sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(10)・・・R2.5.14①

           エピソードその8・・・①

 

 元気盛りの大抵の高校生にとっては勉強以外何でも面白い。いや、その勉強でさえも一緒にする誰かがいれば面白くなる。そんな大抵の高校生達が大勢集まれば騒がしくて仕方が無い。

 と言うわけで、北河内高校女子バスケットボール部御一行35名様を乗せて思い切り賑やかになった大型観光バスが夏の或る日、一路北陸へと向かっていた。

 常勤講師として顧問を引き受け、その一員となっていた青木健吾は、自分から積極的に引き受けて手配した緊張感を出発してから暫らくの間こそ持っていたが、次第に賑やかになって来る黄色い声にすっかり魅了され、癒されていた。そして運転手の直ぐ後ろと後ろから3分の1ぐらいと大分離れているにも関わらず、中野昭江の少し低く、しっとりと落ち着いた声を確り聴き分けていた。

 京都を過ぎた辺りであった。横からお菓子の袋がいきなりのように差し出され、声を掛けられた。

「よろしかったらどうぞぉ!」

 健吾と同じく顧問を務めている女性、英語教師の袴田久美子であった。教諭なので、常勤講師の健吾よりは立場的に格上であったが、普段の練習、練習試合の付き添いは大抵健吾に任せ、公式戦、合宿等、大きな責任を伴う場合には付き添うことにしている。

 それはまあともかく、お菓子であれば大抵好きな健吾は遠慮なく貰うことにする。

「あっ、すみません! もう、京都を過ぎましたねえ!? それにしても流石女子高生、皆賑やかですねえ・・・」

「ウフフッ。ほんとうに・・・。期末試験の結果も出たし、今が一番好い頃かしらぁ~」

 そう言う久美子も学校に居る時よりはかなり華やいでいる。

《英文学が専門で、確か京都女子大学を出ていて、今年28歳になるって昭江が言ってたなあ。そしたら俺より2つ上かぁ~?》

 急に身近に思えて来て、健吾は俄かに緊張を覚え出した。

 その時、2年生でお調子者の葉山涼香から、

「青木先生、袴田先生、好い感じのところで申し訳ないんですけど、そろそろカラオケタイム! 先ずはデュエットお願いしま~すぅ!」

 大きな声が掛った。

 それに拍手と歓声も続く。

 嫌がるのかと思ったら、久美子は満更でもなさそうであった。

 健吾は人見知りが強く、後ろに昭江がいるかと思ったらとても自信がなかったが、この雰囲気になったら仕方が無い!? 覚悟を決めて、

「しゃあないなあ。ほな、銀座の恋の物語、でも行きますかぁ~!?」

 と久美子の方を見る。

「じゃあそれでぇ~」

 久美子も異存がなさそうで、バスガイドが手際よくカラオケを掛けてくれた。

 

 ♪ここ~ろの、~そこ~まで、しびれるよ~な~
   とい~きが~、せつ~ない、ささやきだから~♪

 

 意外と上手く行ったように、歌い終わると拍手と歓声が鳴り響いた。

「青木先生、すご~い!? 低音の魅力ぅ~!」

「アンコールお願いしま~すぅ!」

「アンコール! アンコール!」

 勢いで思わずもう1曲行きそうになったが、そこはグッと抑えて、健吾はマイクを後ろの生徒に渡して決然と言う。

「もうええってぇ! 後は皆で楽しみぃ~」

「はぁ~い!」

 それで誰も異存はないようであった。

 ワイワイ言っている内にバスは福井県に入り、やがて海が見えて来た。

「わぁ~、凄い! 海やぁ、海ぃ~!」

「ほんま、海やぁ~!」

「青くてとっても綺麗・・・」

 北河内から大阪湾までは大分あり、それに行っても海らしい海は観られない。少しはましな海を観たければ神戸から和歌山まで足を延ばす必要があるが、それでも日本海に比べると汚れている。生徒達にとっては久しぶりに旅行気分にさせてくれるまともな海が目の前にあった。

 

 その海を観ながら暫らく走って、着いたのはまあまあ大きめの民宿であった。玄関の案内板には北河内高校女子バスケット部御一行様以外に京都朝鮮高級学校水泳部御一行様ともあった。

