sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

明けない夜はない?(23)・・・R2.6.6①

            エピソードその20

 

 9月になると受験生にとっての勝負の夏が終わり、大阪府の東部にある北河内も秋へと向かっていた。なだらかで標高300mにも満たない低い山ではあるが、北河内の象徴とも言える御椀山もそろそろ秋めいて来る。その麓にある北河内神社を通り抜けて、山道をもう20分ほど走ると、鏡池とその周りに広がる鏡地園地が見えて来る。

 その鏡地園地が北河内高校の運動部員達の格好のトレーニング場となっていた。

 たとえば青木健吾が学生時代に入っていた柔道部では毎週1回、水曜日に鏡池まで走り、その後池の周りの土手で腕立て伏せ、腹筋、スクワット等の筋力トレーニングをしていた。その間、柔道場では合気道部が練習していた。

 他にも限られた体育館、運動場を分け合って使う為に、どの運動部も週に1回ぐらいは鏡池園地をトレーニング場に使っていた。

 面白いのは演劇部、合唱部等、大声を出すようなクラブでも鏡池園地をトレーニング場として使っていたことである。

 後から聴いたことであるが、山の中であるからただ大声を出せると言うだけではなく、腹筋、背筋等をも鍛えていたのである。要するに喉も筋肉であり、また姿勢を保つ、身体全体を使って確り発声する等の意味でも体幹のトレーニングは必要と言うことであった。

 そんなクラブを地域トップの公立進学校でもある北河内高校の生徒達の多くは2年生の終わりに引退してしまうが、受験まではその後1年以上あり、勉強ばかりしていられるものではない。頭を調子好く働かせようと思えば、適度な運動も取り入れる必要がある。そう言う意味でも鏡池園地はよく使われていた。

 10月上旬、北河内高校の3年生の多くは一旦受験勉強を置き、2学期の中間テストの勉強に入る。

 勉強であるから同じようなものと思いがちであるが、難易度が違う、範囲が違う、リズムが違う、気分が違う。と言うことで、気分転換に鏡池園地まで走っている生徒がまあまあ見かけられる。そんな中に橋本加奈子、柿崎順二、安藤清美、丸山康介がいた。

 勿論、4人で一緒と言うわけではなく、今であればドローンからでもよく観れば分かるように、加奈子と順二のカップル、清美と康介のカップルに分かれており、カップル同士は少し離れていた。

 

 先ずは加奈子と順二のカップルに注目してみると、夏の終わりに校内の模擬試験で2人とも市立浪花大学の合格圏に入り、気分を好くして勉強が捗っていた。それにそろそろ気持ちが寂しくなって来る秋の訪れも愛し合う2人であればそんなには気にならない!? いわば順風満帆であった。

 それならば安心ではあるが、取り立てて語りたいほどの面白さもない!? そんな神様の悪戯心かどうか分からないが、人は元々揺れ易いものである。この頃加奈子が不安そうな表情をしていたり、寂しそうな表情をしていたりすることがあり、もしかしたらそっと涙していたのではないかと思えることがあった。

 そんなこともあり、気分転換を兼ねて順二は鏡池までのランニングに加奈子を誘ったのであった。

 鏡池までは時折坂がきつくなるところもあるので黙々と走り、鏡池に着いてからは他のカップルの見えないところに加奈子を誘い、順二は言う。

「この頃、加奈子、何や不安そうやなあ。それに寂しそうに見える・・・。毎日俺と一緒に居ててもあかんかぁ~!?」

 もう気持ちを隠すような仲ではないから、表現が素直で分かり易い。

「ごめん。そんなんやないねん・・・。順二のことと言うより、私のことやねん。このまま行けそうにも思うんやけど、学校を超えた大きな枠の中で考えなあかんから、言いようのない不安を覚える・・・。そんなことかも知れんけど、分からへん。順二とのことは心配してないけど、人間やからこれからどんなことがあるか分からんしぃ・・・」

 聴いている内に順二は言いようのない愛しさが溢れて来て、思わず加奈子を抱きしめ、キスをして口を塞いでいた。

 そのまま暫らくの間抱き合っていたが、どうやらこの日はそのままでは済まなかったようである。

 ただ、それで気が済んだのか、この2人、以後は再び落ち着いて勉強に取り組むことが出来るようになっていた。

 要するに不安が2人をより近付け、それでまた勉強が捗るようになったのか、中間テストの結果は加奈子がクラスで11番、学年では103番となり、順二がクラスで10番、学年では97番と、今までになく好くなっていた。そして直後に受けた外部の模擬試験において2人共、目標としている市立浪花大学の合格率が75%以上のAランクに入っていた。

