sanso114の日記

日々気になったことを気楽に書き留めています。

台風一過(エピソード37)・・・R2.2.26①

            エピソード37

 

 奈良県立西王寺高校の理科教師、沼沢幸作は地学が専門で、のんびり地質調査を楽しんでいる内に39歳になったが、独身であったばかりではなく、実はまだ童貞であった。生真面目で人馴れしていないので、社会教師の生田省吾のように軽々しく動き回ることも出来ない。他人中に居ても出過ぎることがない分、変にいじられず、目立つこともないから、忘れられがちで、既に背中に哀愁さえ漂っていた。

 生徒たちも何となくそれを感じるのか、その点では自信を持って上位に立ち、沼沢のことを軽く見ている風があった。

 自信のなさがそうさせるのか? 沼沢は大勢の前で話すのが大の苦手である。全校集会、職員会議等で話さなければならないときは、何日も、酷い時は1か月以上も前から気になり出して、当日にはお腹が痛くなり、トイレに何回も通わなければならない。そして当然、本番では周りにも分かるほど声が掠れ、震えた。それを恥ずかしく思っているから、余計に出てしまい、それも生徒たちが軽く見る理由になっていた。

 ただ生来の優しさの所為か? それに軽く見る分、近付き易くもあったようで、生徒たちがよく地学準備室にやって来たし、近くにアパートを借りていたので、そこにものべつ幕なしに遊びに来た。

 これがまた年なりの恋の邪魔をしていたのは、既に何回か述べて来た教師たちの様子、習性を見れば容易に推察出来るであろう。御多聞に漏れず、沼沢もその口であった。桂木彩乃には沼沢も惹かれ、生真面目な分、これが通り一遍ではなかった。

 それでも沼沢は気弱で自信がない分、強く惹かれれば惹かれるほど、自分の気持ちを出すことが出来ない。かえってぶっきら棒になり、迫りも何もしないから、警戒されることは皆無である。

 家が芸事の稽古場で、幼い頃から色町の空気に馴染んで来た彩乃には沼沢のぎこちない態度は新鮮で、安心出来たのだろう。奥に親切で優しいところが透けて見えるから、不潔感のある生田とは違い、沼沢にはかなり気を許していたようである。定期試験の前になると彩乃は、弓道部の顧問の一人でもある沼沢に勉強を看て貰っていた。昼間は地学準備室、夜は気の合う生徒何人かで声を掛け合って沼沢のアパートまでやって来た。元々西王寺高校に来るには勿体ないぐらいの学力があるところに、勉強のプロである現役教師が教えるのであるから、伸びないわけがない。彩乃は殆んど満点に近い点を並べていた。

 ひょんなことから藤沢浩太の親友、西木優真と付き合い出してからは、沼沢に聞くより優真に聞くようになった。2学年下であっても、元々超が付くほどの全国的な進学校、私立西大寺学園高校に入るほどの学力があったところに、西大寺学園に入ってからは更に公立の最難関校より数倍速い授業進度に十分対応出来ていたから、沼沢の専門である地学はともかく、それ以外では沼沢以上の学力を備えていたのである。結果、彩乃は相変わらずトップクラスの成績を卒業もまで維持出来ることとなったが、それはまた後別の話。一先ず置くことにしよう。

 ともかく、3年生になり、優真と付き合い出してから彩乃は、至極あっさりと沼沢の元に来なくなったから、沼沢の背中は更に哀愁を帯びた。

 あろうことか、その沼沢が3年生の性教育係を拝命していた。この春休み、学年を始めるに当たっての会議で1年間の担当を決めるときのこと、面倒だし、馬鹿馬鹿しくて誰も引き受け手がなく、残りものを待っていた沼沢のところに回って来たのである。

 面倒なのは普通隠している部分で、それぞれ趣向、考え方の違う微妙な問題だからである。馬鹿馬鹿しいのは、既に半数以上の生徒が最後まで経験済みで、今更聞く耳を持たず(内面の幼い者ほど、僅かの経験だけで全てが分かった気になり、それ以上は学び難い)、残りは元々その面では晩生で、如何にも聞きたくないと言った態度を取ったり、変にハイになり、中々真面目に取り組んでくれなかったりするからである。それでも心に染み入るほどの話が、普通の性生活を営んでいる教師に語れるはずもなく、出来たら避けておきたいのが本音であろう。

 まして、大勢の前で語るだけではなく、その内容が沼沢にとって大の苦手科目である性教育であるから、やる前から結果は見えている。上手く行くわけがない。こうなったら開き直るしかないではないか!?

 それがかえってよかったようである。専門家と称する人の模範授業を収録したDVDを借りて流し、先ず一般的な正しい性知識をおさらいした。それも自分ではやらず、西王寺高校に沢山いた体育教師に頭を下げて、素直に力を借りた。その後、何人かの教師に恋愛経験を語らせ、人を愛する気持ちの美しさを生徒たちに伝えようとした。欲張らず、押し付けがましくならず、無難なまとめ方をしたことで、生徒たちに変な緊張感を与えなかった所為か? 例年より取り組みがよかった。

 

