sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(11)・・・R2.5.15①

          エピソードその8・・・②

 

 話は変わるが、青木健吾、袴田久美子共に学生時代にバスケットボールをしていたわけではないので、合宿における練習の方は全く生徒任せであった。

 進学校である北河内高校の生徒等は世間的に見て家庭的に恵まれている割合が高く、勉強的に中学校までは全員出来たはずの子等であるから、意志は強い。我が国の学業成績とは決められたことの録音再生能力、持続力、素直さ等を大きく反映するから当然のことで、その結果、生徒に任せていても大きくは乱れない。

 とは言っても、人間は元々楽をしようと言う気持ちが大きく、それが文明の発達に大きく寄与して来たとも言える。それを少しでも締めるのがコーチの存在であるが、その点でも体育系の利点であるきびきびしたところが全く感じられない健吾と久美子に向いているとは言えなかった。

 どうやらその辺りは北河内高校の体育科でも分かっていたと見え、この合宿における練習メニューを作成したのはバレーボールが専門で女子バレーボール部の顧問を務める中沢彰利であった。

 中沢はまだ独身で、身長が185cm、体重が80kgと体格に恵まれており、体育教師らしく引き締まっていた。それに何より甘いタイプのイケメンであったから、女子生徒、女性教員から絶大な人気を集めていた。

 その中沢がこの合宿の2日目から加わった。女子バレーボール部の練習でも忙しいところ、2泊3日の日程で看に来てくれた。と言うか、練習の成果の確認と引き締めの為に来てくれたのだ。

 それだけではなく中沢にはもうひとつ、久美子への思いもあった。中沢は久美子と同じく28歳で、健吾よりも2歳上で、この3人、年の上では同世代であるから、どのように関係していてもおかしくはない。ごく自然な感じであった。だから中沢は、自分がいない間に久美子と健吾が近付きはしないかと心配でならなかった。

 ただ、人間関係そうは行かないから面白い。健吾は久美子とバスで隣り合わせになり、多少は好い雰囲気になりかけたが、それだけのことであった。それに練習中、宿舎と体育館との往復の途中、食事中と近くには決まって中野昭江がおり、それがごく自然で、誰も何も言わなかった。

 

 そして中沢が練習に加わり、急に厳しくなった。如何にも体育系の匂いが漂い、昭江以外の部員の意識は余計に昭江、健吾から遠ざかった。中沢にしごかれ、引っ張られ、付いて行くことで精一杯になり、それに大いに満足していた。何もかも忘れて運動や勉強に打ち込む。それもまた青春の1ページであった。多くの人にとっては青春時代にのみ可能なことでもあった。

 健吾はそんな世界を羨ましく思いつつも、のめり込めない自分に気付いていた。寂しくはあったし、昭江が中沢に惹かれないかと心配でならなくなった。

《俺と昭江は10㎝しか違わへんから、もし昭江が高い靴履いたら、あんまり変わらんようになってしまう。でも、中沢やったらそれでも十分に違う。それに体格的に見ても、どう考えても中沢の方が合うやろぉ!? 嗚呼、心配やなあ・・・》

 それに健吾は、練習に付き添う必要はなくなったし、中沢にも教員同士の打ち合わせでそう言われていた。

「青木先生、これからの練習は僕が看ていますから、後は最後の練習の時だけでも結構ですよぉ。女子のことでもあるし、袴田先生は引き続き付き添いお願いしますぅ」

 それでも昭江のことが心配なので健吾は、

「いえ、大丈夫ですぅ! 僕がいたところで何も出来ませんけど、最後まで付き合いますからぁ・・・」

「ハハハ。そうですかぁ・・・」

 それ以上中沢は何も言わなかった。

 

 それから、厳しくはあっても流石現代っ子、中沢は1日半の練習で十分引き締められたと納得出来たか? 3日目の午後は空き日とした。

《直ぐそばに見た目はまあまあ綺麗な海があるのに泳がない手は無い!?》

 そう思ったようで、緊張と緩和を自分の為にも実践した。それに久美子と共にゆっくり過ごせる時間を取りたかったのである。久美子と何人かの部員を連れて、突堤の先まで釣りを楽しみに出掛けた。

