エピソード10
初めてのときほどではないが、西木優真の家は何時見ても豪壮さに感心させられた。庶民の藤沢浩太が知らない、中堅にせよ、地道な企業の創業者を祖父に持つだけのことはある。
その祖父、久作は既に現役を引退して久しく、隣に更に一回り大きな邸宅を構えて趣味三昧の悠々自適の生活を送っており、豪邸が2軒建っていてもまだ余裕のある敷地は2000坪を優に超えるかと思われるほど広い。
今は経営を娘婿、優真にとっては義理の叔父、暢郎に任せ、父親の優一は傘下の子会社の社長に甘んじているそうだ。
それでも、この家以外に家作や土地を幾つか相続し、その上がりだけでも十分過ぎるほどらしい。欲のない父親に不満はないようで、何時見ても円満そうな顔をしている。
さて、友達、親戚の集まったこの日は優真の壮行会的な意味合いがあった。
何でも優真が通う私立の超が付くほどの進学校、西大寺学園は長期休暇毎に、語学研修を兼ねて、欧米主要国の一般家庭でホームステイをさせてもらうそうだ。
兼ねてと言うのは、本当の目的が、外国の社会、文化等に慣れて、物怖じしないようになることだそうだから、流石全国レベルの進学校である。この時点で既に、将来国や企業を担って行く人作りを目指し、着々と実行している。
それでも優真が中学受験を目指さず、高校から入ったところに、この家、と言うか、父親の人物的な大きさが感じられた。
母親の綾乃は中学から入学して、高校受験の緊張感を避けさせようとしたが、父親としては地元での絆を大切にし、もう少し成長してから受験を経験させようとして、中学受験には強く反対したそうである。
その結果、浩太は優真に勉強をしっかりと看て貰え、大いに助かった。
運と言うか、貴重な縁のお蔭で、浩太は引きこもりの穴倉生活から抜け出た後、何とか間に合って入った奈良県立高等学校の底辺校である西王寺高校にせよ、今では上位4分の1に入るぐらいまで学力が回復した。
また韓国ドラマ、中国ドラマの時代劇、ウエイトトレーニング、弓道等、日常生活を存分に楽しむぐらい前向きになれた。
実は優真にとってもよかったようである。父親の希望するように、優しく、真を愛する、器の大きな子に育った。人生にとってはそれが何よりの財産と、父親は折に触れてしみじみ思っていた。
母親はまた違う望みを持っていたようだが、父親の決定に異議を唱える方ではなかった。
そしてもう1人、優真の強い味方がおり、その恩恵は時々、浩太や、もう1人の親友、浩太にとって後々強い刺激になった(つまり手に合う仲間でもあった)尾沢俊介にまで回って来た。
と言うか、今では浩太が遊びに来ることを素直に喜び、その気持ちを隠さない存在として、優真の妹、絵里華がいた(※1)。
この日も絵里華は母親を手伝ってせっせとご馳走を用意していた。
浩太や俊介がやって来てからは、何かと理由を付けては居間に顔を出して、興味津々の様子で3人の話に耳を傾け、時々浩太の方にチラッとではあるが、縋り付くような眼差しを送った。
また、さり気なく浩太の世話を焼いた。
しかし、浩太の頭の中に、母親以外の女性としては、弓道部顧問の安曇昌江しかおらず、しかも憧れの存在までが精々であったから、まだまだ恋愛未満であった。
したがって、残念ながら絵里華との関係はもっと遠い距離にあった。
それがまた絵里華に誤解させ易い状況を作ってしまったようである。
実は極度の照れ屋である浩太が、大して意識もせずに居られたのは、ひとえに恋愛からほど遠い心理状態にあっただけのことであった。
それでも、裕福で穏やかな家庭で伸び伸び育った絵里華は、掛け値なしの美少女であるだけではなく、何とも言えず優しい顔立ちであったから、そばに来られて気持ちが浮き立たない男子などいるはずがなかった。
そして浩太は、間抜けなことに、この状況は俊介がいるからこその恩恵だと信じて疑わず、親切なことに、自分は引き立て役に回ろうと思い定めていた。
それが箱入り娘の絵里華にはかえって奥ゆかしさと受け取られ、更に乙女心をくすぐられているとは気付きもせずに・・・。
裕福な友の心に癒されて
生きる喜び覚えるのかも
※1 兄弟、姉妹の友達と言うのは微妙な存在で、親密感から親愛の情が生まれ、やがて恋愛感情に発展することも多い。結婚に発展することも同様であろう。そんなこともあり、韓国ドラマにはよく出て来るテーマである。出会わなければ恋は始まらないし、無理矢理と言うか、積極的に出会いを作るインターネット等の出会い系サイトとは違い、ごく自然な出会い、頻繁な対面、年齢的な近さ、安心感等の結果、まあ納得出来る話ではないか!?