sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(エピソードその2)・・・R4.2.1②

          エピソードその2

 

 キリスト教系の聖書研究会、「希望の光」の夏季キャンプから戻った後、JR北河内駅前の食堂街にあるうどん屋、「さぬき庵」で青木健吾はアルバイトで店員をしていたJKの中野昭江に親し気な声を掛けられ、挨拶を交わした。そして昭江の定期テスト前には近所にある北河内市立図書館に設けられた自習室で一緒に勉強するようになったが、2人の遠慮がちにささやくような遣り取りであっても他の利用者には煩がられ、場所を駅前のファミリーレストラン、ガストに移していた。

 

 そんなこんながあって、大阪府北河内高校の2学期の中間試験が終わった或る日のこと、昭江のクラスでは成績表が配られた。

 その日の放課後、昭江は所属している女子バスケットボール部の部員で中学校の時からの友達、橋本加奈子から訊かれる。

「なあなあ、昭江、あんた今度は何番になったんやあ!?」

 2人とも地元の公立中学校に通っている頃は常に学年で300人中10番前後であったが、学区でトップの公立進学校である北河内高校にはどこの中学校でもそれぐらいは出来ていた生徒が集まって来るから、そこからまた新たな順番が付き始めることになる。

 どうやら2人とも北河内高校ではそれほど出来るわけでもなかったようだ。1年生の1学期末テストでは学年で450人中、加奈子が387番、昭江が412番であった。何方もいきなり高くて分厚い壁にぶつかって戸惑い、卒業後は中堅の短大に進んで大企業のOLにでもなるコースかと親子共々早くも諦め始める層?(※)に入っていた。

※それでも平均的には十分に恵まれた層なのであるが、人は常に周りとの比較の中に生きがちなものであるから、自分の生きている社会の平均が大きな意味を持つ!?

 それはまあともかく、今回も加奈子はあまり変わらない気がし、せめて昭江よりは少しでも上であれば好いかと思っていた。

 それが、何だか昭江は自信がありそうで、ちょっと照れたように見せた成績表によると、クラスでは23番、学年では254番に上がっていた。

「ええ~っ、嘘やろぉ~!? 一遍に150番も上がって、あんた凄過ぎやん! こんなん見せられたら、私のん見せるの、何や恥ずかしなって来たわぁ~」

 そう言いながらも見せた加奈子の順位は、クラスでは39番、学年では382番と、1学期末とそんなに変わらなかった。

「あんた、これやったら関関同立とかでも普通に狙えるやん! 何でこんな急に上がったん!? あんた、夏休みにキリスト教のキャンプに行った、とか言うてたなあ? もしかしたらご利益でもあったとかぁ~!?」

 加奈子は心底羨ましそうであった。

「うふっ。そんなん分からへんわぁ~」

 そう言って昭江はちょっとの間迷っていたが、暫らくしてから思い切って口に出す。

「あんなあ、近所に親切なお兄ちゃんがおってなあ、勉強、教えて貰えるようになってん。ほななあ、授業が何や少しずつ分かるような気がして来たねん・・・。そのお兄ちゃんかて私等と同じ北河内高校を出ててぇ、何でも現役で国立浪花大学の理学部に受かったらしいでぇ~」

「ふぅ~ん、凄いなあ。でも、昭江だけそんなんちょっとずっこいわぁ~。今度は私も誘ってぇ~なぁ~!?」

「う~ん、そうやなあ・・・。まあ、どう言いはるか分からへんけど、今度会った時にでも訊いとくわなあ~」

 その時はそれで終わったが、家に帰ってから昭江がその話を、近所に住んで居る高校の先輩に当たるお兄さんから教えて貰った程度に簡単に伝えると、母親の徳子はあまり好い顔をしない。

 暫らくして口を開いたかと思うと、

「えらい急に上がったと思ったら、あんた、そんなことしてたんかいなぁ~。本当にその人、大丈夫かぁ~!? 一体幾つぐらい、その人? どこの大学出て、今どこで働いてるん? ほんで収入はどれぐらいあるんやぁ~?」

 と矢継ぎ早の質問を重ねる。

「ハハハ。何や興信所か何かが身元調査してるみたいやなあ。もう結婚でも考えてるんかぁ~!? ハハハハハ」

 と笑うのは5つ違いの兄、陽介であった。陽介は北河内高校から一浪して国立阪神大学の経済学部に進み、今、2回生であった。

「・・・・・」

 昭江は真っ赤になって黙ってしまった。

 それを観て徳子は更に心配そうな顔になり、

「昭江! あんた、もしかして変なことにでもなってるんとちゃうやろなぁ~!?」

「何言うてるんやぁ、母さんはぁ~! 昭江の様子ちょっと観たら分かるやろぉ~!? 何かあるわけないやろぉ~。ほんま、貧乏人やのに昭江のことをすっかり箱入り娘にしてからにぃ・・・」