 一方健吾は、海岸の近くで水遊びする部員等の見張り役を引き受けることになった。

 部員が着替えて出て来るまでの間、健吾は遠くに目をやって、海の雄大さに気持ちを遊ばせていた。

 暫らくして水着に着替えた生徒等がぞろぞろと、ちょっと恥ずかし気に出て来た。その時は一様に大きめのTシャツを上に着ていたからよく分からなかったが、海に入る段になってTシャツを脱ぎ、池を前にしたカピバラの行列のように1列になって入って行く様子に健吾の目は思わず惹き付けられてしまった。

 そしてもう昭江以外は誰も目に入らなくなった。

 よく観れば昭江以外も確り鍛えられ、若くて引き締まった身体がそれだけでも十分に美しい。一様に地味な無地のワンピースの水着ではあったが、それで十分で、それ以上何も必要がなかった。

 それなのに健吾の目には昭江しか入らない。結晶作用も勿論あったのだろうが、それほど昭江は飛び抜けていた。

 ただエロティックでは全くなかった。形よく盛り上がった胸、引き締まったウエスト、飛び出てグッと上がった臀部、引き締まって長い美脚と、どう見てもアスリート系のモデル体型で、一般人の範疇には全く位置しないのであるが、あまりにも自然で、こんな自然の中ではかえってそれは目立たないのであった。

 もう誰にも奪われたくなかった。健吾は自分以外の誰かに昭江が抱かれることなど金輪際想像したくなかった。

 実際にはほんの僅かな時間であっただろう。ちらっと健吾の方を見て、昭江は恥ずかしそうに海に入って行った。それからほかの部員と戯れ、健吾の方を観ていたわけではなく、ごく自然に海に溶け込んでいた。

 それでも健吾の頭の中は昭江の水着姿が残像として強く残り、目の前のことは観ているようで、何も見えていなかった。

 

 その日の夜のこと、食事の時に隣り合わせになっても、昭江は何も言わない。それでも健吾に観られていたことを意識はしているのか? 幾分しっとりとした感じが増したようではあった。

 

 最終日の午前中は、そんなこんなも忘れたように厳しい練習が行われた。

 最後は恒例になっているようで、全員が1人ずつ皆の前に出て、中沢が彼方此方に高く投げ上げるボールを取りに行く。フロアに落とすとその分が追加されて中々終われず、終わる頃には一様に泣き出すほどで、まさにリアルスポコンであった。

 そんな中でも昭江は中々泣き出さない。他の部員ならば泣き出し、必死にならなければ追い着かないボールにでも何とか追い着くことが多く、落としてもさばさばしているように見える。それが気に入らなかったようで、中沢は執拗に難しいボールを投げ続け、しまいには久美子が止めた。

「中沢先生、もうそれぐらいでいいんじゃないですかぁ!? 中野はもう十分に取ったし、これ以上続けると倒れますよぅ!」

「ふぅーっ。そうですね。それじゃあ交代っ!」

 久美子としては昭江が可哀そうに思えて来たのもあったかも知れないが、それよりも中沢が昭江にのめり込んで行くようで、それが怖くなったように見えた。久美子もどうやら中沢のことを憎からず思い始めたようである。

 中沢も止めてくれて嬉しかったようである。体育会系の常として、一旦火が付いたら自分では消せなくなってしまうようであった。

 そして健吾も勿論嬉しかった。心配で心配でならず、緊張が最高潮に達していたから、これ以上続けば自分がどうなってしまうのか分からなかった。

「ふぅーっ、好かったぁ・・・」

 そんな小さな呟きが昭江にだけは聞こえたようで、ちらっと健吾の方を見て、これも健吾にだけは分かるように目と口角だけを僅かに和ませた。

 

 帰りのバスは中沢の独壇場であった。流行りの歌をリズム感よく、よく通る甘くて低い声で歌い上げ、アンコールの連続で、隣に座った久美子とのデュエットも含め、マイクを独占しているように見えた。その分、通路を挟んで窓際に席を移した健吾はゆっくり食後の昼寝を楽しむことが出来た。

 それでも何かオーラでも感じたのか? 珍しく昭江がマイクを握ったときには、突然のようにぱっちりと目を開け、耳をダンボのように大きくしてそばだてていた。

 

 ♪もしも願いが~、叶うなら~、吐息を白い~、バラに変えて~♪
  

 小林明子の「恋におちて」であった。前年の流行歌で、しっとりとした感じがちょっと大人っぽく見える昭江によく合っていた。これも自然に馴染むのか? 十分に上手いのに、かえって目立っていないようであったが、健吾にだけは自分独りだけに向けられた歌であるかのように思えていた。