sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

交わらない心(6)・・・R元年11.24②

       第2章 交換日記(1)

 

 さっきから教室には何時もと違う緊張感がある。藤沢慎二は友達と話していても、何だか落ち着かなかった。

 暫らく経って漸く、慎二は自分を落ち着けなくしている存在に気付いた。相変わらずその辺りは鈍い。

 大谷邦子である。今まで話したこともないのに、どうしたことであろう?

 慎二は絡むような強い視線を感じ、鋭く視線を逸らした。

 

 中学校に中学校に上がった頃はそうでもなかったのに、2年生になる頃から慎二は、他人、特に女子の視線が気になるようになった。一瞬たりとも合わせていられなくなり、対面しそうになると、おかしいほどほど鋭く視線を逸らしてしまう。そして、それに気付いた女子から気色悪がられるようになった。

 勿論、何でもない女子まで気になるわけではない。ちょっと自分の意識の視野に入って来た子が急に眩しくなるのである。

 どうやら邦子は熱い視線を送り続けることによって、慎二の意識の視野に鋭くマーキングを施せたらしい。

 

 昼休みになって慎二は、松田明美からメモを渡された。

 明美は女子バスケットボールクラブに所属するスラリとした美少女で、他校の男子等にも絶大な人気があるとの噂である。

 でも、明美に一体どんな用があるのだろう? 午前中の邦子と言い、今日は何だか緊張させられる。

 あまり持てた覚えのない慎二は、浮足立って仕方が無かった。

 明美が去り、周りの好奇の目が薄らいでから、慎二はおもむろにメモを開いた。

 

 

藤沢君へ

 

 とっても大事なお話があるので、放課後、1人で体育館の裏に来てください。 

 と言っても、別に私のことではありませんので、念のため。

 それでは、どんなお話か、お楽しみに!

 

                              松田明美

 

 

 これは一体何のことだろう? わざわざ自分のことではない、なんて断わってある。明美の乙女らしい恥ずかしさからか? それともひと時も自分のことと疑われるのが嫌だからか?

 慎二は余計に落ち着かなくなり、昼からの授業は殆んど頭に入って来なかった。

 

 それでも何とか授業を受け終え、掃除もそこそこにして慎二が、周りの目を気にしながら指定された体育館の裏まで行ってみると、既に明美が来ていた。

 隣には同じ女子バスケットボール部員の久保田礼子も寄り添っている。

 礼子は明美とはまた違ったタイプの美少女である。身長が160㎝の明美より5㎝以上は高く、ボーイッシュで、男子のみならず女子からの人気も凄いらしい。

 でも、礼子の用でもなさそうだ。クラスも違うし、同じクラスである明美以上に何の接点も無い。それに礼子には恋に幼い慎二なんかより、もっと年上の男子高校生ぐらいが似合いそうである。

 訳が分からなくなりながらも慎二が近付いて行くと、気付いた明美も礼子も何時もと違う、ちょっと淫靡ささえ感じさせる笑いを浮かべている。

 その時はそれ以上分からなかったが、大人になって色々経験を重ねてから慎二は、どうやら見合い相手を紹介する年配者の華やいだ顔に通じるものがあると分かって来た。

 

「来てくれてありがとう」

「いや・・・。それで何の用?」

「あんなあ、藤沢君、交換日記せえへん?」

「交換日記?」

「あっ、と言うても、私らと違うよ!」

 礼子は何も言わず、ただ笑っているだけである。1人だと恥ずかしくなった明美が連れて来ただけのことであろう。

「あんなあ、大谷邦子ちゃんがなあ、藤沢君と交換日記したいねんてえ。よかったらしたってくれへん?」

 あの熱い視線にはそんな思いが込められていたのか・・・。

 と言っても、邦子自身に惹かれるものを感じていたわけではないが、女子から交換日記を誘われたと言う事実が、慎二に思わず頷かせていた。

「別にええでぇ」

「ほんま!? よかった・・・。邦子、喜ぶと思うわぁ~。早速言うとくわなぁ~」

 そう言い、安堵に余計に顔を綻ばせながら校舎に戻って行く2人の背中をぼんやりと眺めながら、慎二はこの事実を自分の気持ちの中にどう位置付ければ好いのか分からないでいた。

 

 何とか気持ちを落ち着けてから教室に戻ると、早速明美に伴われた邦子が落ち着いた色合いの日記帳を持って近付いて来た。

 慎二は正視していることに耐えられず、思わず視線を落とす。

 それが余計に邦子を誤解させたようであった。普段は気の強そうな邦子も強い恥じらいを見せながら、手にしていた日記帳を慎二に差し出した。

「ありがとう! これっ・・・」

「うん」

 慎二はその雰囲気だけで、もうすっかり恋をしているような気分になって来た。