 また陽介が助け舟を出す。

 昭江は真っ赤な顔をしたまま、黙って勉強部屋に入って行った。

 

 家族が心配していることもあって、昭江は何だか話を広げたくなくなり、加奈子に頼まれていた個人的な勉強会への参加のことを健吾に言うのは少なからず躊躇うところがあった。

 それで週末毎に駅前のうどん屋、「さぬき庵」で顔を合わせても、店員とちょっと親し気な客の関係に戻り、また秋を迎えて、家族で住んでいる府営団地のエアコンなしの自室でも落ち着いて勉強が出来るようになったこともあり、暫らくの間は市立図書館への足が遠のいていた。

 と言うか、それだけではなく、秋から冬にかけての活動し易い時期は体育祭等の学校行事、女子バスケットボール部の練習および対外試合等、勉強以外のことが盛んに行われるようになり、暇が無くなったと言うのが正直なところであった。

 健吾にしても意識としては別に個人的な付き合いをしているわけでもなかったから、市立図書館で会わなくなったところで、多少寂しくはあっても、特に不思議とも思っていなかった。どうしても顔を観たくなった時は駅前のうどん屋、「さぬき庵」に行けば会える。まだこれと言った恋愛経験のない健吾にはそれだけでも十分であった。

 

 そうこうする内に、あっと言う間に11月下旬になり、北河内高校では2学期末テストを前にしたクラブ休止期間に入る。昭江は久し振りに市立図書館の自習室に向かう気になった。健吾に逢えることを期待しながら。

《あっ、居たっ!?》

 居たもないもんで、健吾も、もしかして昭江に会えるかも? との期待もあり、日曜日毎に欠かさずに足を運んでいたのである。

 入って来てぱっと顔を輝かせた昭江を見逃さず、健吾も顔を輝かせ、小さな声で、

「こんにちはぁ! ほな、彼方行こかぁ~!?」

 昭江の反応を確かめることもなく、自分が動き出せば自然と付いて来るものと決めて早速机の上を片付けに掛かる。

 それを観た昭江は微笑みながら黙礼を返し、自習室を出てロビーで待っていた。

 

 駅前にあるガストに場所を移して直ぐに、2人共もう習慣になっていたケーキセットを頼み、勉強し始めて1時間ほどした時、マスクとサングラスで変装したつもりの徳子と陽介がそっと入って来た。

 昭江から観ればバレバレで、噴飯ものであったが、健吾は何も知らない。自分を心配してのことであるから、昭江は微苦笑するだけで、黙っていた。

 そして暫らくするとその存在を忘れ、勉強に集中していたので、呑気な健吾は全く気付いていなかった。

 

 それが好かったようである。徳子と陽介は何だかホッとしたようで、あっさりと店を出た。

 帰り道で徳子が、

「何や一生懸命勉強してたなあ、2人ともぉ・・・。ちょっと見ただけやけど、真面目そうな人やん!? でも、年が離れ過ぎてる気もするけどなあ・・・」

 陽介も同様であったようだが、

「そうやなあ。この前、ちょっと訊いてみたら、10歳離れてる、言うてたわぁ~。でも、この頃それぐらいやったら普通かも知れんけどなあ・・・」

 やっぱり昭江を庇おうとする。流石お兄ちゃんである。

 その後も幾らか話し合い、結局、暫らくは様子を観ようと言うことになった。

 

 そして2学期末テストの成績が出た日の放課後、加奈子がクラブの時間まで待ち切れなくなって、早速昭江の教室までやって来た。

「なあなあ。あんた今度は何番やったぁ~!? もしかしたらまた上がったんちゃうん?」

 興味津々と言った様子である。

 昭江は笑いながら黙って見せる。

 何とクラスで10番、学年で107番まで上がっていた。中間テストの時よりの更に150番近くも上がっている!

「凄いやん! やっぱりあんた独りで、ほんまずっこいわぁ~」

 加奈子は恨みがましい目で見ながら、自分の成績表を見せる。

 加奈子もクラスで30番、学年で291番と、かなり上がるには上がっていた。それでも、これでまあまあ近付けたかもと思っていた昭江の上り様には遠く及ばず、何とも言えない悔しさがあった。

 

        お互いを意識しながら勉強し

        競り合うことで伸び出すのかも

 

        近付いてまた遠ざかる友を見て

        更に悔しさ増して来るかも