sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(19)・・・R2.5.29①

             エピソードその16

 

 もの皆誘惑され、揺れに揺れる春が過ぎ、いよいよダッシュを掛ける初夏になった。安藤清美、そして清美の献身的な努力もあってすっかり蘇った丸山康介は軌道に乗り始め、今度は清美を引っ張る立場に替わっていた。休みの日には時折近所の公園等で2人仲好く過ごす様子が普通に見られるようになったが、デートと言ってもそれぐらいのもので、2人共それ以上のものをまだその頃は求めていなかったようだ。その他で一緒に居るのは北河内高校の図書室で勉強している時ぐらいのものであった。

 それだけではなく、周りは、重い課題に苦悩し、立ち上がったこの2人を少し煙たく感じるのか? 同じことであるかも知れないが、そこまでは悩んでいない自分が恥ずかしく思うのか? ちょっと距離を置いたから、2人はその極めて生真面目な付き合い方に何の疑問も焦りも覚えず、むしろ落ち着いた気分でいられた。

 その結果、1学期の中間テストで康介はクラスで1番、学年で12番まで上がっていた。清美もクラスで4番、学年で38番と、少し上がっていた。清美は当時の北河内高校においても国立京奈大学を受けるかどうかまだ迷う範囲内であったが、康介は既にそこは当たり前で、我が国最難関の国立東都大学も確り見えていた。

 同じ頃に受けた外部の模擬試験でその差は更に如実に出て、康介が国立東都大学では合格率50~75%のB判定、国立京奈大学では75%以上のA判定であったのに対し、清美が国立京奈大学では合格率25%未満のD判定、国立浪花大学では25~50%のC判定に止まった。

 そうなると2人で同じところを狙う意味で安全を考えて国立浪花大学にすると康介が勿体無く感じられ、せめて地域的に近所であることを目指すか? それとも将来の為にそこは無視して選択範囲を広げるのか? そんな悩みがこの2人には加わっていた。

 

 また橋本加奈子と柿崎順二であるが、この2人は春休みに行くところまで行き掛けて結局行かず、周りに認められた結果、やはり落ち着いた付き合い方になっていた。

 と言っても勿論、清美と康介のようではなく、日曜日と限らず毎日デートをしているようなもので、そんな空気が完全に出来上がっていたが、それだけのことであった。キス以上には大して進まず、周りがむしろ楽しみにしていたようなところまで行っていないらしい。

 なんて、周りも許し、本人等もずっと人生を共にすると決めていたから、或る意味もう夫婦のようなものであり、その2人が何処まで行こうが、今は計画的に抑えていようが、それはもうどうでもよいことであった。既に2人だけの問題であった。

 さてこの2人であるが、成績の方も相変わらず仲好く推移していた。1学期の中間テストにおいては加奈子がクラスで15番、学年では143番とかなり上がり、順二もまたクラスで16番、学年では152番と上がって来た。そして外部の模擬試験においては加奈子、順二共に市立浪花大学の合格率が50~75%のB判定と現実的になっていた。

 そこで悩ましくなって来るのが順二の野球であった。リトルリーグから親子共々掛けていた情熱が報われるのか? 出来れば報われて欲しかったが、現実は中々厳しい。それは芸能界でも同じようなものであろうが、よほど突き抜けてでもいない限り、競争相手が多過ぎる!? 春になってストレートの最速が140km/hを超え、変化球も切れて来た。当時としては数字上、高校野球では十分に目立ち、プロでもエース級はともかく、普通に通じるレベルに達していたが、大勢いるレベルには変わらなかった。

 それでも普段の練習が地域でトップの進学校である北河内高校の環境である。また練習試合の相手も同様であったから、本当に信じて好いのか今一自信が見えず、然りとて限界も中々見えて来なかった。

 それ故、初夏に入っても日々これまでと変わりなく練習をしていたところ、流石にじわじわと見えて来るものがあり、またこの年は北河内高校野球部にとっても珍しく調子が好さそうであった。

 当然のように、これはひょっとしてひょっとするかも? とOB等の期待も高まる。こんな時、持つべきものは伝統で、色々な伝手を辿り、練習試合において、時折有名私学も含め、これまでよりも強そうな学校との対戦も組まれるようになった。

 結果、意外と好いところを見せ、大阪府でベスト16ぐらいに入るチームと対戦しても、勝ったり、負けたりする。

 これはもうチャレンジしてみるしかない!?

