sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

人は見かけが9割!?(34)・・・R2.6.5②

              その34

 令和2年6月上旬の或る朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液で手を消毒する。

 これは大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の皆が日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だか減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だからついでに洗面所に寄って、うがいもしておく。

 そんな一定の安心感が得られるまでの儀式的なことまで済ませて執務室に入って来たら、これも何時も通り、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを観てはぶつぶつ言いながらしきりにメモを取っていた。その変わらなさ加減にも結構大きな安心感があった。

《ただ、何時もとちょっと違うところは、今朝はファンドさんの顔が何だかにやけている・・・》

 心の片隅で何だか微妙な気がしながらも、健吾は何時も通りに、

「おはよ~う」

「おはようございま~す」

 挨拶を交わした後、我が国では急速に新型コロナウイルス感染症が収まっていること、全国的に緊急事態宣言に続いて休業要請も解除されている所為で気の緩みが出始めたのか? 福岡県、神奈川県、東京都、北海道等と、広範囲に亙ってまだ感染者が時には増えたりもしていること、大阪でも難波、梅田等の繁華街で人波は増えて来ているが、感染者が0の状態を続けられていること、通勤電車や駅に学生が見られるようになり、程々に混んでいるときも増えたこと等、ひと通り世間話をし、ファンドさんの一番気になっている株価のことを具体的に訊いてみると、3000円ほどで買っておいた関西系の電鉄の株が何と5000円以上に上がっているとのことであった。

《そりゃにやにやしているはずやなあ。フフッ》

 多少は羨ましく思いながらも、自分もやってみようとまでは思わず、慎二の気持ちは既に書くことに移り、自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。

 迷うところがあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろに年季の入った256MBのUSBメモリー、「愛のバトン」を取り出して、「神の手」にそっと挿し、休みの間に家でまた書き進めていた私小説っぽい作品、「明けない夜はない?」の一部を取り出して、見直しながら加筆修正を始める。

 ファンドさんの気持ちは既に投資情報に移っており、またスマホを観てはぶつぶつ言いながら、熱心にメモを取り始めた。

 

           明けない夜はない?

             その5

 そんなこともあって、昭江は何だか話を広げたくなくなり、加奈子に頼まれていた勉強会への参加のことを健吾に言うのは少なからず躊躇うところがあった。

 それで週末毎に駅前のうどん屋、「さぬき庵」で顔を合わせても、店員とちょっと親し気な客の関係に戻り、また秋を迎えて、家族で住んでいる府営団地のエアコンなしの自室でも落ち着いて勉強が出来るようになったこともあり、暫らくの間は市営図書館への足が遠のいた。

 と言うか、それだけではなく、秋から冬にかけては学校行事、女子バスケットボール部の練習および対外試合等、勉強以外のことが盛んに行われるようになり、暇が無くなったと言うのが正直なところであった。

 健吾にしても、意識としては別に個人的な付き合いをしているわけでもなかったから、図書館で会わなくなったところで、多少寂しくはあっても、特に不思議とも思っていなかった。どうしても顔を観たくなった時は駅前のうどん屋、「さぬき庵」に行けば会える。まだこれと言った恋愛経験のない健吾にはそれでも十分であった。

 そうこうする内に、あっと言う間に11月下旬になり、北河内高校では2学期末のテストを前にしたクラブ休止期間に入った。昭江は久し振りに市営図書館の自習室に向かった。健吾に逢えることを期待しながら。

《あっ、居たっ!?》

 居たもないもんで、健吾はもしかして会えるかも? との期待もあり、日曜日毎に欠かさずに足を運んでいたのである。

 入って来てぱっと顔を輝かせた昭江を見逃さず、健吾も顔を輝かせ、小さな声で、

「こんにちはぁ! ほな、彼方行こかぁ~!?」

 昭江の反応を確かめることもなく、自分が動き出せば自然と付いて来るものと決めて早速机の上を片付けに掛かる。

 それを観た昭江は微笑みながら黙礼を返し、自習室を出てロビーで待っていた。

 駅前にあるガストに場所を移して直ぐに、2人共もう習慣になっていたケーキセットを頼み、勉強し始めて1時間ほどした時、マスクとサングラスで変装したつもりの徳子と陽介がそっと入って来た。

 昭江から観ればバレバレで、噴飯ものであったが、健吾は何も知らない。自分を心配してのことであるから、昭江は微苦笑するだけで、黙っていた。

 そして暫らくするとその存在を忘れ、勉強に集中していたので、呑気な健吾は全く気付いていなかった。

 それが好かったようである。帰り道で徳子が、

「何や一生懸命勉強してたなあ、2人ともぉ・・・。真面目そうな人やん!? でも、ちょっと年が離れ過ぎてる気もするけどぉ・・・」

 陽介も同様であったようだが、

「そうやなあ。この前、ちょっと訊いてみたら、10歳離れてる、言うてたわぁ~。でも、この頃それぐらやったら普通かも知れんけどなあ・・・」

 やっぱり昭江を庇おうとする。流石お兄ちゃんである。

 その後も幾らか話し合い、結局、暫らくは様子を観ようと言うことになった。

 

 そして2学期末の成績が出た日の放課後、加奈子がクラブの時間まで待ち切れなくなって、早速昭江の教室までやって来た。

「なあなあ。あんた何番やったぁ~!? もしかしたらまた上がったんちゃうん?」

 興味津々と言った様子である。

 昭江は笑いながら黙って見せる。

 何とクラスで10番、学年で107番まで上がっていた。中間テストの時より更に150番近く上がっている!

