sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

愛しの金枝玉葉・・・R2.3.22①

 藤沢千晶は今、九歳。小学校の四年生になり、ママの晶子の肩を頭半分越した。クラスでも高い方で、自分に似てスラリとしているから、晶子はちょっと得意である。

 成績はまあまあ。運動もほどほど。でも、絵は味があって上手いし、ピアノも前に出されるぐらいには弾ける。それに、優しいし、見た目がはんなりしている。一緒に居るとホッとさせられるようで、結構友達は多い。

 本人は恥ずかしがりだから、あまりストレートに寄って来られると逃げたくなる。だから、ボーイフレンドはいない。

 でも、お洒落には年なりに気になり出したようで、この頃、鏡の前に立つ時間が長くなった。最低でも30分ぐらいは立っている。

「ほら、また立っている・・・」

 そうつぶやいたのはパパの慎二である。40歳を超えて生した子なので、目に入れても痛くない。半分孫のようなものである。元々可愛くて仕方がないところに、この頃とみに女の子らしさを増して来たから、可愛くて、切なくて仕方がない。

「本当ねぇ~」

 晶子は自分にも覚えがあるから、大して気にならない。慎二に合わせただけのことである。

「でも、鏡の中の千晶は笑っていないねぇ~。何か嫌なことでも言われたのかなあ? 鏡の中の奴はあれで結構意地悪だからねぇ~」

「父ちゃん、また変なことを言うと、千晶が怖がるよぉ! 千晶に嫌われるよぉ~」

 この言葉に慎二は弱い。もう何も言えなくなり、頭の中が悶々として来た。

 晶子はそう言いながらも、別に怖がっているわけではない。元々霊の世界と交信を持てる方である。滅多なことで怖がりはしないが、無暗に信じもしない。今の場合、慎二の言いそうなことは分かるが、まあ妄想だろうと思い、千晶の為にも取り敢えず否定しておくことにした。

 それが慎二には時々不満に感じられる。怪しげな世界との間に扉が開かれてから、今までの感覚では信じられないことばかりが目の前で展開され、誰かに言いたくて仕方がないのに・・・。 

《初めは優しく聴いてくれたのに、この頃晶子は否定ばかりする。本当に俺は可笑しくなったのだろうか!?》

 慎二は自信を失い掛けて来た。そして揺らぐ自分を守る為に、何でもないところで逆らうようになった。

「何が変なことだよぉ~!? 本当にいるんだから・・・。ほら、鏡の奥に、くたびれたおっさんが、意地悪そうな顔をして千晶を見ているよぉ~!」

「ウフッ。あれはパパよぉ!」

「ええっ、違うよぉ~!? 俺はあんなに爺さんではないよ・・・。あれはきっと貧乏神か何かだよぉ~。ほら、また何か必死になって言い募っている・・・」

「そやから、パパやってぇ~。ほら、右手を上げてみぃ~」

 慎二は素直に挙げてみて、

「あっ、本当だぁ~」

 慎二はそっと手を下し、恥ずかしそうにしている。

 晶子は何処までも冷静である。

 そんな2人を千晶はよく見かけるようになった。

 実は千晶には分かっていた。慎二が仕事に疲れ、休み出してからもう2年近くなることを。

 一緒にいれば分かっているのが当たり前と思うかも知れないが、慎二が休み始めた小学校2年生の頃は、特に何かを思ったわけではなく、大好きな慎二が何時も居るようになって嬉しかっただけである。それ以上でもそれ以下でもなかった。時間的には恵まれた職場で、元々季節毎に長期休暇を取ることが出来、一緒に過ごすことが多かったので、その延長のように捉えたのだろう。

 それがあるとき、慎二の書く日記を覗いたら、漢字が多くてよく分からないながら、何だか変な世界を見せられたような気がして来た。

《そう言えば、ママとの会話でも、パパは霊やら気やら、テレビで江原さんや美輪さんが言っていそうなことばかり言っている・・・》

 それが理解されるようになってから、千晶は慎二と多少距離を置くようになって来たが、距離を置いてみると、慎二はそれ以上に何か変なことをするわけではないし、相変わらず自分には優しいから、そんなに気にならなくなって来た。

