sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

人は見かけが9割!?(27)・・・R2.5.26①

              その27

 

 令和2年5月の或る朝のこと、藤沢慎二は何時も通り今の職場である心霊科学研究所東部大阪第2分室に7時50分頃に着き、タイムカードにスリットした後、そばに置いてあるアルコール消毒液で手を消毒する。

 これは大分前から置いてあり、来客も含めてそこを通る人の皆が日に数回ずつは使う所為か? この頃は何だか減りが早いように思われる。幾ら呑気で不精者の慎二でも一旦使い始めると、そうしないことが結構大きな不安になって来るのであった。慎二はそれぐらい小心者で、同調圧力に弱いタイプでもあった。だから序でに洗面所に寄って、うがいもしておく。

 そんな一定の安心感が得られるまでの儀式的なことまで済ませて執務室に入って来たら、これも何時も通り、既に正木省吾、すなわちファンドさんが来て居り、スマホを観てはぶつぶつ言いながらしきりにメモを取っていた。その変わらなさ加減にも結構大きな安心感があった。

《ただ、何時もとちょっと違うところは、今朝はファンドさんの顔が何だかにやけている・・・》

 心の片隅で何だか微妙な気がしながらも、健吾は何時も通りに、

「おはよ~う」

「おはようございま~す」

 挨拶を交わした後、我が国では新型コロナウイルス感染症が収まり始めていること、通勤電車や駅が少し混み始めたこと、特別定額給付金の申請書や安倍のマスクが中々届かないこと、ファンドさんの一番の関心事である株価に相変わらず大きな変動が起こっていること等、ひと通り世間話をし、慎二は自前の中古ノートパソコン、「神の手」をおもむろに開いた。そして、上手く書けたと思う時は即座にブログにアップ出来るように、テザリング用に格安のSIMを挿したスマホまで用意しておく。

 迷うところがあったのか? その後は暫らく考え、それからおもむろに年季の入った256MBのUSBメモリー、「愛のバトン」を取り出して、「神の手」に挿し、休みの間に家で書き始めていた私小説っぽく、多少SFっぽさも加味した作品、「既視感!?」の一部を取り出し、見直しながら加筆修正を始める。

 

           既視感!?

          エピソード1

 この世に実在するものとして捉えられている物は、実は僅かであるらしい。例えば庶民の認識としては原子、分子、もっと突き詰めても素粒子、そして光子、光であろうが、そんなものを掻き集めても、実は5%程度だと言われ始めている。

 それでは残り95%は一体何なのか!? と言う話であるが、25%が見えない物質、すなわち暗黒物質ダークマターと呼ばれるものらしい。

 要するに何だか分からない物質である。

 それでも合わせてまだ30%である。まだ70%残っている。それはどう捉えて好いか分からず、最早物質ですらない!?

 それでもエネルギーは持っていると言うことで、見えないエネルギー、すなわちダークエネルギーと呼ばれている。

 見えないけれど確かにあるんだよ。

 何時か何処かで聴いたことがあるような文句であるが、そんな物質、エネルギーって、もうわけが分からない。

 つらつらそんなことを考えていると、実はこの世においてそんな風に捉えられているものがずっと昔からあることに気付く。

 そう! それは霊、オーラー、神、宗教等、不思議なもの、怖いもの、有り難いもの等として捉えられて来たものを思わせはしないか!?

 そして昔から人は冥土なんてことも言って来たではないか!?

 例えば現実世界において一番速いのは光で、これを超えることは理論上出来ない。

 そりゃ現実世界を見て理屈が構築されているからね。フフッ。

 でも、全く分からない世界が95%もあるんだから、その世界ではとんでもない速さもあるのかも知れない。そして時間を遡ることも普通に出来たりして・・・。

 とは言っても、私達が認識し易いのは実在するものとして共通意識を持ち易い5%の方である。大抵の人は殆んどの時間、つまり日常はそれだけを現実と信じて疑わない。

 だから、庶民は非日常における不思議な現象として残りの95%の存在を味わうことになる。

 