 案内された部屋に荷物を置いた後、早速昼食であったが、その時50歳ぐらいの民宿の主人がにこにこしながら出て来た。

「こんにちはぁ~」

 それを聞いた部員達も声を揃えて、

「こんにちはぁ~!」

「流石元気だねぇ。今日から4日間、後から案内する体育館でしっかり練習して、ここではゆっくり寛いでください。お腹が減ったでしょうから、挨拶は短い方がいいね。早速昼食にしましょう」

 合宿の団体を始終受け入れているのか? 慣れた様子であった。昼食も特に高級なものを使っているわけではないが、ボリューム、栄養共にしっかり考えられたメニューであった。

 昼食後、海沿いの松林の中の道を歩いて5分ほど行くと、私設のプレハブっぽい体育館があった。入ってみると、バスケットボールのコートが1面取れるようになっており、柔道をする時もあるのか? 端の空いたところにはビニールで覆った畳が積み上げてあった。

 そんな様子を目にした皆の表情から察して、案内して来た民宿の主人は本当に申し訳なさそうに言う。

「狭くて申し訳ないね。町にはバスケットボールのコートが3面も取れる体育館が2つあって、本当は其方を使って欲しかったんだけど、生憎抽選に外れちゃってねぇ・・・」

 確かに練習をするには其方が好いが、民宿がバスケットボールの出来る体育館を持っているのも凄いように思えて来て、単純で人の好い健吾は感心しながら、

「いえ、別にまあこの人数ですから・・・。でも、個人で体育館を持っているなんて、凄いですねぇ!?」

 そう言われた民宿の主人は満更でもなさそうにバスケットボールを手にして、

「若い頃は僕もちょっとバスケットボールをやっていて、国体にまでは出たことがあるんですよぅ~」

 そう言いながら段々自慢気な顔になり始め、ゴールの前に引いたフリースローインすれすれに立ち、片手で軽やかにシュートを放った。

 そのままシュポっと入れば恰好が好かったのであるが、現実はそうも行かない。大分手前で落ちてしまった。

 ちょっと恥ずかしそうになった主人は意地が出て来たのか? 顔を引き締め、慎重に狙ってもう一度放ったが、少しは近付いたものの、やはり届かず、

「前は届いたのになあ・・・。まあゆっくり練習して下さい・・・」

 そう言いながら、ちょっと照れ臭そうに出て行った。

 部員達はそこで大声を出して笑うわけにも行かず、何もなかったかのように静かに練習を始めた。その辺りの遠慮はある、好く出来た子達であった。

 

 2時間ほど練習した後、民宿に帰って入浴中のこと、お風呂は意外と大きく、そこに朝鮮高級学校の先生達が先に来ていた。健吾が湯船に入って落ち着いた時、近くに居た年配の先生、朴夏俊(パク・ハジュン)が話し掛ける。

「こんにちはぁ~。私、朴と言いますぅ。よろしくぅ」

「あっ、こんにちはぁ~。私は青木ですぅ。こちらこそよろしくぅ」

 少し離れたところに居た少し若く、体格に好い先生も黙礼をするので、健吾も黙礼を返した。

 それを確認して朴が続ける。

「私達は京都からですけど、貴方達も北河内だから、大阪からですねえ!?」

「そうなんですぅ。私達は大阪からですぅ」

 朴の人懐っこい雰囲気がそうさせたのか? 恥ずかしがりの健吾でも意外と気楽に話せた。

 幾らか話している内に、どうしても言っておきたかったという感じで朴が悔しさを滲ませながら言う。

「貴方達のところは進学校だから多くの生徒が進学するのでしょうが、私達の学校からは勉強が出来ても中々大学までは進学出来ないんですよぅ」

 健吾にすれば一体何のことか分からず、

「・・・・・」

 返事は無くともしっかり受け止めていることを確認し、朴は続ける。

「高校と認められていないから、立命館とか、一部の認めてくれる大学にしか行けないんですよぉ・・・」

 それを聴いて素直な健吾は自分の国ながらちょっと恥ずかしくなって来た。

「そうなんですかぁ~!? 知らなかった。それにしても酷いですねえ・・・」

「そうでしょう!?」

 まさに裸の付き合いで、気を好くした朴はその後も色々教えてくれ、健吾はそれまでは大分遠い存在であった隣の国に一歩近付けた気がしていた。