 順二はそんなところまで来ていた。

 一方加奈子の方のバスケットボールであるが、これはもう進学校におけるちょっと優れたレベルで、身長も169㎝と、女子の一流選手としても決して高い方ではない。むしろ低いレベルにあったから、あくまでも余技、趣味、お遊びのレベルであった。

 加奈子もそれで好かった。自分が立つのではなく、順二を支える。そのことを甘んじて引き受けようとしていた。喜びさえ覚えていたから、このカップルはこれから色々な試練があるにしても、それは当たり前のことで、まあ順風満帆と言えた。

 

 さて、ここのところ毎回最後になってしまうが、主人公の青木健吾とヒロインの中野昭江のことである。本当は真っ先に書いておきたいはずなのに、カップルとしては表面上何の変化もなく、いやそれも恋愛的な部分と言えばお互いに精神的なものだけであったから、年の差はあれど単なる勉強友達と片付けて好いぐらいであった。

 それでもこの2人はおかしいぐらい一生懸命に思い合い、一生懸命に将来を考えていた。それ故書いておかないで済ますわけには行かない!?

 それはまあともかく、健吾は大阪府の一般公務員、教員、愛知県の教員と応募し、忙しく勉強三昧の日々を送っていたが、昭江のことを忘れられるはずもなく、定期テスト前には物理実験室に昭江の姿があった。

 もう後の2組のカップルはそれぞれ勉強する場を得ていたし、女子バスケットボール部、女子バレーボール部の合同勉強会は袴田久美子と中沢彰利等の手に移っており、それは久美子のテリトリーである英語のLL教室で継続されていた。

 そうなると、物理準備室には微妙な空気が漂ってもおかしくはないが、北河内高校では定期テスト前になると彼方此方でそんな勉強会も開かれており、特に目立つことも無かった。

 当然と言うか、2人だけになったことにより昭江の勉強は更に進み、中間テストの結果はクラスで7番、学年では72番まで上がっていた。外部の模擬試験の結果も健吾の出た国立浪花大学が合格率25~50%のC判定、兄の陽介が通う国立阪神大学が合格率50~75%のB判定と、いよいよはっきり視界に入って来た。

 そんなことが健吾の励みともなったようで、6月には昭江に会えない寂しさに何とか耐えながら毎週のように受けていた其々の採用試験の1次テストであるが、全て余裕で通過していた。

 ただ、愛知県については微妙な気持ちがまだ拭えなかった。場合によっては一時的にせよ昭江と遠ざかるだけではなく、中々公(おおやけ)よりで、個人と言うものを抑えなければやって行けないような印象なのであった。

 たとえば伯母、早乙女瞳の娘、だから従姉妹にあたる渚であるが、結婚相手の大井兼次は農協関係の金融機関に勤めており、高卒ながら出世頭であった。今、課長職にあるそうだが、聞くところによるとその残業時間が凄まじく、毎月170時間を超えるらしい。

 そう。ほぼ就業時間に等しく、2人分働いているのと同様であった。それでいて我が国において管理職には残業手当が付かないのが普通であるから、同じぐらい働く部下の方が収入では上回ると言う、誠にけったいなことになっている。

 また愛知県の場合、学校においても驚くほど昔風が残っていた。当時大阪では割と教育委員会の指示に従わずに済んでいた君が代、日の丸であるが、そんなことは従って当然のことであった。運動会、体育大会における見事に足並み揃った行進、朝礼台の前を通る時の一斉に斜め上に向かっての挙手等、美しい、整然としたと言うよりも、ナチスを思わせる空気が漂っていた。そして勿論、それを支える普段の教育が見事に上意下達によって粛々として進められていた。