 冬休み前、予定していた性教育を全て終え、安心感からボォーとしていた沼沢に優しく声を掛けてくれた女性教師が居た。家庭科の秋野久美である。

「お疲れ様。今年度の性教育、例年のように過激でなくてよかったわぁ~。流石、生徒に人気のある沼沢先生ならではですねぇ!」

「・・・・・」

《もしかしたら俺、褒められたのかなあ?》

 沼沢には自分が生徒に人気があるとも正直思えなかったので、どう反応してよいか分からず、ただ気弱に笑っていた。

 それがまた好かったのか? それをきっかけにしたように、久美は時々沼沢に話し掛けるようになった。

 久美には少々きついところがあり、そればかり目に付いていたが、年が若い分、舐められまいと思って気張っていたのである。大学を出て4年目で、生田の2年目までという許容範囲からは2年も離れたことになるが、実は早生まれで、まだ26歳になっていなかったから、生田や沼沢から見れば十分に若かった。

 しかし、気張って望んでいた割に、授業は騒がしかった。何処か甘いところが透けて見えたのか? 生徒たちは全く恐れていなかった。

 実は、久美は優しい心根を持ち、困っている子の面倒を陰でよく看ていた。静かに見え、授業も落ち着いているように見えた教師の方が実は陰険で、生徒が大人しく見えることも往々にしてあるが、それは困った時、その先生が本当に救ってくれないことを生徒たちが肌で感じるからである。それに対して久美の場合、幾らきつさを装っても、ついつい甘さ、優しさが透けて見えたのであろう。

 沼沢もハッと目が覚めたようである。肩の荷を下ろして気持ちがリラックスしていたことも好かったのか? 久美の労わる気持ちが素直に染み入り、久美の方でも大分年上で、一見冴えない沼沢には肩肘張らずに接していたから、今にも接するぐらい近くに居ると(女性経験のない沼沢には余計にそう感じられる)、まるで久美が天女か何かのよう見えた。

 若いということはそれだけで美しい。造作が十人並みでも、変に化粧や整形等をやり過ぎず、素材で勝負すれば十分である。まして沼沢にすれば、近くに居るだけでもう天にも昇る気がした。

 逆のことを言うようだが、若いと言っても久美がもう直ぐ26歳になることも好かったようである。久美も沼沢同様、性に対して経験がなく、今の時代からすれば2人とも化石のような存在であったのかも知れないが、その点の相性の好さだけではなく、女性には生まれながらに恋の手管がインプットされており、遅れ馳せながらそれが自然な形で開花し始めていた。

 そして神様もそこまで意地悪ではなく、漸く出会った人にまでお預けは求めなかったのか? 2人の仲は順調に進展して、年が明ける頃には沼沢のアパートに生徒たちの姿が見えなくなり、代わりに久美の姿が頻繁に見られるようになった。

 岩手県出身の久美は大学のときから独り暮らしをしていたから、やがて経済的に、また時間的に無駄だとお互いに感じたのか? ごく自然に沼沢のアパートで一緒に暮らすようになった。

 それが1月の末のことであるから、12月半ばに久美が沼沢に労いの声を掛けてから1か月半ほど。恋に晩生な2人にしては驚くほど進展が早かった。

 現実は得てしてそんなものである。晩生だからと言って興味がないわけでも、弱いわけでもない。むしろ興味があり過ぎるから、感じ易過ぎるから、かえって動けないことも多く、時間は残酷なほど早く過ぎて行く。よく言われる適齢期など直ぐに逃してしまい、変な趣味でもあるように見られたりもする。しかし、多くはノーマルで、ただただ相性の好い出会いがなかっただけのこと、などということもよくある。それがこの場合のようにばったりと都合好く出会うと、双方とも内面的に十二分以上に用意が整っていたのであるから、直ぐに出来上がる方が自然なのである。

 勿論もっと若い2人のカップルである優真と彩乃の場合のように激しくはない。元々2人とも性的に穏やかな志向を持っていたからこそ(特に沼沢の場合)、それぞれ今では化石的と言われるまで未経験で来たのだから、幾ら相性が好くても、会って瞬間火花が散り、後は気が付くまで燃え尽したなどということはないのが普通である。

 それでも、相性の好い者同士が交われば、普通直ぐに予想通りの反応が生じる。沼沢と久美の場合も例外ではなかった。2月の半ば、久美は体に違和感を覚え始めた。

「先生、どうも変なの・・・」

 久美が沼沢のことをまだ先生と呼んでいたのは愛嬌であるが、そんなことは別にして、やることをやっていれば出来るものは出来る。沼沢は何となく予想しながら、

「どうした久美、何かあったんかぁ~?」

 此方は呼び捨てで偉そうである。

「いや、何だか乳輪が大きくなって来たし、実はあれが遅れているの・・・」

 乳輪がどうのとか、露骨なことを言われても、以前ほどはビクつかず、自然に聞けている自分に喜びを感じながら、沼沢は、

「ほな、薬局で検査薬でも買うて、調べてみよかぁ~?」

 落ち着いている沼沢に久美は安心感を覚えたようで、少し突っ込んで聞いてみる

「もし・・・、もし出来ていたらどうするぅ~?」

「そりゃ産んだらええやん! この際、籍も入れよかぁ~?」

「私でほんまにええの?」

 答えを聞く前に肩の荷が下りたのか? 久美の頬は思わず溢れ出た涙で濡れていた。

 その後もとんとん拍子で進み、10月10日(実際は290日ほど)先には可愛い二世がこの世に誕生するのであるが、その辺り、当事者にとっては興味深い話であっても、よくあり過ぎて書く方にとっても、読む方にとってはもっと退屈な話になるであろうから、この項についてはここらで置く。

 

        相性が生物的に好いのなら

        出会い頭もあり得るのかも