 さて、青木健吾も今年で60歳になり、年が明ければ愛知県の教員として定年を迎える。

 普通はそれから5年間再任用の教員として勤めるのが主流になっているが、今のところ健吾の場合、愛知県で世話になっていた人の多くが居なくなり、出身地の大阪府に戻りたい気持ちが強くなっている。

《そして出来れば書き物をしたり、本を読んだり、好きな音楽を聴いたりして、趣味の世界を楽しみながら過ごしたい・・・》

 それと言うのも、健吾は結局結婚せず、ずっと独りで生きて来たから、経済的な心配はそんなに無かったからである。

 大都市圏では比較的買い易いと言われている愛知県において家を買ったわけではなく、ずっと家賃が月に1万円もしない教員住宅に住んで来た。車は持たず、荷物もそんなに増やさなかったから、貯金は十分にあるのだ。

 以前も書いたように、10年で郵便局でも貯金が倍になる時代を経済的には地道に生きて来たお陰で、既に1億円近い貯金を持っていた。たとえ1年当たり300万円使ったところで30年は持つ計算である。それに年金が加わるから、現役時代よりも却って裕福に暮らせることになる。

 それはまあともかく、かつての最愛の教え子? 中野昭江と離れた後の32年弱の年月は長いようで短かった。

《あの子とは何か約束したようで、結局何も約束せず、少なくとも精神的には一緒に濃密な時間を過ごしたはずの3年あまりの年月は急激に遠ざかって行った・・・》

 積極性を出さなかった分、今頃になってもまだ忘れられない昭江のことを少しは客観的に捉えたくなって、この春は、北河内高校で出会った頃から昭江が卒業するまでのことを少し脚色も交えて書いてみた。それで健吾は漸く過去のものとして決別出来るような気がしていたが、今度はどうしたことか? 父親の新吉のことを書いておきたくなって来た。

 そう思い始めたら面白いことに、たまたま読んでいた本にダークマターダークエネルギー等のことが書いてあり、気に留まった。

《もしかしたらそこには不思議な縁がありそうな・・・》

 モヤモヤすることが増えて来たが、そうすると、新吉の思い出、夢等がモノクロからカラーになり始めたような気がする。そして、どう言うわけか既視感(デジャヴュ)を持つことが増えたのである。

 それはもしかしたら、新吉の持つ意識が健吾の意識と交錯し始めた所為かも知れない。

 

 或る朝のこと、健吾の意識は古い長屋の一室にあった。その長屋は大阪市内の都島本通に近く、狭いながらも裏庭があり、その庭に面した縁側もあった。健吾の意識はまだ幼い新吉の中にあった。

 そばには母親、つまり健吾にとっては祖母の佳苗がおり、姉、つまり健吾にとっては伯母の環と瞳がいた。庭には木製の手作りの犬小屋があり、柴犬の雑種犬を1匹飼っていた。新吉より環は6つ上、瞳は4つ上で、新吉は末っ子の長男と言う立場であった。

 当然、後継ぎとしての期待も大きい新吉は可愛がられ、また姉2人からは抑えられもした。結果、優しく、気弱な面が強くなった。そして、大人しく、身体も弱い子に育つことになる。

 今であれば健吾が幼い頃にそうであったように、飯事を好む子になっていたのかも知れないが、当時の風潮と言うものがあり、大正から昭和に掛けての子ども時代、新吉にとっての遊びは戦争ごっこであった。

 僅かに残っている写真を観ても新吉は、身長が173cmと、昔にしては背が高く、亡くなる少し前でも170㎝近くあった。それに戦争で頬にくっきりと引き攣れたような傷跡が残るまでは俳優と見紛うような二枚目であった。また、姉たちも残っている写真でも分かるぐらい女優と見紛うような美貌であった。

《兄貴の琢磨にはまだその面影があるけど、俺には全然そんなところがないなあ》

 健吾は時折そんなことを思い、その度に多少悔しい思いをしていたが、どうやらそれは母親由美子の血の影響が健吾に強く出たようである。由美子は新吉と同じく高等小学校までしか出して貰っていないが、小学校の時はずっとクラスで2番を保ち、1番の子は後にお茶の水女子大学を出たと言う。見かけより中身で勝負するタイプであったようだ。