 何れもマスコミ、知人等を通した印象ではあるが、素直で交際範囲の狭い健吾にはそれ以上知りようもなかった。

 それならば止めておけば好いものを、その辺り健吾には優柔不断なところがあり、瞳に勧められると嫌とは言えなくなっていた。

 それだけではなく、これで2次テストにおける徳田正文の影響力に期待し、もうすっかり通った気になっている瞳は健吾に見合い話まで持ち出した。

「どう、健吾。私がお茶とお花の面倒を看ている子なんだけど、今、付き合っている人がいないのだったら、今度一度会ってみない!? それとも、もう誰か付き合っている人がいるの?」

 瞳は名前に恥じない大きくて綺麗な目を爛々と輝かせ、かなり積極的な様子であった。

 健吾は昭江のことが気になっているから、当然乗り気ではない。

 しかし昭江とは、よく考えてみればそんな話をしたことは一度もないし、第一まだ付き合ってもいない。現実には単なる勉強友達であった。

 気になるのであれば恋愛的な行動は暫らく置くにしても、話ぐらいはしておいても好かったのかも知れないが、2人共そんなに器用ではなかった。女性であり、大分年下の昭江がそうであるのは当然で、むしろ好ましいぐらいであったが、健吾がそんな風では進む話も進まなかった。

 そんなわけで、健吾は瞳の質問に昭江を出すのが躊躇われた。

「いや、特に付き合っている人なんかおれへんけどぉ・・・」

「おれへんって、あんた、そっちの方は相変わらずあかんたれやなあ!? 今年でもう28歳になるねんから、今の若い人やったら付き合っている人ぐらいおっても当たり前やろぉ~!?」

 ついつい瞳も普段無理して使っている標準語らしきものが何時の間にやら影を潜め、健吾に引っ張られて、若い頃までは慣れていた関西弁に戻っている。

「そう言われても・・・」

 瞳の勢いにたじたじになっている健吾を抑え込むように、

「ほな、ここは伯母ちゃんに任せときぃ~。悪いようにはせえへんからぁ~」

 それで会ってみることに決まってしまった。

 何でも年齢は25歳と、2つ下であるから悪くない。女性は男性よりも2歳ぐらい精神年齢が早く成長する、と昔から言われていることに従えば、健吾と世間的にはむしろ昭江とよりも釣り合う。

 学生時代はテニスをしていたそうで、身長167㎝と昭江と同じぐらい。写真で見る限り引き締まった肢体もそんなに変わらなかった。と言うか、女性らしさが加わり、そこに若い女性のそこはかとない色気も加わっていた。夏物のミニのワンピース姿の写真では正面からでも明らかに分かる胸の膨らみから目を離せない。すらりと伸び、膝から下の長い脚にも目が釘付けであった。

 それに顔立ちであるが、習い事をしているだけに着物姿が板に付いており、その姿では化粧の加減か? ちょっと古風に見えるが、何枚かの写真で判断すると悪くない。どころか、人は見た目が9割であるならば十二分に合格点で、瞳の手前、健吾は興奮を抑えるのに苦労するぐらいであった。

 こんな場合、男と言うものは情けない。と言うか、動物的に考えればそれが当たり前なのかも知れないが、健吾の女性に対する好感度を表す指針が目に見えて揺れ始めた。

《まあ、昭江とはまだ何もないわけやし、これからもあるかどうか分からへん。目の前にこんな魅力的で綺麗な花があるのに、一遍ぐらい会ってみてもええのかも知れんなあ・・・。いや、伯母さんがこんだけ熱心に勧めてくれてるわけやし、これは会うべきなんやろなあ。フフッ》

 なんてオヤジ臭く思ったかどうかは別にして、結局会ってみることにした。

 

        男には見かけに揺れるとこがあり
        其の場其の場に一途なのかも