多いから、競争率がかなり高いでぇ~。フフフッ」
「ふぅ~ん。そやけど、別に俺はまだ好きなわけでもないし・・・」
「ハハハ。まだ好きなわけでもない、かぁ~。ハハハハハ。ほんま正直な奴やなあ。別にもう好きになっててもええやん。河合のファンはようさんおるねんから、その内の1人になるだけのことやぁ。オンリーワンになるのは難しいと言うだけのことやでぇ~」
「いや、それやったらアイドルでもええやん。マジに比べたらアイドルの方が絶対可愛いねんから・・・」
「ハハハ。弱気なくせにプライドだけは高いねんなあ。ハハハハハ。アイドルなんて夢のようなものやし、生身の人間と比べるものやないやろぉ!? それに対して河合は幾ら落とすのが難しいと言うても、可能性がないわけやないでぇ~。弱気で愚図愚図してたら相手にして貰われへん、と言うだけのことやぁ~」
 加納は慎二の痛いところをずばりと突く。
「そんなこと言うて、ほんまは加納かて河合のことが気になってたんやろぉ?」
「え、な、何言うんやぁ!?」
 突然の反撃に加納はオタオタする。
 それに、心なしか顔が赤くなって来た。
 どうやら、今度は慎二に痛いところを突かれたらしい。
「図星やろぉ!? そんなん直ぐに分かるわぁ~。河合のこと、そんなに知ってるねんから、加納こそ河合の大ファンやったんやぁ! 口は災いの元やなあ。ハハハハハ」
 これで慎二は、少なくとも道子を見る免罪符を得たような気がし、前より恥ずかしがらずに見ることが出来そうだが、その分、ときめきからは遠退き、少し淋しい気もしていた。