 それ以後も2人は落ち着かなくなると愛を確かめ合い、一定の安定が見られるようになっていた。

 

 また清美と康介のカップルであるが、この2人はキスまで交わすようになってそれでだけでカップルとしては落ち着いたようである。鏡池まで黙々と走り、着いた後も人影のないところをわざわざ探したりはせず、池のほとりで少し休んだ後、あっさりと学校に戻った。

 清美の不安は恋に関してではなく、純然と進路に関してであった。今のところ康介との接点はわざわざ関西でトップの国立京奈大学であるが、自分にはやはりまだ少し遠い存在に思える。無理をして通ったとしても、付いて行けるのか!? そんな不安もあった。

 康介の方はもう気持ちが関西を超えて広がっているようで、最低でも国内の最難関である国立東都大学にはチャレンジしてみる気になっているが、そう思うと、まだ安心感までは得られない。

 それでも、2人共もっと上位にある人生について深く、真剣に悩んだ経験があるから、大学受験ぐらいでそれ以上変に悩むことはなかった。不安であればともかく勉強すれば好い。それしかない。そこは一致していたから、この時も見え易い目標には疑いなく突き進み、中間テストの結果は清美がクラスで3番、学年では25番、康介がクラスで1番、学年では8番と上がっていた。そして外部の模擬試験における合格率でも、清美が国立京奈大学で50~75%のB判定、国立浪花大学で75%以上のA判定であり、康介が国立東都大学で50~75%のB判定、国立京奈大学で75%以上のA判定であった。

 そしてここで区切りとして約束していたちょっと豪華なデートであるが、それは宝塚のファミリーランドへ行くことになった。

 余談であるが、当時大阪に住んでいて真面目なデートをしようと言うカップルが、少しはましなところと頭を捻り、思い付くのが宝塚ファミリーランドと言うのが面白い。

 そしてそこでは宝塚歌劇まで観られるのであるから、分譲住宅も含めて総合的に開発した阪急東宝グループの創業者、小林一三の発想力、企画力は凄い! 

 その歌劇も実は先に温泉、プール等があり、室内プールの跡地を劇場にしたから、そこの出し物として少女歌劇を考え出したと言うことを知ると、もうただただ感心するしかない!?

 それはまあともかく、そのデートの結果、このカップルの間がどこまで進んだのかは定かでないが、以降しっとりとしたシックな関係となったのは間違いないようである。

 

 それから漸く青木健吾と中野昭江のまだカップルとも言えない2人に付いてである。

 健吾は無事愛知県の教員採用試験に通ったが、見合いの関係もあり、9月になっても休み毎に愛知県に行っており、学校以外で昭江と会うことが無かった。

 それに学校で会うと言っても、健吾は3年生の授業をもう理系の物理しか受け持っておらず、文系の昭江には関係が無かった。したがって廊下で擦れ違う程度の薄い関係になっていた。

《そやけど、明日からは物理実験室での勉強会に行けば思う存分に逢える!?》

 昭江はそんな淡い期待を抱きながら、他のカップル達と同じ日に鏡池に向かって一見淡々と走っていた。

 昭江の隣にいるのは健吾ではなく、お調子者の、今では兄の陽介と付き合っている葉山澄香であった。

「ふぅーっ、ふぅーっ。なあなあ、昭江、ふぅーっ。青木先生この頃どうしてるんやろぉ? ふぅーっ」

 人と一緒にいれば黙っていることの方が少ない印象の澄香は、息を切らしながらでもついつい喋り掛けたくなるようであった。

「うふっ。そんなに息苦しかったら、無理して喋らんでも、鏡池に着いてからでええやん、そんなことぉ・・・」

 昭江は少しも息を切らしていないが、健吾に関する話をされると気が重そうではあった。

 着いてから言うには、結局よく分からないようであった。

 でも、別に何の約束をしたわけでもないし、今年28歳になる健吾はもう結婚の適齢期真っ盛りであるから、仕方が無いとも言っていた。

 そしてあくる日のこと、ちょっと緊張した様子の昭江と澄香の姿が物理実験室にあった。健吾も心なしか緊張しており、忙しかったのか? 少し痩せたように見えた。

 勉強がひと段落着いた頃、ソフトドリンクとお八つを前に、一足先に大人になっている澄香が無難な方から訊く。

「ねえねえ、先生。採用試験の方はどうなったんですかぁ~!?」

「うん! 残念ながら大阪の方は一般公務員、教員の両方共あかんかったわぁ~。そやけど、愛知県の方の教員は何とか通ったでぇ・・・」

 何とかを付けたくなるのは、コネの効果があったのかどうか? この時点で健吾には分かっていなかったからである。それにコネを利用していると言うことの後ろめたさもあった。