 健吾も何かに付けて自分をそんな風に慰めることがあった。

《もしあの時に昭江と上手いこと行っていたら、今頃になってもこんな風に自分を慰めんでも好かったのかも知れんなあ・・・》

 そこからも分かるように、現実の健吾は持てず、新吉、琢磨はどうやら持てたようである。

 男にとってそれは殊の外大きなことのようで、健吾は学生時代、そしてもう直ぐ終えようとしている職業生活の中で、昭江との3年間以外に今一持てたと言う認識が持てず、結局自信を持たないままで定年を迎えそうである。

 それに対して新吉、琢磨は学歴、収入等で健吾に及ばないのに、持てたと言う話には事欠かず、近所のおじさん、おばさん等にも人気があったから、お気楽に過ごせていたような印象である。健吾にすればずっと、マウントを取りたくてもマウントを取れない、かなり悔しい存在であった。

《その親父のことが何で今頃になって浮かんで来るんやろなあ!?》

 分からないながら何か自分にとっては意味がありそうで、健吾はこの頃、今度こそ逃げずに向き合ってみようかと思い始めている。

 

        男には勉強よりも持てること

        大事なようで自信付くかも

 

 その辺りまでを見直して加筆訂正し、ちらっと時計に目を走らせて、取り敢えずここで置くことにした。これ以上続けると気持ちが持って行ってしまわれ、仕事をする気が失せてしまう。

 と言うわけで何とか納得したのか? 「愛のバトン」をそっと抜いた後、「神の手」を優しく閉じ、慎二が創作の余韻に浸ってしみじみしていると、

「おはようございま~す」

「おはようございま~す」

「おはよ~う」

 井口清隆、すなわちメルカリさんが執務室に入って来た。

 慎二はまだ恥ずかしさもあったが、ちょっとは自信も持ちながら「神の手」の再び開いてメルカリさんの方に液晶画面を向け、見せながら問いかける。

「どう、これぇ? 新たに書こうかと思い始めた小説みたいなもんなんやけど、自分としてはここまでもまあまあ書けてると思うんやけどなあ・・・」

「おっ、ブログさん、また書き始めはるんですかぁ~!? それにしても毎朝、よう精が出ますねえ・・・」

 半分呆れ、半分感心しながら、

「どれどれ・・・」

 気の好いメルカリさんはさっと目を走らせる。

 暫らくして読み終えたメルカリさんが、

「ブログさん、えらい難しい話から始まって、今度はスペースオペラ? SF? と思いながら読んでたら、またブログさんの好きやった子が出てきましたねえ。フフッ」

 どうやらまたほぼ実際通りと受け取られたようである。

《然もありなん。でも、ここも違うことをしっかり言っておかなければ・・・》

 慎二は慌てて否定に掛かる。

「違うってぇ~! これぇ、今回かてあくまでも小説やってぇ~。今回は宇宙も関係して来るし、そやから全くの作り話やからなあ・・・」

 そう聴いてもメルカリさんはちょっと悪戯っぽい笑いを浮かべながら、

「ほんまかなあ。そりゃまあブログさんは結婚してるし、定年後もこうして働いてるから、違うと言えば違うのかなあ? でも、本を読んでいて知ったことからたまたま思い付いたことに絡めてまた昭江さんのことを書いているような気もするしぃ・・・。まあ古き善き大阪のことがどう出て来るのか!? 楽しみにしてますわぁ~。フフッ」

 そう言ってメルカリさんは軽やかに立ち上がり、コーヒーを淹れに行った。

 間髪入れず事務を担当している若い依田絵美里が近寄って来て、慎二の机の上にお茶を置き、にこっとして言う。

「私も楽しみにしていますのでぇ・・・」

 そして返事を待たずにさっと遠ざかった。

《正直に言えばまだもやもやしているところやのに、これは何とかして書かなあかんようになってしもたなあ・・・》

 半ば困ったような、何かば嬉しいような微妙な笑顔を浮かべながら、慎二は絵美里の姿勢の好い後ろ姿をずっと目で追っていた。

 

        口にして知られたことでプレッシャー

        それを力に書き継ぐのかも