「凄いやん! やっぱりあんた独りで、ずっこいわぁ~」

 加奈子は恨みがましい目で見ながら、自分の成績表を見せる。

 加奈子もクラスで30番、学年で291番と、かなり上がるには上がっていた。それでも、これでかなり近付けたかも思っていた昭江の上り様には遠く及ばず、何とも言えない悔しさがあった。

 

        お互いを意識しながら勉強し
        競り合うことで伸び出すのかも

 

 その辺りまでを見直しながら加筆訂正し、ちらっと時計に目を走らせてここで置くことにした。

《これ以上続けると気持ちが持って行かれてしまうから、仕事にならへん・・・》

 そんなことを思いながら「愛のバトン」をそっと引き抜いた後、「神の手」を優しく閉じ、慎二が創作の余韻に浸ってしみじみしていると、

「おはようございま~す」

「おはようございま~す」

「おはよ~う」

 井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。

 慎二はまだ恥ずかしさも少し残っていたが、ちょっとは軌道に乗り始め、この話に付いては多少の自信も出始めているので、「神の手」を再び開き、メルカリさんの方にその液晶画面をおもむろに向けて、

「ふぅーっ」

 ひと息吐いて気持ちを落ち着けながら静かに問いかける。

「どう、これぇ? ほら、大分前にちょっと見てもろた書き掛けの小説みたいなもんの続きなんやけど、自分としてはまあまあ上手く書けてると思うんやけどなあ・・・」

「おっ、あの主人公が能勢の宗教キャンプに行って、その後再会して意気投合し、一緒に勉強するようになってから成績が上がったとか言うてた小説の続きですかぁ~!? あの後どうしたのか? 中々その続きが出て来えへんから、ちょっと気になってたんですわぁ~。それにしてもブログさん、毎朝、よう精が出ますねえ・・・」

 気の好いメルカリさんは半分呆れ、半分感心しながら、さっと目を走らせる。

「どれどれ・・・」

 そして興味津々と言った様子で、

「おっ、やっぱりブログさんが好きやった子こと、益々ええ感じになって来てますやん!? 一緒に勉強して成績が更に上り、心配していた親兄弟もその様子を実際に目にして安心し、憎からず思い始め・・・」

 どうやら完全に実際通りと決め付けられているようである。

《然もありなん。でも、ここも違うことをしっかり言っておかなければ・・・》

 慎二は慌てて否定に掛かる。

「おいおい。そんな風にどんどん先走らんといてぇ~やぁ~! これぇ、前にも言うたように、あくまでも小説やってぇ~。全くの作り話やねんからなあ・・・」

 そう聴いてもメルカリさんはちょっと悪戯っぽい笑いを浮かべながら、

「フフッ。本当かなあ? やっぱりこれも殆んど自分のことちゃいますのん!? 表現はともかく、感情がちょっとリアル過ぎますやん! 何やブログさんの若い頃の様子が目に見えるようですわぁ~」

 勘の好いメルカリさん、流石に鋭いことを言う。

 なまじ当たっているだけに慎二としては事務を担当する若くて溌溂とした依田絵美里の手前益々恥ずかしく、やはりここでは強く否定しておくことにした。

「いや全然違う! 何度も言うてるように、俺が大阪に帰って来て勉強や就活している時に、そんな子は絶対おらんかったぁ・・・」

 毎度同じような言い訳めいたことを言っては、慎二はちらっと絵美里の方を見る。

 絵美里もこの話が出た時は毎度同じように、オヤジの与太話になんか興味はないと思わせる風に視線をさっと逸らすが、頬をちょっと紅潮させ、耳をひくひくさせていることで、これも毎度同じく完全に失敗していた。

 メルカリさんはこの話が出る度にそんなちょっと怪しい空気を鋭く感じ取り、これ以上からかうのは慎二に酷かと思って軽やかに立ち上がり、コーヒーを淹れに行った。

 空かさず絵美里がお茶を持って来て慎二の机の上にそっと置き、液晶画面にさっと目を走らせ、ちょっとほくそ笑んでから何も言わずに立ち去った。

《おい、おい。読んだんやったら、何か言うてえやぁ! 俺だけ置いて行かんといてえやぁ~》

 そう思いつつ慎二は口には出せず、絵美里のちょっと緊張の感じられる背中から目が離せないでいた。

 

        青春を思い出しつつオヤジ達
        酸っぱい時間懐かしむかも