「あっ、おめでとうございますぅ!」

「おめでとうございますぅ・・・」

 昭江の方はちょっと微妙な言い方になる。

 やっぱり見合いの方が気になるし、教員の方も通ったのが愛知県であったから、自分はどうすれば好いのか? 一体どうしたいのか!? それが気になるようであった。

 そんな気持ちを汲み取り、またそれよりも自分の興味が更に大きく膨らみ、澄香が再び先に口を開く。

「それで先生、この先、一体どうするつもりですかぁ~!?」

「えっ、何がぁ~!?」

 健吾にすれば何方を訊かれているのか、俄かには分からない。

 ちょっと焦れたように澄香が再び訊く。

「だからぁ~、このまま来年度は愛知県に勤めるのか? それに見合いの方はどうなっているのか? と言うことですよぉ~!」

 どうやら両方まとめて訊いているようであった。

「・・・・」

 どう答えて好いものか暫らく考えてから、健吾はおもむろに口を開く。

「そうやなあ。もうはっきり分っていることから言うと、見合いの方は何回か一緒に遊びに行ったけど、結局あかんかったわぁ~。全然進展せえへんし、これは断わっておく方がええのかなあと思ってぇ・・・」

 言葉を選びながら言っていた健吾は、前にベテランの国語教師、内藤勝馬に、抱きたいと思う相手でないと結婚したらあかん、と言われたことを思い出していたが、流石に女子高生、それも気に掛かる相手を前にしては口に出せなかった。

 心の中でそんなことを思っているなんて目の前の女子高生2人は気付きもしなかったが、それでもホッとしたような表情にはなっていた。

 それが分かったのか、健吾もちょっとホッとして続ける。

「教員の方は取り敢えず愛知県で勤めようと思ってる。どんどん難しくなっているこのご時世やから、このまま受け続けていても大阪で通るかどうかは分からへんしぃ・・・」

 もっともな判断である。何も言うことはなかったが、不器用な昭江には自分がどうすべきなのか、直ぐには判断が付かなかった。

 それに、自分がしたいこと、と言うのも正直に言えばよく分からない。幾ら気になっているとは言え、健吾との年の差が10歳と言うのは、真面目に考えれば開き過ぎているようにも思われる。

 澄香にしても自分と陽介の年の差である5歳が限度かと正直言って思っていた。

 そう言う意味でも北河内高校の生徒は現実感覚に優れ、将来的にサラリーマンに向いていると言われるのも頷ける話であった。そして昭江が目指し、健吾が卒業した国立浪花大学もそう言われがちな大学であったから面白い。

 それはまあともかく、取り敢えずの落ち着きを取り戻した結果、昭江は中間テストの結果がクラスで4番、学年では35番と安定しており、外部の模擬試験では国立浪花大学で合格率が75%以上のA判定を貰えた。

 澄香の方は陽介にも勉強を看て貰っている効果が如実に出て、クラスで21番、学年では198番と、国公立大学はともかく、関関同立等、関西でまあまあ名前の通った私立大学ぐらいは狙えそうな感じになって来た。

 そうなると通学で重なるのは1年間だけとしても、本気で付き合っている陽介と途中まで一緒に通える兵庫県にある大学を狙いたくなって来る。

 陽介もそれは同じ気持ちのようで、澄香は外部の模擬試験で試しに目標とする大学として関西学院大学甲南大学を書いてみると、合格率が関西学院大学では25~50%のC判定、甲南大学では50~75%のB判定を貰えた。

 返って来た成績表を観て陽介は自分のことのように喜んでいる。

「凄いやん! これは絶対その辺りを狙うべきやなあ。フフッ」

 その様子を観て、澄香も嬉しくてならないような表情をしていた。

 

        寂しさと不安高まる秋になり
        人との距離が縮まるのかも