sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

間垣家の日常(3)・・・R2.3.14①

            その3 悪戯な春風

 

 間垣武弘は職場でのお荷物。お酒は飲めず、場の空気が読めないから、渉外関係の仕事は任せられない。英語、中国語、韓国語、ロシア語、スペイン語等、外国語は丸っきり出来ず、パソコンは全くと言っていいほど使えないから、デスクワークも期待出来なかった。

 かと言って、大勢の前で喋らせると、生来の小心者である上に、その場での論理の整理が上手く出来ず、当意即妙の返しが出来ないから、自他ともに、一体何を言っているのか分からなくなる。

 普通ならばとっくに引導を渡されているところであるが、幸い武弘が勤めているのは、心霊科学研究所と、ちょっと怪しげな名称を付けられてはいたが、れっきとした公的機関であったから、その心配は先ずなかった。

 と言うわけで、武弘は亜空間空想科学開発室所管資料準備室と言う長ったらしい名称の部署に1人だけ配属され、北側の半地下の片隅にある埃だらけの1室が与えられていた。

 具体的には何の責務も与えられず、要するに、邪魔しないように適当に時間を潰しておきなさい、と言うことである。

 その穴倉のようなところに居ると、期待通り、職場の業務については何ら為し得ない。

 かと言って、20畳ぐらいの広さの所に雑多な物が放り込まれ、4畳半ぐらいの空いたスペースに事務机と小さな応接セットが入れてあるから、走ったり、踊ったりするわけにも行かない。

 仕方がないから、本を読むか、理数系の練習問題を解くか、空想の世界に遊ぶか、大体そんなところになる(※)。武弘はその中でも、3番目の方法を選ぶことが多かった。

(※これを観ても、これを書いた当時、15年ぐらい前、私はまだそんなにネット社会に遊んでいなかったことが改めて分かる。)

「異空間かぁ~。確かに、この世の基準で考えるとおかしなことって、結構あるよなあ!? そこにあると思い込み、安心していたら、振り返ったときにはもうそこになく、意外な所に移ってしまっているとか? あり得ないぐらい変形しているとか? ううっ、ブルブル。思い出しただけでも震えてしまう・・・。でも敢て考えてみれば、あれは亜空間からの何らかのメッセージであったりして・・・。ううっ、ブルブル。ううっ、怖いよう。フフフッ」

 そんな風に下らないことを考えていると、武弘は全然退屈しなかった。

 一方職場の方では、武弘以外にも仕事を著しく滞らせている輩が何人も居たことが分かり、次々と整理され、閉職に追いやられた。幸い、と言っていいかどうかは分からないが、部屋だけは呆れるほど沢山あったので、余剰人員を籠らせておく部屋は幾らでも用意出来たのである。そしてそうした方が、下手に仕事をされるよりは遥かに効率がよかった。

 なるほど職場の表舞台はすっきりし、仕事に無駄がなくなった。競うように次々と新しい研究成果が文書として纏められ、紀要として発行された。また、研究会、発表会、研修会等、外部への公開事業、および外部との交流事業も活発に行なわれた。

 しかし、一線で勤めている職員達にとってはちっとも面白くない。暇が全くと言っていいほどなくなり、時間に追われた業務をひたすら事務的にこなしているだけであるから、取り組んでいるときの充実感がないのである。

 それでも満足するような外部からの評価、表彰等があるのかと言えば、それもなかった。

 すっきり纏められて次から次へと公開される成果は、なるほど受け入れ易く、言わば綺麗な水か空気のようなものであったから、あまり印象に残らないのである。

 では、さぼって出さないようにすればいいのかと言えば、出さないことによる違和感は直ぐに分かり、「やっぱりお役所仕事だ。この税金泥棒!」と突っ込まれそうな恐怖感があった。

 要するに、普段から求められている責任を十分に果たしていないという後ろめたさがあるから、さぼるにさぼれないのだ。

「あ~あっ、漸く打ち終わった。しかし、こんなもの一体誰が読むのかねぇ~? じっくりと読んでくれるとも思えないが・・・」

 ここは職場の表舞台となっている或る執務室。日が変わるまでに残り1時間を切った頃、漸く予定していた全ての業務が終わり、最後まで資料の整理を行なっていた望月浩太郎がモバイルパソコンをシャットダウンさせながら独りごちた。

「でも、止められないんだろぉ~? だったら仕方ないじゃないかぁ~!? 諦めて続けることだね。それとも、もしかしたら間垣等のようにたっぷりと暇が貰いたいのかい、君も?」

 語り掛けたのは貧乏神のスッカラ・カーンであった。浩太郎は初め、誰も居ないのに話し掛けて来る声が聞こえ、可笑しくなったのかと自分を疑ったが、この頃では大分慣れて来た。

「だから頑張っているじゃないかぁ~!? それでもまだ文句があるのかい?」

 適当に言い返し、自分を慰め、納得させる。と言うか、誤魔化していた。

 こんな風に、表舞台では浩太郎以外にも不思議な声を聞く人が多くなり、気を取られる所為か? 発表される研究成果が質だけではなく、量までもが貧しくなり、やがて世間から忘れ去られる存在となった。

 それからのことである。この研究所から外に向かって一種独特の妖気が発せられるようになり、近くの住民は働き過ぎず、自分の時間を大切にするようになったそうだ。

 カーンは本来の仕事が出来たようである。

 ただこの頃、やたら生真面目さを求められる時代になった所為か? カーンの出番が多くなり、忙しくて仕方がない。まさに、貧乏暇なし、である。それから滞在先が失った富は迷わず頂くことにしているので、お金だけは溜まり、ぶくぶくして来た。おまけに段々傲慢になり、影が濃くなって来たので、仕事がやり難くなって来た。

 そしてそれなりに欲も出て来たカーンは、有り余る財宝を元手に、分不相応な夢を抱くようになっていた。 

「何時までも貧乏神はないわなあ!? もういい年だし、そろそろ渋さも出して、若い子らに憧れられるようなやなあ・・・」

 なんて下らない妄想を抱いて独りごち、にやにやしている内に、ストン!

 ひと仕事を終えて小休止していた雲の隙間から落っこちてしまった。どうやら薄くて上品な雲では、メタボ気味になって来たカーンを支え切れなかったようである。

 しかし、何時まで経っても地上には落ちず、直ぐそこに見えているのに、ただその辺りをふわふわと彷徨っているだけであった。

「何じゃ、こりゃ~!?」

 格好を付けて言ってみても同じであった。どうやらカーンは、見ていることしか出来ない亜空間に閉じ込められたようである。

 そしてその耳元に囁く声があった。

「どうじゃな? フフッ。暇になりたかったんじゃろ,君はぁ~!? まあそこで、気になっても手も口も出せず、何も出来ない時間をむずむずしながら過ごすことじゃなあ。ほぉっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」

 カーンは何も言い返すことが出来ず、目を白黒させ、口をモゴモゴさせながら、ただ空間を彷徨っていた。

 地上に居る人がそこに見ているのは、時折気紛れに若い女性のスカートの裾を舞い上げる、悪戯な春風だけであった。

 

        其々が大事なことを思い出す

        悪戯な風舞う春になり