 それよりも自分のことである。この頃男の子もスッとして来て、クラスにはテレビにそのまま出られそうな格好の好い子が何人も居る。話すとぶっきらぼうだし、自分も頬が火照り、上手く言葉が出て来ないから、あんまり話したくはないが、遠くから見ている分には好い。

 そして千晶はお洒落に気を使うようになった。

 晶子はそんな千晶を懐かしそうに、優しく見守り、ちょっと調子の狂った慎二を気長に見守り、落ち着いて相手をしている。

《自分だったらああは出来ない・・・。やっぱりママはパパを愛しているんだわぁ~。でも、パパが何だか可笑しくなっちゃって、ママ、可愛そう。出来ることから少しは手伝わなくっちゃ・・・》

 そこまで思ったかどうかは分からないが、この頃千晶は晶子のお手伝いをよくするようになった。背が伸びた分、力も強くなって来たので、食後、テーブルの上を片付けたり、ベランダに干していた布団を取り込んだり、言われなくても晶子が次にしそうなことをどんどんやってくれるから、晶子にすれば大助かりだ。

「千晶のズボン、何だか短くなったねぇ~」

 慎二はそんな千晶が可愛くて仕方がなく、何かと切っ掛けを見付けては何か買ってやりたくなる。そんなところも孫との関係に近いが、それだけではなく、そろそろ女の子らしい格好をさせてみたくなって来た。

「どうや、そろそろ千晶に服でも買ってやったら!? ユニクロでもしまむらでもどこでもええけど・・・。何やったらダイソーとかに置いてあるニッセンのカタログでも貰って来ようかぁ~?」

「そんな気前のええこと言うて、お金は大丈夫なん?」

 以前のように普段着を百貨店で買うことは滅多になくなったが、それでも買い物好きな慎二のことが時々心配になる。慎二の精神をこの世に留めておく為に長い時間は離れ難いので、晶子はパートに出るわけにも行かず、慎二が居るときはずっと傍に寄り添っている。だから収入は慎二の病欠手当だけ。月々は給料の8割ほどで、ボーナスは半額以下だから、相当始末しなければならなくなった。

 それでも晶子は大して困った顔を見せない。お菓子を作ったり、ピアノを弾いて歌ったり、一緒にいれば何やかやと楽しませてくれるので、慎二は勿論、千晶も退屈はしない。

 千晶はそんな晶子が大好き。その晶子が大好きなんだから、慎二も大好き。慎二が少しぐらい変でも、気にせずに家に友達を呼ぶようになった。

「千晶のところ、何時でもパパが居るねぇ~。でも、どうしてぇ~?」

 友達は当然気になって、聞かずにはいられないが、それにも千晶は平然とした顔で、
「うん、居るよぉ~。でも、それが何かぁ?」

 開き直っちゃう。

 友達もそれ以上は聞けず、やがて千晶がいいのだったらどうでもよくなって来た。

 生駒には今日も雨上がりの重そうな雲がたっぷり掛っている。それを見ながら慎二はパソコンを開き、何か書き始めた。

 千晶は覗きたくて仕方がないが、覗いたらまた怖い世界に引き込まれそうで、我慢する。

《でも、もう少し大きくなったら、きっと読んでやるんだ。そうすればパパの世界に少しは近付けるだろうから・・・》

 千晶の目が少し深くなった。

 

        目の前のことを受け入れ子ども等は
        自分の世界広げるのかも

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 10年ぐらい前に書いたもので、タイトルに付けた「愛しの金枝玉葉」というのはその頃放送されていた韓国ドラマから取った。

 

 金枝玉葉自体は天子一族の子孫を表すようであるが、我が子は何処の家庭においても金枝玉葉のようなものだ、つまり、子どもは宝だ、ということであろう。

 

 設定は実際と大分変えているにせよ、子どもが宝であることは我が家にとっても変わらない。

 

 日記にも我が子等のことを度々書いているが、それをモチーフに私小説っぽくも残しておきたかったのである。

 

 その子ども等が今はどうなっているのか!?

 

 まあ、世間から観れば特に目立つわけでもないが、それぞれなりに道を切り拓こうと前を向いているのは確かである。

 

 それで好い。

 

 親バカであろうと何であろうと、今も私にとって「愛しの金枝玉葉」であることは変わらないようだなあ。フフッ。